2016.01/14 21世紀の開発プロセス(3)
形式知が整備されていない分野で、仮説を設定し科学的に実験を進めるとどうなるか。科学で仮説とは、すでに明らかにされた真理を組み合わせて論理的に推論を進め導き出した命題のことである。当然のことだが、そこに捏造により導き出された真理が存在したならば、仮説に誤りを埋め込むことになる。
高分子の大御所N先生は「自分で出した実験結果以外を信じない。」とおっしゃっていたが、これは至言である。高分子の世界で捏造が多いのかというと、そうではなく、真理を導き出すための適切な実験が行われていない場合が多いのだ。これは、当方が有名な先生の論文を読んでいても気になるから、N先生の言葉はごもっともと思っている。
捏造が無くても形式知が十分に整備されていない状況というのは科学の世界に多く存在するが、それを大きな声で言ってくださる先生が少ないので、おかしなデータも形式知に適合しておれば、それが理論として形式知とされてしまう状況がある。
わかりやすい例を挙げれば、指導社員が話してくださった逸話がある。ゴム会社で研究部長をされ、その後アカデミアへ出られた先生の話だ。レオロジーの大家で、部下に実験をやらせて論文を書いていたそうだ。これはよくある話だが、その時の部下の指導方法がすごかった。とにかく理論的に推定されたグラフを示し、このグラフが書けるような実験を行え、と指示されたそうだ。
当然だが、普通にゴム材料の実験を進めたなら理論からはずれたデータが得られる場合が多い。グラフに合わせるために部下がデータを捏造でもしたならば、そのゴムサンプルをご自分で評価され、こら!間違っていた、残業だ、となったそうだ。今ならパワハラで訴えられそうな部下と上司の関係だが、それでも理論通りのデータ(注1)が作られた、いや理論と同じ物性をもつサンプルが実験室で作られていった。
周知のようにゴムや樹脂、セラミックスなどの材料は、プロセスの影響がその物性に表れる。配合が同一でも、プロセスが変わると、物性はその影響を受ける。例えば特許の実施例が再現できないからと言ってそれを捏造と言ってはいけない。実施例に書かれていない条件やノウハウを投入すればその実施例の数値を再現できる。
これは、以前特公昭35-6616の例を紹介したように、実施例は捏造ではないがその再現ができなかったために、その特許を出願していた会社でインチキ特許とみなされていた。しかし、科学的に推論を進めパーコレーションを評価できる技術を開発し、その実施例のデータを再現することに成功して、それが本物であることを証明できた(注2)。
形式知が整備されていない分野でその技術を正しく評価するためには、新たな真理を一つ一つ積み重ねる努力を惜しんではいけない。「自分で出した実験結果以外を信じない。」ということを言いたくなるような分野もまだ存在するのだ。
(注1)科学の活動とは、自然界(外界)の現象から真理を切り取る、例えば数学で現象を記述するプロセスとして表現できる。これに対して工学は、数学で記述された内容を機能させて価値を市場(外界)へ提供する活動となる。昨日も書いたが、真理が明確で無い場合には、技術者は、科学者の役割も兼ねることになる。この時の部長はそれを念頭に置き、部下を指導していたのだが、真理が得られる可能性があれば、あるいは真理を包含することが可能なすべての条件で実験を行うならば、わざわざ理論通りのグラフを作成する必要はない。故田口先生のおっしゃりたかったことである。ゆえにタグチメソッドでは、制御因子の範囲を大きくふることが良い結果を導く(すなわちすべての領域を含むような実験を心がける)と言われている。
(注2)この特許についても、ライバルメーカーの特許にはダメな例として比較例に使用されていた時代がある。そのもそもこの特許に興味を持ったのは、あるいはこの特許を発見したきっかけは、ライバル会社の特許を整理していて、ある時代から突然この特許が比較例として使用されなくなっていたことを奇異に感じたからだ。ライバル会社もこの特許の重要性に気がついたのかもしれない。しかし、科学の世界では、1980年代になって初めて、酸化スズの導電性について形式知が無機材研で整備されたのである。科学で真理を確立するためには、適切な実験と正しい論理による緻密な展開が重要で、科学の研究が金と時間がかかる原因である。ところが技術では機能が再現良く働けば良いのである。機能実現の方法は工夫により、経済的にできるようになる。それを今回述べている。効率的な開発手法に関する詳細情報を早く入手したい方はご連絡ください。
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