2016.03/31 備忘録:スピノーダル分解(1)
サラリーマン時代にセラミックスから有機高分子まで様々な材料を扱った恩恵を感じた言葉の一つにスピノーダル分解がある。スピノーダル分解は相分離の一形態であり、金属材料分野から高分子材料へ持ち込まれた概念である。
材料技術の進歩において、金属材料は最初に科学として完成の域に到達した分野である。高分子材料よりもその進歩は早く、特に材料の熱力学的変化については、金属材料のいくつかの成果を高分子材料は真似ている。
スピノーダル分解はその一つで、言葉の意味を金属材料の教科書から引用すると、次のようになる。「二種類以上の元素が溶け合った単一の固溶体が時間とともに分離して二つ以上の相に分かれる現象を相分離という。相分離のうち、核の発生を必要とせず、小さな濃度ゆらぎでも原子の拡散によって濃度差が拡大していく相分離をスピノーダル分解という。濃度ゆらぎの波は、特定の波長のとき成長速度が大きくなるため、スピノーダル分解によって生成した組織は周期的な変調構造を呈することが多い。」と書かれている。
相分離に限らず、結晶成長などの相変化においては特有の考え方があり、まずそれを理解しないと、金属材料の教科書に書かれたこの意味も具体的に理解できないかもしれない。しかし、高分子の教科書は不親切で、スピノーダル分解を簡単に濃度揺らぎで進行する相分離と説明しているだけである。テストならば丸暗記で覚えればそれですむが、実務では頭の中に具体的にイメージできなければ、せっかくの科学、形式知を生かせない。
まず相分離のイメージを具体化する必要があるが、それを困難にしているのが「核」の存在である。1970年前後によく研究されたテーマで「ガラスからの結晶成長」というのがある。電子顕微鏡の進歩に助けられて、結晶成長の様子を可視化でき、論文を簡単に書くことができた。この時代におけるこの分野の学位論文を見てほしい。多くは写真集と見間違うような学位論文が多い。
ガラスはアモルファスかつTgを有する材料(ガラスの定義)で、アモルファス材料の中でも特殊な材料である(例えば非晶質酸化スズはTgを持たないのでガラスではない)。Tgという熱力学的パラメーターがあり、結晶ができればTcを計測することが可能なので、ガラスからの結晶成長は、ワンパターンで誰でも科学論文を書くことができた。その結果なぜこのような材料を研究しているのだろう、というその研究目的が不明な内容でも「ガラスからの結晶成長」とタイトルをつけて立派な科学論文になった。
このとき、問題となったのが「核」である。アモルファスから結晶が生成するときに、必ず最初に核が生成し、その核を中心に結晶が成長する。しかし、「核」は見ることができない仮想の状態である。結晶ができて初めてそこに核があった、と仮定される仮想の物質が核である。
ゆえに学会での議論は本当にそれが核なのか、という質問で始まることが多かった。すなわち、核は可視化できないのではなく、相分離した結果の状態から推定している仮想の物質で、科学者の誰も見たことがない暗黙知に近い概念である。科学的ではない核を前提に科学の議論を展開するという摩訶不思議な議論となる。これが仮説であり、いつか誰かがそれを明確に証明できる前提ならば納得も行くが、気の利いた教科書だけ明確に「誰もどのような方法を用いてもみることが出来ない」と説明している。
学生時代に、門外漢の当方も議論に参加することができたのがこの核の議論である。認識の問題なので誰も間違いとは即座にいえない。それを言うためには否定証明が必要になるが、学会の議論ではそこまで至らないので何を言っても間違いにならない。何を言っても間違いにはならない議論を展開している様子は、暇な時間があるときには見ていて面白い。「裸の王様」の物語のようでもある。
カテゴリー : 高分子
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