2020.11/28 技術者の解放(14)
電気粘性流体が耐久試験で増粘した問題を技術的に解決するために、300種類の界面活性剤を用いて総当たり的実験を行っても、一晩しか時間はかからなかった。
しかし、その科学的研究に1年費やしても、一応の科学的真実は得られたにもかかわらず、増粘問題は解決していなかった。
そして、新たな「加硫剤などの添加剤が入っていないゴム開発」という頓珍漢なテーマが企画されている。これは30年以上前の実話である。
これは、実務の現場で科学の引き起こす珍現象の事例(注)でもある。そもそも「加硫剤などの添加剤が入っていないゴム」などゴム技術の経験者ならば、「不可能」とすぐに解答を出す。
ところが、これが科学者にとって夢のようなテーマに見えるのだ。研究の結果、これしかないアイデアであり挑戦的な夢のテーマ、と熱く語られても、その対応に困る。
電気粘性流体を半年後には某自動車会社にアクティブサスペンションとして納入しなければいけない状況で、このテーマを言い出した科学者のリーダーは大変優秀な方だった。
また、それを素晴らしいアイデアと称賛したX本部長も科学を追求し高度な科学技術で差別化された新事業を生み出す使命を負った研究所の経営者として優れた人物であった。
ところで当時の電気粘性流体には、この耐久性の問題以外に、自動車部品としての機能を満たすための性能が不十分だった問題や、可燃性のシリコーンオイルを用いている問題があった。
自動車部品に仕上げるために、少なくともオイルは難燃性にしなければならない。オイルを難燃性に設計できれば、それを封入するゴムに難燃剤を添加しなくても済むのでゴムの配合設計が経済的になる。
電気粘性流体の当時の状況については本部内報告がなされており進捗を理解していたので、難燃性ホスファゼンオイルや高性能電気粘性流体用粒子を同時に提案している。
この提案に対してリーダーは、頭で考えているだけならば簡単だ、と怒り、実際にできるものならやってみろ、と言われたので、ホスファゼンオイルと電気粘性流体用3種の高性能粒子をすぐに技術開発し提供している。
ただし、アジャイル開発である。最表面が絶縁体でありながら粒子内部に向かって導電性が向上する傾斜組成の新素材粒子は、商品化されたときと変わらない品質の材料が1か月もかからず合成されている。
微粒子分散型微粒子については、たった一日で評価用サンプルを提供している。粒子開発と並行して難燃性オイルの開発を外部機関とコンカレントに進めている。
蛇足だが、高純度SiC半導体治工具のJVを住友金属工業と進めながらこれらの成果を出している。給与はじめ処遇には何ら反映されていない。残業代も未払いである。
これは30年以上前の話であるが、たった「1人」でこの期間に行った仕事について特許が出願されている。それを調べていただければ、当方がどれだけ異常な労働時間だったかご理解いただけるのではないだろうか。
短期間にこのような成果を出せた背景には、当時のX本部長前任者からご指導されたアジャイル開発と当方の考案したアイデア創出法や問題解決法があったからである。
ただし特許には忖度のためと、そのようにするように命じられたため発明者は複数になっている。小生が転職後この時の特許が公開されているが、小生以外の発明者に仕事を引き継いでいただいている。
小生のこの時の成果で学位を取られたり、学会賞を受賞したりされた方がおられることも付記しておく。学会賞では当方も審査員であった、という冗談のような出来事も起きている。神様は天から見ているとはこのことだろう、と思ったりした。
(注)理研で起きたSTAP細胞の騒動について著書が出版されているが、この本に書かれている内容は、外部に公開されたニュースと対応しており、十分に信用できる。それを事実として認めたうえで、それ以上のひどいことが当方の身の上に起きた、と思っている。しかし、当方は自殺の道を選ばず転職している。当方の高純度SiC事業化にかけた努力をご存知の方は、転職を一番馬鹿げた選択と言われて引き留めてくださったが、転職していなかったら組織に殺されていただろう。理研における研究者の自殺は、その場所が理研の建物内だった点に注目する必要がある。研究所の経営にあたる時、経営トップの最も心掛けねばならないことは研究者の精神衛生である。成果はその次である。それができないならば科学を追及する研究所など運営すべきではない。
カテゴリー : 一般
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