2017.01/25 高分子材料(15)
硬いシリカゾルをコアに柔らかいラテックスでその周囲を覆った、写真バインダー用コアシェルラテックスは、ゼラチンの高靱性化と高弾性率化を狙って開発された材料である。コアシェルラテックスの合成技術そのものは優れた発明だが、それでもゼラチンの力学物性を十分に改善できていなかった。特許の追試を行ったところ現像処理で硬度がまだ不十分なため高速な現像処理プロセスで使用すると擦り傷がつきやすかった。
ところで、ゼラチンにシリカとラテックスを混合する従来のプロセスでは、シリカの凝集が生じ、それが1μmまで大きなクラスターとなっている問題があった。これは、コアシェルラテックスとの比較で電子顕微鏡写真を「そのつもりで」撮影したことにより見つかった。
余談になるが、写真が真実を写しているかどうかは巷の議論の種となり、TVのCMにも使われたりした。例えば、「美しい人はより美しく、そうでない人はそれなりに撮れます」という、写真フィルムの性能の高さを訴えたCMが20年ほど前にあった。
感光体の粒状性が著しく進歩し、アナログのカラー写真が現在のデジタル写真に匹敵するぐらいの美しさになった時代である。すなわち写真で描かれている画像情報は、撮影者の技量だけでなく感材の性能やその他にも影響を受ける。
他の研究者が撮影した高分子材料の高次構造写真を見るときに気をつけなければいけないのは、研究者がその写真を撮影した目的である。例えばラテックスで形成された薄膜について、そのままSEM写真をとれば、平滑な表面の写真が得られる。しかし、ラテックスに染色されやすい官能基が存在しているならばOs染色などの技法でラテックス粒子がくっつきあっている写真を撮影することが可能である。
また、混練で得られたコンパウンドの高次構造写真についても同様で、海島構造になっているはずの写真で島が見えない場合がある。このような時に、期待した高次構造となるよう染色操作も含め写真撮影の工夫をする。
すなわち、教科書などに掲載されている写真の多くは、研究者が期待した構造となるように処理を行い写真撮影をしている。これは高次構造について仮説を立て操作を行うのでねつ造とは異なるが写真を見るときに注意する必要がある。
話を戻すが、コアシェルラテックスの追試実験で得られた薄膜では、きれいにシリカのナノ粒子が分散している写真が得られた。この写真を基準に従来技術で作成されたゼラチンバインダーの写真を眺めてみると、ゼラチンバインダーの中でシリカのクラスターが生成しているように見えた。そこで、バインダーの断面について多数の視野を撮影し、それらをその気で観察したところ1μm規模のクラスターができている、と考えてもよいとの結論に至った。
その気で写真を眺めた考察から、高い靭性のバインダーを製造するには、ゼラチン中でラテックスやシリカが絶対にクラスターを形成しない条件や状態を創りだすプロセスを探せばよいというヒントが得られた。
見合い写真ではアバタも笑窪に見えるような気持で見なければだめだ、とよく説教されたが、高分子の高次構造写真も同様で、問題解決の答えが必ずそこにあると信じて眺め続けると不思議にも悩んでいる問題の答えが浮き上がって見えてくることがある。写真が真実を写しているかどうかという議論は大切だが、その気で気合を入れて写真を見るという姿勢は、高分子の高次構造と物性を考察するときにもっと大切である。
例えそれが偏見で仮説から期待される構造に見えたとしても、見えている事実が存在する。技術者ならばその見えている事実を大切にして機能を設計し創り上げる努力をしなければいけない。このような努力を続けた時に新しい技術が誕生する。高靭性バインダー以外にも酸化スズゾルを用いた帯電防止技術や発がん性の懸念がある物質を使用しない接着技術、中間転写ベルトの開発などは電子顕微鏡写真からアイデアが生まれている。
カテゴリー : 高分子
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