2013.09/06 科学と技術(45:アイデアを出すコツ3)
凡人がアイデアを出すためには汗をかかなければならないと思う。冷や汗も重要だ。とにかく誠実に真摯に努力を積み重ねなければ、ニュートンやアインシュタインに凡人は近づくことはできない。近づけないとしても努力をして自分のアイデアで成功したときに得られる快感はものすごいので汗を流す価値がある。さらにこの言いしれぬ快感を一度味わうと癖になり、汗をかくことが苦痛ではなくなる。成功体験が重要と言われるゆえんでもある。
学会賞を受賞した発明は3つしかないが、それ以外の発明もたくさんの汗の賜物である。どのように汗をかいたのか日本化学会技術賞を受賞した半導体用高純度SiC技術の根幹である前駆体の合成法を例に紹介する。
30年以上前ファインセラミックスを高分子前駆体で合成するコンセプトそのものは、世の中にすでに存在した。故矢島先生のSiC繊維はその成功例である。しかし、例えば2種類の高分子をブレンドする方法など知られてなくて技術例はまだ少ない時代であった。
ゴム会社で会社創立50周年記念論文募集があった。ガラスを生成してポリウレタンを難燃化する技術を完成していたので、それを事例に高分子前駆体で非酸化物セラミックスを合成しゴム会社がセラミックス市場に参入する夢を書いた。論文は入選しなかったがそれがきっかけで外国留学のチャンスが生まれた。
有識者にヒアリングしたところ非酸化物系セラミックスを学ぶなら無機材研が良い、と言うことになり、外国留学を国内留学に変更したが、この変更については上司からからクレームがついた。セラミックスで成果を出さなくとも語学の勉強をしてくれば良い、というのが理由であった。上司の育成方向と部下の考えが一致せず、その後諸々のことが重なり、楽しいはずの留学準備で冷や汗をいっぱいかくことになった。
留学して半年、会社の上司からサラリーマンとして悲しい出来事の連絡を受け、それを脇で聞かれていた猪股先生が1週間だけ自由に研究をやってよい、との許可をくださった。会社でも許可を仰いだが研究所の上司にとってそのテーマはどうでもよいテーマなので無機材研でやろうがどこの企業でやろうが関係ない、というような意見だった。
留学前にフェノール樹脂発泡体の開発を短期間で完成させ天井材として実用化していた。このときケイ酸とフェノール樹脂の反応を検討していた。そのためポリエチルシリケートとフェノール樹脂の反応バランスを取れば、透明な前駆体高分子ができるであろうことを容易に頭に描くことができた。K0チャートとK1チャートを作成し思考実験を行い、実験手順とそこで起こりうる現象の確認を日曜日に何度も行った。月曜日は朝から、ゴム会社の実験室で混合物から透明な樹脂が得られるまでフェノール樹脂や酸触媒の混合を一心不乱に行った。
均一に相溶した場合には透明になると期待して、その現象を目標に昼食の時間も忘れ一生懸命反応を行った。処方は300種類程度考えられ、かき混ぜて透明になる現象を観察するだけならば1日でできる、と予想していた。しかし試行錯誤の実験で、科学的にできるという保証は無かった。一方できないという科学的証拠も無かった。これは、やってみなければ解らない実験である。
夕方、ポリエチルシリケートとフェノール樹脂を混合して透明になる条件が見つかった。1時間放置しても透明な状態を維持していた。その近傍の条件で透明な固い塊が撹拌を止めたときに瞬時に得られた。ロバストを確認したところ安定に透明な樹脂を再現できる。汗をかいた成果が出たのである。さらに、200種類以上の処方でうまくゆかなかったので、ブラックボックス化できる技術であることもすぐに理解できた。ゴミの山を見たときにものすごい快感を体験した。実験後の後片付けがこれほど楽しいとは、この時以外に感じたことは無い。ゴミの山は他社が容易にまねのできないことを証明していた。
このゴミの山を見ながら、汗で見いだした透明な樹脂の成果とわずかに透明度の落ちるゴミの違いをどのように証明するのか掃除をしながら考えた。わずかに透明度の落ちる前駆体でも同じことになるのではないかという不安が出てきた。一方で分子レベルで均一になっているならば、前駆体の構造がSiC化の反応機構にも影響を与えるはず速度論的解析を行えばよい、というアイデアが頭に浮かんできた。
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