2020.10/10 電気炉の暴走
ポリエチルシリケートとフェノール樹脂をリアクティブブレンドにより、分子レベルで均一に混合された前駆体の合成を1982年に成功した。これを用いて、世界で初めて成功した、経済的な高純度SiC合成実験では、電気炉の暴走が重要な役割を果たしている。
すなわち、最初の実験で設定された電気炉のプログラムで実現される温度条件では、未反応のシリカやカーボンが残存していたことが後日の実験で示されたからである。
最初の実験であったことや、その電気炉が納入されたばかりの新品であったことなどから、電気炉の扱いに手慣れた主任研究員の方が、実験条件のプログラムを電気炉に設定してくださった。
当方は、ただサンプルを電気炉にセットしただけで、運転開始もその主任研究員の方が操作された。しかし、SiC化の反応が生じる温度に達した瞬間に電気炉が暴走し始めた。この欄で以前この詳細について述べている。
この結果、高純度SiCの合成に成功したわけだが、暴走という現象が安全上の問題として研究所で検討された。またそれが納入されたばかりの電気炉という理由で、検収作業の疑義の問題にまで及んだ。
すぐに、安全委員会による調査が行われたが、異常が見つからなかっただけでなく、科学的に全く同じ動作で電気炉を運転しても異常は発生せず、暴走原因を解明できなかった。
プログラム運転中に温度センサーに異常が起こればPIDが正しく動作することも、また誤ってどこかボタンが押されたとしても電源が落ちる仕様だったので、何かエラーが発生したとしても今回の暴走のような事態に至らないことも確認された。
このような機械の暴走という異常は、それが再現されない場合に原因不明となってしまう。再現されて初めて科学的に原因を論じることが可能となる厄介な問題だ。
それをおそらく知っているのだろう。こともあろうに池袋で親子を横断歩道ではねた89歳の老人は、機械の暴走を原因として自分に責任がないと言い出した。
自動車では、仮に制御不能となったとしても、危険を回避し事故を起こさないように努める責任が運転者にはある。
車が暴走したならば、あらゆる方法を駆使して「安全に」車を止める責任が運転者にはあり、ただブレーキを踏んでいただけという発言から、それを果たしていなかったことは状況から明らかだ。また、運転者自身それをよく理解しているはずだ。
当方は電気炉の暴走が始まった瞬間に主任研究員に言われ、1度限りの大切なチャンスの実験であったにもかかわらず、非常ボタンを押して電源を落とし暴走を止めることを優先した。すぐに温度が下がり始めたが、断熱材の効果でそれは緩やかだった。
主任研究員が実験室に到着し、再度電源を入れたときに偶然保持温度のプログラムラインに炉体温度が乗ったため、電気炉はプログラムコントロールされ冷却動作に入った。
翌日温度が下がった電気炉の中には、最適条件でSiC化された高純度SiCが合成されていた。それは電気炉の暴走でもなければ見つからない反応温度パターンだった。
この時得られた高純度SiC粉末に対して2億4千万円の先行投資と研究所建設が決まっている。機械の偶然の暴走のおかげで幸運が訪れた。
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