2013.05/01 成功する技術開発(8)
10の9乗Ωcmの半導体シートを樹脂で製造する時に、樹脂へカーボンブラックを分散するという材料設計の話に戻る。この設計では、導電性の良好なカーボンブラックを用いるために10の9乗Ωcmの体積固有抵抗を安定に作り出すことは難しい。10の9乗Ωcmの材料を絶縁体と導電体の組み合わせで安定に作りたいのならば、体積固有抵抗が10の3乗から4乗程度の導電体を用いる必要がある。
絶縁体樹脂にカーボン表面のカルボン酸と反応しうる6ナイロンを分散させる、というアイデアは、パーコレーションだけに着目すればそれなりに理にかなっている。相分離したナイロン表面をカーボンが覆い、そのカーボンで覆われたナイロン粒子が分散してパーコレーション転移を生じたならば、ナイロン表面のカーボンどおしの接触抵抗が大きくなったときにナイロン表面の導電性は下がり10の3乗から4乗前後になり、パーコレーション転移を安定化できるようになる。ただし、このアイデアの問題は、絶縁体樹脂と6ナイロン、カーボンブラックの3成分を混練した場合にカーボンブラックとナイロン樹脂がうまく反応してくれない点にある。
このアイデアの他の問題として、絶縁体樹脂に非相溶の6ナイロンを分散したときに生成するドメインの大きさを考慮していない点である。絶縁体樹脂に6ナイロンだけを分散してもこのドメインの大きさはあまり大きな問題とならない。すなわち6ナイロンがしなやかなので多少ドメインが大きくとも実験値にその影響は現れにくい。しかし表面をカーボンが覆った場合にはそのドメインの硬度があがるのでドメインサイズの影響が靱性に現れる。
絶縁体樹脂に6ナイロンとカーボンを分散し安定な半導体シートを作る、というアイデアは、混練時にカーボンブラックとナイロンがうまく反応しないという問題と、仮にうまく反応しても脆い半導体シートになるという問題がある。ゆえに絶縁体樹脂に6ナイロンとカーボンブラックを混合し半導体シートを作るというアイデアは、フローリーハギンズ理論を信じる限り、八方ふさがりのアイデアである。技術企画の最初の段階で冷静に議論したならば、一般にこれはつぶれるだめなアイデアである。
もしこのアイデアを生かしたいならば、フローリーハギンズ理論を否定するアイデアを用意する必要がある。技術企画を行うときに様々な制約が働き、技術手段が束縛される状況は頻繁に発生する。今回は、商品化を半年後に控えて、絶縁体樹脂と6ナイロン、カーボンブラックの組み合わせを変更できない、という状況である。このような状況でテーマを引き継いだマネージャーは、商品化を断念する、という決断は勇気がいるが、最も無難な選択肢である。その決断をしたことでそのマネージャーは、技術開発の失敗を免れることができる。しかし、このような状況でマネージャーを代えるときに商品化断念という選択を塞ぐという間違ったマネジメントがしばしば行われる。
科学的な見地から実現不可能なテーマを請け負ったときにどうすれば良いか。できないことを説明しても周囲は納得しない。実現できる道を示すことが唯一の使命である。マネージャーに課せられた制約をすべて取り払い、こうすればできます、という成功のシナリオと、不完全であっても実現できたモノを一緒に示すことが大切である。科学的理論ではなく実際のモノを短時間で作る必要がある。
<明日へ続く>
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