2012.09/01 研究開発におけるコーチング(事例3-1)
ディープスマートの典型例である写真感材の帯電防止技術について。
プラスチックフィルムは絶縁体であり、帯電防止加工をしなければ、静電気を蓄積する。冬場にウールのセーターを着るときのパチパチという静電気の現象を想像して頂ければ、この電荷蓄積が写真感材にとって有害な故障を引き起こすことを理解して頂けると思います。ゆえに帯電防止技術は、写真感材メーカーにとりまして基盤技術として重要というだけでなく、経験に土台を置く専門知識、ディープスマートとして事業が存続する限りコーチングにより受け継がれなくてはならない技術です。
20年以上前の頃、写真感材の帯電防止技術分野でイノベーションがあり、写真感材の現像処理後も高い帯電防止性能が維持される「永久帯電防止技術」が商品に搭載されはじめました。この技術が登場する前は、現像処理後に帯電防止性能が落ちるため写真感材を扱う部屋の厳密な調湿管理が要求されていました。
永久帯電防止技術について、透明導電体である金属酸化物を薄膜にして、写真感材の接着層に用いる技術が主流でした。しかし私が転職した会社では、イオン導電体を用いた帯電防止技術を採用していました。この技術は一応永久帯電防止技術の範疇に入りましたが、様々な問題を抱えていた技術です。様々な問題を克服する技術を新商品を設計する度に開発しなければなりませんでした。しかし、事業は成功していましたので事業の観点ではわずかな問題があっただけです。世間の潮流である透明金属酸化物導電体を使わなかった理由は、ライバル会社の特許網が完璧に思われ、特許の抵触性の観点からイオン導電体を選択したのです。
以前勤めていた会社でセラミックスの研究開発を担当していました私は、ライバル会社の20年間にわたり出願された1000件以上の永久帯電防止に関係する特許群を読み、奇妙に思いました。透明金属酸化物は私が生まれた頃によく研究された材料ですが、特許では新規化合物となっているのです。特許は学術論文ではありませんから、時折嘘が書かれていることがあります。その特許群は、昔の金属酸化物は非晶質で導電性が無かったが、自分たちは結晶質の導電体を発明した、という論理で統一されていました。これはおそらく特許出願されたときに、審査官や特許監視を行っている各メーカーの専門家が異議申し立てをしなかったために、「特許の真実」として誤った常識になったものと推定されます。もし該当分野の専門家が最初に出願されたインチキ特許を読んでいれば特許として成立しなかったと思います。
私は特許の証拠集めを行いました。その結果、酸化スズゾルを初めて写真感材に用いた昭和35年の公告特許(特公昭35-6616)を見つけました。なんとその権利者は小西六工業(現在のコニカ)だったのです。この特許は、まさに世界で初めて透明金属酸化物を透明プラスチックフィルムに用いた発明で、その後数年経ち、コダックから他の透明金属酸化物導電体の発明が公開されていますから、いかに先駆的発明であったか、また当時の小西六工業の帯電防止技術力がどれほど高いレベルであったかを知ることができます。
カテゴリー : 高分子
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