2013.09/08 科学と技術(47:アイデアを出すコツ5)
写真会社へ転職して半年ほど自由な時間があった。セラミックスが専門と言うことで仕事に慣れるために会社が配慮してくれた。転職前からパーコレーション転移に興味があり、Lattice Cでシミュレーションプログラムを休日に開発していた。転職後は会社でもプログラムをコーディングする時間を取ることができたので転職後1ケ月してプログラムを完成させることができた。論文を書こうと文献調査を行ったら同じような考え方のプログラムが雑誌「炭素」から発表されたばかりであった。
同じ頃に同じようなことを考えていた人がいたわけである。アイデアが浮かんだ瞬間に世界に3人同じアイデアを持っている人がいると思え、と昔言われたことがある。すなわちアイデアが浮かんだらすぐ実行しないと他人に先を越される、という戒めである。プログラムのアイデアは1年以上前から持っていて、日曜日ごとにプログラミングしていたが、転職のゴタゴタで完成が遅れた。まさにアイデアが浮かんだらすぐに実行しなければいけない時代と感じた。また、材料分野で混合則からパーコレーション転移へ考え方が変わりつつある予感がした。
写真会社で帯電防止技術は基盤技術の一つのはずである。しかし、特許出願状況をみるとライバル会社に負けている。ライバル会社の技術を避けるような開発を行なわれていた。透明金属酸化物導電体をライバル会社は帯電防止層に使っていたが、転職した会社ではイオン導電体を使用していた。市場のワークフローが変わりつつある時代で、写真感材も画質以外の機能が重視されるようになってきた。また銀塩以外の感材ニーズも出てきており、感光層に影響を与えない透明金属酸化物導電体を用いた帯電防止層の技術が重要になってきた時代である。
特許を調べて驚いた。20年間にライバル会社から1000件以上も特許が出ていた。知財戦争は業界により様々であるが、ライバル会社の根性にびっくりした。特許を整理してこれまた驚いた。いわゆる戦略的にうまく出願されていた。特に酸化スズを用いた帯電防止技術について隙間は全く無く、転職した会社がなぜ金属酸化物を避けるように開発を進めていたのか理解できた。
1000件以上の特許群を整理して気になったのは、初期の特許群に酸化スズゾルが比較例として使われているのに、新しいところでは酸化スズゾルまでも権利範囲のごとく書かれていたのである。すなわち特許範囲に関してある時期から方針が大きく変わっていた。戦略的特許出願は重要だが戦略があまりにも整然としているとライバルに読み取られる問題がある。これをうまく利用するとアイデアをひねり出す方法になる。すなわち「敵からアイデアを学ぶ」のである。0からアイデアを出すのは難しいがヒントの存在するところからアイデアを出すのは容易である。技術は機能を実現する方法なので敵の戦略と異なるコンセプトを立案すれば良いのである。興味のある方は弊社へご相談ください。
酸化スズゾルを中心に特許を整理したところ、写真感材の帯電防止層としてそれを使用した20年以上前の特許があれば、ライバルの特許網に大穴を開けることができることを見いだした。さっそくセンター内でそのことを報告したら、だれもがそれを知っていた、という。酸化スズゾルで特許を回避できることに気がついたので実験を行ったら特許に書かれていたように性能が出ずダメだったのであきらめた、という。実験データも見せてくれた。ライバル特許の比較例を再現するデータばかりであった。しかし、酸化スズゾルから微粒子を取り出して電気特性を評価した人は一人もいなかった。
酸化スズゾルの合成は朝飯前であった。すぐに合成してドラフトに1週間放置したらゲルが得られた。それを乾燥したら粉末になった。錠剤成形機でペレットを作り電気特性を測定したところ1000Ωcm程度の体積固有抵抗であった。これは帯電防止層に必要な10の10乗Ωcm以下を充分達成可能な導電性である。しかも電子伝導性であった。
ライバル会社も転職先の会社の担当者もパーコレーション転移を知らないだけだと思った。さっそく作ったばかりのシミュレーションプログラムを活用し、得られた結果をメンバーに説明して開発プロジェクトを立ち上げた。実験室では、ばらつきが大きく現象をうまく把握できないときにシミュレーションは便利な道具で、コンピューターという空間で管理された実験を行い、把握しにくい自然現象からアイデアをひねり出すことが可能となる。
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