2026.01/29 東大医学部の問題
1年ほど前に文春砲が炸裂したのでご存知の方も多いと思うが、先日教授が逮捕され教授の太鼓持ちが書類送検された。本件について、氷山の一角と感じておられる方もいるかもしれない。
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当方の30年ほど前の学位に関する体験談を書きたい。ゴム会社から写真会社へ転職する直前の話である。ゴム会社で事業化した高純度SiCの研究内容をもとに学位を取得して良いとの許可が出た。
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12年間におけるゴム会社の研究は、高純度SiCの一部と電気粘性流体を除き、すべて社外発表の許可がとれていた。そこですべての社外発表許可を得るとともに、上司がT大を紹介してくださった。
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T大にはゴム会社から相当の奨学寄付金が収められていた。学位審査の世話をしてくださる助教授が、たまたま高校の先輩であり、信用していた。ところが、学位論文の下書きから勝手にその方は、自分の研究として論文発表されたのである。
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内容は、高純度SiCの合成について反応速度論の解析であり、日本化学会の発表も当方一人の名前で発表していたが、研究に全く関わっていないにもかかわらず、その助教授は、学位審査を理由に勝手に論文発表したのである。
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ひどいのは、その後のこの研究に関する国際学会における招待講演でも自分の研究として当方の名前を載せず発表している。ただ、当方も学位取得のためと、我慢していた。
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しかし、それが甘かった。写真会社へ転職直後、審査委員会の他の教授から、転職先から奨学金を出すように言ってきた。そして審査の試験問題をくださったのである。
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ここまでなめられると、さすがに当方も堪忍袋の緒が切れて、学位審査そのものを辞退している。慌てたのは勝手に論文を書いた助教授である。その後、国立I大学へ赴任後、国立I大学で学位を出すと言ってきたが断っている。
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当方は、研究を職業としなくなったらこの問題を盗られた研究論文を証拠に公開しようと中途半端な対応を辞めたのである。O教授については、いつかすべてを公開したい。
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ただ、このあたりのごたごたを知ったある大学の先生が、いろいろアドバイスをしてくださり、結局審査料8万円を支払って中部大学で試験を受けて学位を取得している。
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中部大学では、審査料以外の請求も無く、厳格に学位審査が行われ大変だったが、とりあえず学位を取得できた。T大でお金を払っていたなら楽ができたかもしれないが、苦労して取得した学位だけに価値がある。
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中部大学で取得したのには理由がある。学位を好きなように書かせてくれたからである。ただ大変だったのは、T大でほぼ出来上がっていた英語論文をすべて日本語に翻訳しなければならなかった。これは学位論文のコピペ対策だった。
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しかし、ゴム会社の12年間に行った電気粘性流体以外の研究についてまとめることができたので頑張った。
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国立大学で取得していたなら高純度SiCの研究論文として、それなりの箔がつき、見栄えも良かったという人もいたが、日本の学位論文は、国立大学でも得体のしれない場合がある。
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STAP細胞の時には国立大学ではないが、名門私立大学のいいかげんな審査実体が明るみに出た。学位を剥奪したならば、審査した教授も処分すべきだろう。
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いい加減な実態は、国立国会図書館で学位論文を読んでみると分かる。当方は、T大で学位取得の話が出たときに、学位論文を100冊ほど斜め読みしたが、手本にできそうな論文は5冊ほどしかなかった。
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中部大学で、ゴム会社における12年間の自分で企画し自分一人で完成させた研究をすべてまとめることができたのだが、この噂は「機能材料」という雑誌の編集長に届き、学位論文を特集記事として連載させて欲しいと言われた。
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それで、2回に分けて雑誌掲載用にまとめなおしたが、学位論文についてはこのほかにいろいろ面白い話がその後生まれている。今から思えば、T大に毅然たる態度で学位を蹴って良かったと思っている。
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東大医学部の今回の問題では、企業側にもスキがあった。窓口担当者も一緒に風俗へ出かけているのである。これでは大学の先生も調子に乗るだろう。研究を盗まれても我慢するなら奨学金ぐらい要求しても黙って出すと軽く見て当方に要求した可能性を否定できない。
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ただ、声を大にして言いたいのは、当方が学会で交流してきた先生方の大半は、誠実真摯な方ばかりだった。
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中部大学をご紹介してくださった先生も、当方に何も要求しないばかりか、審査の先生に厳しく審査するように提案してくださった。
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おかげでほぼ英語で完成していた学位論文をすべて日本語に翻訳し、書き直しをしなければいけなくなっただけでなく、試験も英語とドイツ語の語学試験までセットになっていた。
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T大では、指導らしい指導は無かったが、中部大学では毎月学位論文の修正作業を義務付けられた。詳細は省くが、国会図書館で英語の学位論文を読むと結構いい加減な論文が多い。しかし、日本語ゆえに細かいところまでいろいろと指導されたのである。
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東大医学部の問題は氷山の一角と思われるが、中部大学のご指導をしてくださった先生方は聖人君主のような方ばかりであり、これも氷山の一角の体験談である。
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日本の大学は偏差値で価値が決まらないのである。大学そのものの価値は、時代により変化する。中部大学はあまり有名ではないが、海部俊樹文部大臣が尽力されて博士課程まで新設された。
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当時愛知県には名古屋大学以外に学位審査できる私立大学が無かったのである。偏差値では東大に負けるが、教授陣は人格も含め立派な方が多い。企業が共同研究を行う場合にも遜色のない人材が揃っている。
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