2017.06/08 産学連携における問題(2)
セラミックスフィーバーのさなか、当方の無機材質研究所へ留学した経緯についてすでにこの活動報告で書いている。すなわち、社長方針の一つにファインセラミックス分野への進出が出ていたが、ゴム会社にはセラミックスの専門家がいないという理由で研究所の管理職は前向きに取り組んでいなかった。
そして小生の留学先もゴム会社で留学実績が多い米国アクロン大学と安直に決められた。当方は高純度SiCの事業ビジョンをすでに企画として提出していたが、研究所内では企画として扱っていないばかりか、留学先も当方が望んでいるところではなく、語学留学の色彩が濃い研修先と思われた。
しかし、人事部長などのご尽力があり、当方の希望通り無機材質研究所への留学が決まったが、留学して半年後に行われたゴム会社の昇進試験に落ちた。この試験問題では、どのような新事業を推進したいかと問われていたので高純度SiCの事業について、企画でまとめた内容を記述したところ0点がつけられた。
この採点は研究所の管理職が行っており、人事部長からのフィードバックでは、これまで昇進試験で0点という得点はつけられた実績はなく、留学を終えた3年後の職場についてよく考えておくようにと電話で指導された。当方は悔しさで、採点者が後悔されるように頑張ります、と答えるのが精いっぱいだった。
この出来事を電話の横で聞かれていた無機材質研究所I総合研究官がすぐに行動を起こされ、その後の所長はじめ諸先生方の対応は素晴らしかった。当方のビジョンを実現可能かどうか、それを確かめるためのチャンスとして1週間だけ自由に研究できる期間を小生にくださったのだ。
そして小生はこのチャンスを生かしてフェノール樹脂とポリエチルシリケートの相溶した前駆体ポリマーを使った高純度SiC合成技術を4日で「完成」させている(注)。
ここで「完成」という言葉を用いているのは、この時の0.5g程度うまく合成できた条件で半年後パイロットプラントの建設を行っているからである。基礎研究もしていないのにいきなりパイロットプラント建設という常識外れの進め方に、どうしてなったのか。
それは研究所の責任者である取締役の交代と研究所の組織再編成があり、ゴム会社の研究所のマネジメントがうまく機能していなかったためである。
昇進試験に落ちたおかげで訪れたチャンスにより、留学中は研究テーマとして扱わない約束だった高純度SiC合成法を無機材質研究所で成功させることができた。しかし、それでも動こうとしない研究所を見かねた本社の幹部の方々が、研究所建設に必要な先行投資の社長決裁をとるための舞台を用意してくださった。
たった一回の実験で得られた、0.5gの高純度SiCの粉末を手に、社長の前でプレゼンテーションを行い、ファインセラミックス研究所の建設と2億4千万円の先行投資が決まった。
(注)この時、真黄色の3CタイプSiC粉末がたった一回の焼成で得られたのでSTAP細胞並みの騒動に発展するところだった。ちなみに当時高純度のSiC粉体を得るには、レーリー法を用いて何度も2000℃以上の高温度で昇化ー再結晶を繰り返す必要があった。すなわち、原料価格が仮に低純度品の100倍以上だったとしても高純度SiC合成法として極めてコストパフォーマンスの良い手法であることが瞬時に判明したのだ。30年以上前のセラミックスフィーバーでは、この高純度合成法についてレーザー法やプラズマ法など様々な取り組みも行われていた。簡単に高純度SiCの大量生産が可能な、当方の発明によるプロセスが世間に与える影響の大きさは容易に予想された。そこで、無機材研では、特許出願だけ行い、すべてを秘密にする処置がとられた。当方も素直にその指示に従った。ゴム会社の研究所と本社人事部にはすぐにこの状況をレポートとして送っているが、本社側が迅速に体制づくりに動いたにもかかわらず、研究所ではレポートの内部回覧さえされなかったという。ホモポリマーからSiC繊維を合成する矢島先生の研究から数年後に、この研究の原料よりも低価格なポリマーアロイを前駆体にしたSiC合成法が生まれている。すぐに発表されていたなら、STAP細胞並みの騒動になっていたことは当時のセラミックスフィーバーと呼ばれた社会状況から明らかだった。理研と異なり無機材質研究所の冷静な対応が素晴らしかった。この研究が無機材研から新聞発表されたのは、当方が日本化学会年会で発表することが決まってからだった。
カテゴリー : 一般
pagetop