2018.07/31 企業のリスク(2)
健全な組織における議論で自分の提案したい内容に注目を集めたいならば、「怖い怖い戦略」が有効である。これは社内で常識となっている見解では問題が解決せず、大きなリスクが発生する、だから新しい見解を受け入れなくてはならないと論理展開する手法である。ところが不健全な組織でこれを行うと排除される。
ドラッカーは異なる見解にこそ注目せよ、と著書の中で大企業の会議で見られる無難な会議進行に警鐘を鳴らしている。「怖い怖い戦略」はそれを狙って「異なる見解をクローズアップ」する戦略であり、健全な組織ではメンバーがドラッカーのごとく思考を展開するのでこれがうまくはまる。
ところが、不健全な組織では、「異なる見解」で取り上げている「問題」について当たり前のロジックを用いて覆い隠してしまい、問題に対する組織メンバーの感覚を麻痺させる弊害以外に、「異なる見解」を述べている賢者を悪と決めつけ、組織から排除するように動く(注)。
ロジックを重視する科学の生みだしたこのような弊害は、誰もが認める「当たり前のこと」と「指摘された問題」とを巧妙にロジックでつなげ、ほとんど内容のない見解を作り上げ、論理的ゆえに正しい「ごもっともな見解」として認めさせてしまう習慣を生み出した。
実は日々の平穏な議論の中で「異なる見解」なり「発生したささやかな問題」を提案したり、発言したりするのが難しい時代になってきており、その結果政治で流行語となった忖度があらたなスキルとして重視されるようになった。
すなわち、会議の結論はあらかじめ予想され、その結論に合わせ忖度し論理的に発言することが有能な人材として評価される時代になってきたのだ。これは企業の意思決定において重大なリスクである。
例えば、現場の品質評価でスペックに外れた計測値が一つ出たが、それは過去の特採では合格値だったとする。熟練者であれば、捏造せず、計測値の横に参考値と書くか、過去の特採実績値と記載し、それを平均値をとるときに外して平均し、品質データとして仕様書に記載する方法を選択する。
この書類を見た係長は、外れた計測値の存在を品質会議で報告し、そのロットを出荷する判断を下したことを上司へ報告する。これが定常的になり、現場の担当者が世代交代したときに、データねつ造が発生しやすい。担当者のデータねつ造を知った係長がこれを問題として報告するのか、ローカルで処理し、上司には忖度で切り抜けるかは、組織風土による。
小さな異論でも丁重に扱う風土であれば、係長は前者を選択するが、組織の葛藤を見下し無難を良しとする風土では、上司に忖度し捏造の実態を耳障りの良いロジックで組み立てて報告するだろう。
異なる見解や問題は日々の活動で出てくるのは当たり前、とせず、忖度やロジックによる気持ちの良い報告だけを歓迎する風土では、データねつ造のようなリスクは高まることになる。ドラッカーが異なる見解にこそ耳を傾けよ、といったのは至言である。
(注)A社とB社が契約し、B社はC社に一部その仕事を委託している場合に、C社の意思決定がA社に影響を与える場合がある。それをB社はA社に相談したときに、「B社の責任でA-B間の業務がうまくゆくようにするのが当たり前の業務の進め方だ」と一方的に決めつけB社の相談を退ける発言は、例えロジックで正しくても正しい問題解決法ではない。契約内容如何にかかわらず、まず相談内容を吟味し、その問題がどのような影響を生み出すのか、A社はそれなりの手順で判断しなければいけない。A社のリスク管理の視点では、契約対象になっていないC社の状況について相談したB社の見解を退けるのではなく感謝するのが正しい。これは社内の部門間の問題でも同様で、議論の結果業務の進め方について結論を出すのが正しく、相談内容について議論を行わず形式的に結果を出すのはリスクを高めることになる。A社とB社が契約状態にあるときに発生した問題については、例えそれがどちらかの内部事情であったとしても両者共有し問題解決に当たることが重要である。問題が解決されたことを関係者で確認するきめ細かな運営ができておれば、データねつ造問題や非検査員による車両検査の問題を防げたはずである。問題が発生しているときに「責任が無いから自分たちは関係ない」とする姿勢は、例えロジックが正しくともリスクを抱えることになる時代である。「問題の存在」は責任の有無とは無関係で「存在」が全員の問題であることが理解できない管理者は失格である。「問題のない状態を維持する」責任は、事業に関わる全員が担っている認識が正しい。
カテゴリー : 一般
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