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2012.09/02 研究開発におけるコーチング(事例3-2)

20年ほど前に酸化スズゾルは、新素材として販売されていました。

私が転職したときに、写真感材用の帯電防止剤として、その材料評価は完了しておりました。評価結果は、導電性が無いので帯電防止剤として使用できない、という結論が報告されていました。昭和35年の特許によれば、高純度の酸化スズゾルには導電性がある、と書かれていましたので、この報告は不思議なお話です。

 

ちなみに酸化スズについて調べてみますと、インジウムやアンチモンを不純物として含む酸化スズ結晶は、カーボン並の高い導電性を有するが、高純度酸化スズ単結晶は、絶縁体である、と論文に書かれていました。非晶質の酸化スズの導電性につきましては、様々な値が公開された論文に記載されていましたが、いずれも不純物を含む酸化スズ単結晶の値よりも100倍以上導電性が悪いデータでした。ただし、多くの金属酸化物が、含まれる酸素のわずかな量の違いで電気特性が大きく変化する、というのは常識でした。

 

市販の酸化スズゾル10%水溶液(非晶質酸化スズを10wt%含む)を自然乾燥して非晶質酸化スズを取り出して電気特性を測定したところ、アンチモンを含む酸化スズ結晶の1000倍程度導電性が悪い結果でした。ただし、この程度の導電性があれば、昭和35年の特許の実施例に書かれた半導体領域の導電性は十分に出ます。しかし、社内の評価結果では、酸化スズゾルに含まれる非晶質酸化スズは絶縁体であることになっています。

 

私は自分で実験を行いました。実験は、市販の酸化スズゾルを用いた場合と昭和35年の特許の実施例をそのまま再現した場合と2つのケースで行いました。最初の実験条件では、両方とも社内で報告されたデータと同様の帯電防止性能が無い、という結果でした。奇妙に思いました私は、昭和35年の特許の実施例について、詳しく書かれていない条件を変化させた場合にどのような結果が得られるのか調べてみました。その結果、この特許の実施例に、ある特殊な条件を加えると実施例と同じ実験結果が得られることを見つけました。おそらく特許を書かれた人はノウハウとして記載しなかったのではないか、と推定しました。帯電防止性能が得られた、この実験条件を用いて、市販の酸化スズゾルを評価しましたところ全く同一の良好なデータが得られました。

 

プラスチックフィルムの表面処理で帯電防止性能をフィルムに付与する技術は、高度な技術の部類になるかと思います。しかし、塗布液を調製し、表面に1μm以下の薄膜を形成する技術は、塗布液があれば、素人には簡単な技術に見えます。特にワイヤーバーを用いて塗布する技術は1-2回練習すれば、あるいは器用な人であればすぐにでもできるようになります。この塗布技術では、塗布液の調製技術が重要で、どのような添加順序で試薬を投入したのか、その時のそれぞれの試薬の濃度はどのように管理したのか、など文献には書かれていないノウハウがたくさんあります。昭和35年の頃は、酸化スズゾルが市販されていませんでしたので、自分で合成し、塗布液に添加するときの濃度も自分で管理しなければなりませんでした。しかし、20年前には、30年前に起きたセラミックスフィーバーのおかげで多くの無機化合物の機能性ゾルが市販されており、簡単に入手できる環境でした。

 

ところで、市販の酸化スズゾルを用いて、昭和35年の実施例と同じ結果を出すには、市販の酸化スズゾルを一度2%前後に薄める必要がありました。ただ、2%では薄すぎてそのまま塗布液へ添加できません。その後の処理方法は、ノウハウになりますのでここでは述べませんが、科学の視点では、「パーコレーション転移の制御」という高度で難解な塗布液調製作業を行っています。

 

私が実験をやりましたときに、この科学的知識は、物理学や数学の世界では研究テーマとして知られていましたが、材料科学の世界ではポピュラーではありませんでした。その後当時の私の部下は、学術的にまとめ日本化学会で発表し講演賞を、また、コニカは日本化学工業協会技術特別賞を受賞しましたから、パーコレーション転移の制御を行った塗布液調製技術は、材料科学の先端技術と言ってもよいかと思います。ゆえに昭和35年に特許の実施例に書かれていた技術は、大変高度な塗布技術に裏付けられた成果と思いました。

カテゴリー : 高分子

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