2025.07/30 考える
探偵小説を推理しながら読んだり、日常の異変について原因を考えたりするときに、科学的思考法を誰もがとるに違いない。
科学教育が徹底している日本では、科学的思考法が標準で行われている。これは良いことだが、その結果、ブレーンストーミング等でアイデア出しを行っても皆同じアイデアしか出てこないというつまらない状態になった。
1980年代は、ロジカルシンキングやシステムシンキングなど科学に基づく思考法が流行した。しかし、こうした科学的思考法をセミナーで学んでも当たり前の解答しか出てこなければ、解決できない問題も増えてくる。
ドラッカーは、異なる見解にこそ耳を傾けよ、とか異なる見解を大切にせよとか、著書で自分と異なる見解の重要性を指摘している。
それでは、情報化時代の情報が溢れている状態で、異なる見解を生み出すにはどうしたらよいのか。それは、科学以外の思考法をする以外にない。
科学以外の思考法とは非科学的思考法となるのだが、人類は科学誕生以前にも思考して問題解決してきたので、現代の繁栄がある。
これを思う時、非科学的思考法にも目を向けるべきではないか。この10年マテリアルズインフォマティクスが流行しているが、これを新帰納法とごまかして科学的思考法の中で説明されている。
何故素直に非科学的思考となることを言わないのだろうか、イムレラカトシュの科学の方法を読めば、データマイニングによる知識の絞り出しは、科学的検証がおこなわれない限り非科学的知識である。
カテゴリー : 一般
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