2012.09/03 研究開発におけるコーチング(事例3-3)
昭和35年(1960年)の公告特許に記載された実施例には、酸化スズゾルが導電性を有しどのような湿度依存性があるか書かれておりましたので、当時の帯電防止薄膜の技術について検証することができました。
発明者がノウハウとして隠したためでしょうか、製造方法について記載不十分であり、30年以上経過してから実施例を再現するために少し苦労しましたが、驚くべきことに酸化スズゾルのパーコレーション転移に配慮していることを実験で理解できました。パーコレーションについて科学的な議論が活発になりましたのは、1970年代に入ってからであり、材料技術に展開されるのは1990年代で、2001年にICパッケージに使用された難燃剤の赤燐粒子によるパーコレーション転移でハードディスクのコントローラーICが誤動作するという品質問題が発生し、社会問題化しました。
パーコレーションは材料技術の分野において重要な概念で有り、パーコレーションの概念が無かった時代には、有名な混合則と呼ばれる経験式が一般に使用されていました。パーコレーションは科学的論理で現象についての議論が展開されますが、混合則は統計により導かれた「実験結果としての」経験式であります。両者はグラフにすれば似たような結果になりますが、全く異なる概念です。パーコレーションの概念が理解されておればハードディスクの誤動作という品質問題防止できた、と思っています。
このように材料技術の歴史を考えますと、昭和35年の公告特許は「ものすごい発明」という位置づけになると思います。
昭和35年の公告特許は、科学よりも技術が10年以上先行していたことを示していますが、その技術が30年の間に消えている現実に驚きました。科学的に解明されていない現象を技術として完成したのですから、経験知と思われますが、それがうまく伝承されていないどころか、その周辺の技術がライバルに特許で抑えられているひどい状況でした。
昨今の経済状況からリストラを行うのは仕方がないことですが、リストラにより経験知を持った人材を抹殺すると技術は伝承されなくなります。基盤技術の整理や確認を一生懸命行う風景を20年間見てきましたが、技術の担い手である人材についての議論をあまり聞かず、また自分自身も転職後リストラされ、掘り起こした技術を伝承できないまま、失意の中で、新入社員時代に伝承して頂いた技術で中国人を指導しながら、定年間近のサラリーマンとして勝負せざるを得ない状況になりましたから、おそらく経験知には関心が無い風土で仕事をしていたと思っています。また、この会社に限らず某自動車会社からリストラされ物質材料研究機構の研究員になった技術者や、某自動車会社からサムスンに移りLiイオン二次電池の指導をしている技術者などリストラされた技術者を見るにつけ、リストラに伴う技術の消失リスクという問題をもう少し日本の企業は真剣に考える必要があると思います。
昭和35年の特許を発明した技術者がどのように処遇されたかは不明ですが、技術が伝承されていなかったために、30年後の永久帯電防止技術の商品化で出遅れた経済的損失は大きいのではないでしょうか。転職した職場で、まず悩みましたのは、少なくともライバルと同等レベルである透明金属酸化物導電体技術を構築しなければ、透明機能性フィルム事業で負ける、という危機感からでした。
転職前の会社にはフェロー制度などがあり、経験知を身につけた人材が定年後も在職し後進の指導に当たっていますが、技術を伝承するために大切な制度で、創業者の理念に基づき人材を重視している会社だと思っています。人に蓄積された経験知を如何にして組織内で移転するのか。そのためのコーチングスキルが研究開発部門で重要と考えています。
カテゴリー : 高分子
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