2021.11/19 高分子材料のツボ(4)
高分子材料のガラス相には、無機材料のガラスには観察されない大きな密度分布が存在する。これが時間がたつとスカスカの部分はそのままで他のガラス相は狭い密度分布に変化してゆく。
ただし、これは当方の妄想である。ビデオで見たわけではないが、電子顕微鏡の静止画でこのように考えないと説明のつかない画像を見た経験がある。
50年ほど前は、静止画から動画への訓練をするには良い環境だった。今のようにあらゆるものが動画として溢れていなかった時代である。さらに財務省では黒塗りの書類が問題となっているが、50年前の男性週刊誌では黒塗り画像が当たり前に載っていた時代でもある。
50年前の時代は、静止画から動画を、あるいは黒塗り画像からそれがはがれた状態を妄想しなければ楽しめないような時代だった。ただし、現代のように動画が溢れていると妄想など必要が無いのであまり面白い時代ではない、と感じたりする。妄想がどれだけ面白いのか、一例を示す。
難燃剤の分布をリン原子を頼りに電子顕微鏡で観察する(XMAで画像観察すると)と、均一に分布している場合と不均一に分布している場合を観察できる。不均一に分布していても半年ほど放置してから観察すると均一な分布に変化していた場合があった。
これは、妄想を働かせてその気になってみないと見落とす変化である。しかし、電子顕微鏡の写真をさらに拡大して直線を何本もその拡大した写真に書き入れ、分布の状態を数値化してみると変化している様子をあぶりだすことができる(注)。
すなわち高分子材料のガラス相は室温で変化しているのだ。これは後日説明するがレピュテーション運動の結果だと思っている。電子顕微鏡でなければ確認できない難燃剤の分布変化だけでなく、目視でも確認できるマクロ的な変化が観察されることもある。
PPSと6ナイロンをカオス混合で相溶させて透明なストランドを製造し、高分子学会賞でそれを見せて説明したが、誰も信用してくれなかった。それから5年以上経過したらそれが少し曇ってきた。少し曇ってきたと思ったら1か月ほどで真っ白になった。
PPSの結晶化ではこのような長時間の変化とならない。また面白いことに真っ白になったストランドでも6ナイロンが相溶して透明な状態だったときと同様にストランドが柔軟性を持っているのだ。
フローリー・ハギンズ理論で否定されるχ>0におけるPPSと6ナイロンの相溶からスピノーダル分解により相分離し、6ナイロン相の島が析出する妄想を描いてみると、高分子のガラス相がどのようなものか理解される。
明らかに無機ガラスからの結晶成長とは異なるのだ。析出した6ナイロンは結晶化していなくてガラス相を形成している。すなわち高分子のガラス相では、ガラス相から異なるガラス相を析出する現象が起きるのだ。
これは無機材料のガラス相とは異なる。このような妄想に興奮できない高分子技術者は、少し勉強したほうが良い。相溶はガラス相だけで生じる現象であり、条件さえ整えばχ>0でも高分子は相溶するのだ。
ポリオレフィンとポリスチレンを相溶させたらもっと興奮できるのではないかと実験したところ20年ほど前にそれを安定に実現できた。若さの長所は妄想を夢としてそれに向かうモチベーションを高めることにより成長できるだけでなく実現できる大胆さを発揮できることだ。若さと言っても50歳を過ぎていたが。
(注)科学の姿勢として観察は重要と言われたりするが、時々公序良俗に反する観察がニュースとなっているように、科学に限らず人間の営みとして自然に行われる動作にもかかわらず、電子顕微鏡写真をただ眺めるだけで終わる人がいる。ただ眺めただけの比較で変化を理解できる場合には問題とならないが、現象のわずかな変化を電子顕微鏡写真から情報として取り出すためには、妄想を働かせその妄想を確認する数値化が重要になってくる。そもそも電子顕微鏡写真を撮影しようと思ったと時にある仮説があったにもかかわらず、平凡な写真しか得られなかった場合にあきらめる人がいる。画像のような情報は、それを数値化して比較すると目視では見えていなかった情報をあぶりだすことができる。変わり映えのしない電子顕微鏡写真でもパターン化して解析すると思わぬ発見があるかもしれないのだ。
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