2018.07/28 不思議な出来事
お化けは夏の風物詩である。お化けの話でもして気分だけでも涼しくなりたいが、今日ここに書く話は35年以上前に実際に起きた現象であり、当方一人だけでなく当時の無機材質研究所でも少し話題になったできごとである。
無機材質研究所へ留学して半年ほど過ぎた10月1日に人事部から当方へ電話がかかってきた。8月に実施された昇進試験に落ちた、という連絡だった。昇進試験には高純度SiCの事業シナリオを解答として書いていたがそれが0点だったという。横で電話を聞かれていたI総合研究官は、当方のモチベーションが低下しないように、一週間だけ自由に研究できる環境を用意されて、当方に挽回のチャンスを作ってくださった。
一日目に、ゴム会社の研究所へ出向き、フェノール樹脂とポリエチルシリケートを用いて10種類ほど高純度SiC前駆体を合成した。2日目はこれを無機材質研究所の還元炉で炭化した。3日目はこれらを分析し、前駆体中のシリカとカーボンの比を大きく4水準変化させた条件となる4種類の炭化物を選んだ。
そして、4日目に4種類の炭化物を無機材質研究所に納入されたばかりの新品の還元炉にセットし、SiC化の反応を行っている。還元炉の制御はすべて無機材質研究所T主任研究員が設定してくださった温調器のプログラムで行われた。1500℃まで順調にプログラムは動いていた。当方は実験がうまくいくように、還元炉の前でただ必死でお祈りをしていただけだった。
突然1600℃30分保持する条件に達したところで電気炉は暴走し始めた。慌ててT主任研究員に電話をしたところ非常停止をするように指示を受けた。非常停止ボタンを押したときに温調器の指示は1800℃になっていた。しかし非常停止された電気炉は、無事温度が下がり始めた。
T主任研究員が実験室に到着されたときに電気炉の温度は1600℃近くまで下がってきた。T主任研究員は、電気炉のスイッチをONにして異常を調べ始めたところ、温調器に異常は起きておらず、1600℃保持の動作に入った。その後、2時間ほどT主任研究員と電気炉を観察していたが何も異常は起きず、プログラムは終了し還元炉は冷却状態となった。
5日目の朝、電気炉をあけてびっくりした。ちょうど化学量論比となる炭化物前駆体の入っていたカーボンるつぼに真黄色の高純度SiCができていたのだ。I総合研究官もT主任研究員もびっくりして「一発で高純度SiCが得られたのは世界で初めてだ」、と言われた。
ここで3人がびっくりしたのは高純度SiCが得られたことだけでなく、それが偶然温調器が暴走して得られた事実である。すぐに還元炉メーカーの技術者に依頼し、還元炉の調査をしていただいたが、何も異常が無く、その後同様のプログラムを3回動作させても安定に制御されて動いた。
なぜ、還元炉が暴走したのか、安全委員会でも問題となった。また、その後の実験でこの暴走したために非常停止をかけ、テストのために再度電源を入れたりして偶然得られた条件が高純度SiCの合成条件として、もっともよいことがわかって、その不思議さが話題となった。
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