2018.06/04 いつかはニコンに
いつかはニコンに、はトヨタ自動車クラウンのCMコピーで「いつかはクラウンに」が流行したときにカメラボーイの間ではやった言葉である。いわゆるオタク言葉なので知らない方もおられるかもしれないが、ニコンカメラはカメオタにとって憧れのカメラだった。
しかし、値段が高かった。昔ペンタックスが一眼レフカメラ分野でトップになったのは、「望遠だよ望遠だよ、ワイドだよ」というCMで人気を博しただけでなく、性能が良くても安かったからである。
例えば、50年近く前に望遠と標準、広角レンズの3本とカメラ本体を揃えるとニコンのシステムと2倍程度の価格差になったと亡父が言っていた。亡父は警察官だったので一眼レフはペンタックスよりも安くて性能それなりのコニカフレックスを使っていた。その前はパールカメラである。コニカカメラとサクラフィルムは官公庁ご用達のブランドだった。
いずれも小西六工業の製品で、当時写真業界では、小西六工業はフィルムからカメラまで製造する世界的な写真総合メーカーだった。
今はコニカミノルタと社名を変えて、BtoBを事業形態としているメーカーになったが、鳴り物入りで建設した有機EL工場まで他社に売却して、いつまで事業継続が可能かはらはらしながらその経営を眺めている。
ゴム会社は、入社した時に世界6位のメーカーだったが12年で世界1位の会社になった。成長する企業というものをインサイドで実感したが、写真会社はこのゴム会社と全く異なる企業風土である。企業風土は経営に大きく影響する。
二つの写真業界のメーカーが統合するときにカメラ事業をソニーに売却したのは経営判断として正しかったかもしれない。現在のコニカミノルタではおそらくソニーの様な事業展開をできなかった可能性が高い。
この統合前にもソニーは画像センサーからカメラまで製造していた。しかし、ニコンは残念ながら画像センサーを他社から調達する立場である。これがデジカメにおいて画像センサーまで製造するキャノンの後塵を拝する原因になったと思っている。
ニコンの隠れた強みは硝材からレンズを製造できる点だ。ところが旧ミノルタも硝材からレンズを作っていたので、それを引き継いだソニーもニコンと同様の立場になった。
ただしカメラにおいてソニーのブランドはニコンほど強くない。だからソニーはブランド力をカールツアイスで補い、カールツアイスレンズも揃えていたのだが、ミノルタのブランドαを引き継いでニコンの足元に近づいた。
いつかはニコンカメラを、は昔の銀塩フィルム時代の言葉だが、ニコンカメラの高い信頼性は今でも健在である(ただこれには少し心配なところがあるのでニコンの技術者が読まれていたらご相談ください。)。
NASAご用達カメラは、今でもニコンである。くっきりとコントラストの高い写りは科学写真に最も適しており、これはレンズ設計に影響を受ける。しかし、そのニコンもソニーに抜かれる日が来たのかもしれない。
ところで安くて品質の良いペンタックスは、新製品を出した時に旧製品について新製品並みの性能にできるサービスを開始した。日進月歩のデジカメでこのサービスは素晴らしいが、すでに勝負がついた市場ポジションでは訴求力が無い。
決して悪いカメラではないが、ペンタックスがここまでシェアーを落とすとは想像できなかった。いっそのこと、メーカー保証のレンズマウント交換可能なミラーレスを販売したら面白いと思う。ニコン、キャノン、ソニー、そしてペンタックスまですべてのレンズを使うことのできる最も安いミラーレス、としたらヒットするかもしれない。
ペンタックスのデジタル画像は、こってり系であり、ソニーのあっさり系と異なる。また、ペンタックス純正のレンズは昔ツアイスレンズのOEMをやっていただけあって、その設計がツアイスレンズに似ており、ボケも美しい。ツアイスに負けないレンズがそろっているので本当はもっと売れてもよいリコーカメラなのだが。
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