2018.06/20 形式知の限界(2)
プロジェクトリーダーが、テーマの見直しで当方一人となったファインセラミックス研究棟まで来て、仕事を手伝うように、これは本部長命令だ、と伝えてきた。
住友金属工業とのJVの準備を行っていたので、この事業テーマよりも重要なテーマだと言いたかったのだろう。モノになりそうにない研究テーマが事業化テーマよりも重要と判断している見識はおかしいが、U取締役からI取締役へ代わって、高純度SiCのテーマは風前の灯火になった。当方は「半分だけ、手伝う」と回答したらダメだという。
何やかやと議論になったが、残務整理と称して1週間余裕を頂き、電気粘性流体の仕事を検証することにした。当方が転職後もこのテーマは少し続けられたが、やがて担当者のほとんどは、当方が0から始めた高純度SiCのテーマを担当することになる。このとき風前の灯火だったが、住友金属工業とのJVを足掛かりにして立ち上がり現在までピュアベータ事業は続いている。
研究所のテーマ評価は難しい、と言われているが、当時事業になりかけ、SiCパワー半導体などの将来ニーズも見込まれていたテーマと高価なシリコーンオイルを大量に使わなければ機能しない、あるいはその他実用性を考えると技術的に克服できない欠点が多数あったテーマとどちらが重要かは明らかだった。
それゆえに社長から直接先行投資として2億4千万円が出されたのであり、住友金属工業とのJVもスタートできたのである。U取締役の「まずモノを持ってこい」とか今ならハラスメントとして扱われかねない「女子学生より甘い」発言が妙に懐かしくなった。I取締役になり、入社直後の全社の中で少し浮いている、特殊な組織の研究所という風土に逆戻りした印象を感じた。
電気粘性流体という材料は、技術者の視点で眺めたときに、キワモノ材料となるがレオロジー研究者には面白い対象だった。そのためその開発方法もアカデミアのような科学的研究が主体だった。そこからはモノを創りだそうとする姿勢がおよそ伝わってこない。たとえば、この増粘問題にしても、その問題解決よりも増粘メカニズムの解析が仕事の中心におかれていた(注)。
基礎研究の重要性を否定するつもりはないが、増粘メカニズムの解析と同時にその解決策の検討も企業では同時に進めるべきである。プロジェクトリーダーは解決策を見つけるために研究を推進した、と言っていたが、解決策は界面活性剤の添加以外に方法は無いことは2ー3年レオロジーや界面科学をかじった人間ならば理解できていたはずだ。
プロジェクトリーダーは研究所の中でその分野における能力において評価の高い研究者だった。だから、間違った科学的真理を否定証明で導き出しても疑う人はいなかった。このような場合には、「できる、という実例」を一つ示せば、「真理」をひっくり返すことができる(ひっくり返した結果、転職することになるのだがーー。会社に貢献する結果を出しても評価をされないどころかひどい目にあった)。
問題解決策のヒントを得るために、耐久試験で増粘し機能しなくなった電気粘性流体を20lほどもらい、それを小さな試薬瓶に小分けし、それぞれへ界面活性剤と思われる組成物を次々と添加していった。これは、添加量も不正確な適当な実験である。
翌朝その試薬瓶を観察したら、粘度が下がっている小瓶が一つだけ見つかった。再現性を見るために、その界面活性剤を改めて増粘した電気粘性流体に正確に0.5%に相当する量を秤量し添加したら、驚くべきことに増粘が解消され電気粘性流体として機能しそうな粘度に回復した。
電気粘性流体を担当していた若手を呼び、実験の一部始終を話したら驚き、すぐにそれを評価しますとなり、評価結果を持ってきた。彼の評価では、今回の手法は十分実用性がある技術とのこと。
すぐに新たなテーマを企画し、プロジェクトリーダーを補佐していた課長に説明したところ、難色を示した。界面活性剤を用いた改良という企画では通らないという。原因は、一年研究して見いだされた間違った科学的真理のためだった。
ただ、「電気粘性流体と組み合わせても大丈夫なゴムなどできないと思うから何とかこのアイデアを企画にしたい。第三成分の添加ではだめか?」と提案があった。
当方は、高純度SiCのJV立ち上げの仕事を半分推進してもよい、という条件ならば、そのタイトルでもOKと答えた。
「ゴムからブリードアウトした添加剤のために電気粘性流体が増粘する問題は、界面現象が関わっており、それを解決できる界面活性剤は存在しない」という真理を尊重し、「第三成分(として界面活性剤)を電気粘性流体に添加し増粘問題を解決する」というテーマを提案することになった。企画書では()内は削除され、界面活性剤はすべて第三成分と呼ばれた。形式知を重視しすぎるとこのような笑い話となる。
(注)この増粘問題だけでなく、当時扱っていた電気粘性流体の性能も悪かった。この性能改善のため当方は電気粘性流体を高性能化するための新コンセプトの粉体を3種類提案し、特許出願を行っている。この電気粘性流体では粉体が肝のはずなのに、外部から調達して研究を進めていた。電気粘性流体の機能が粉体の働きによることが分かっていながら、その粉体を創り出す努力をしていなかったのも技術者の目からは奇妙に映った。技術開発のために研究は必要だが、その研究の中身の評価は専門外には難しいとよく言われる。しかし、U取締役の口癖だった、まずモノをもってこい、という方法は、一つのフィルターになる。「技術を理解しているならば、性能を向上できる粉体を持ってこい」と命じたならば、このテーマはもう少しまともな進め方や判断がなされたと思う。本部長命令で、当方はとりあえず半分工数の力で手伝うことになったので、新コンセプトの粉体や高性能難燃オイルなど電気粘性流体を実用化するために必須となる技術を実際のモノを創って提案している。そして当方が転職後それらの技術を使ってしばらくテーマが推進されたようだ。
カテゴリー : 一般
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