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2014.02/08 承認欲求

昨日佐村河内氏の問題を書いた。しかし、18年間共犯であったにもかかわらず、この時期にゴーストライターが名乗り出てきた理由に疑問が沸いた。フィギュアスケートの高橋選手にしてみれば迷惑な話である。せめてオリンピックが終わってから、という配慮がなぜ無かったのか。

 

社会的影響はともかくもこれから競技を行う選手にとって精神的なトラブルを抱え込むことになる。18年間沈黙していたのなら、あと1ケ月の我慢がゴーストライターにできたはずである。すべてを知っているゴーストライターが冷静に判断し、公表したときの影響を考えたら、ソチ五輪が終わってからになるはずである。今更高橋選手は曲を変更することはできない。

 

しかし、高橋選手への配慮を考えなければ、タイミングとしては世界の注目を集めるのに最も良い。自分の承認欲求を満たすには良いタイミングの一つだ。18年間の沈黙を破り、この時期に公表する、という行為には状況を鑑みるとゴーストライター側の意図すら疑いたくなる。

 

もし今行わなければならない理由が他にあるならばゴーストライターは公表を高橋選手の演技が終わるまで待つべきだった。それでも世界では話題にならないかもしれないが、日本における承認欲求は十分に満たせて高橋選手の演技への影響を回避することができた。高橋選手にとって一番悪いタイミングの告白であるが、ネットでは、すでに世界中で話題になり始めた。

 

最近、アルバイト店員がアルバイト先の冷蔵庫に入っている写真や、担当している食品をつまみ食いしている写真をツイッターに投稿し炎上するといった事件が相次ぎ、話題になっている。この問題でも承認欲求の議論がネットでされているが、これも難しい問題である。議論しているときにどのような状況やレベルにおける承認をイメージしているのか、という観点で見解は変わる。

 

例えばアルバイト先の冷蔵庫に入る問題と承認されないから仕事を手抜きするといった問題とは承認欲求を同列で議論できない。いずれも承認欲求とは異なる問題と思う。そもそもこの両者について承認欲求の側面から議論すること自体間違っている。承認の前に社会における働く意味と貢献を理解しているかどうか、の問題である。

 

貢献しなくても承認するのは愛である。承認欲求が満たされていないというのは、愛が不足している社会を意味している。一方、貢献があればそれを承認するのは社会の掟である。そして貢献してもその貢献が正しく評価されないのは社会の厳しさである。さらに貢献してもその貢献を横取りする社会があるのも事実である。

 

どのような社会であっても、まず貢献することの重要さ、貢献しようと努力する姿勢を指導することこそ重要である。そしてその貢献がいつも承認されるような甘い社会ではないが努力を続ければやがては承認される、という現実を正しく理解するように努めなければならない。

 

そして社会のリーダーは少しでも貢献が正当に評価され、公平感が存在する社会を作れるよう努力しなければならない。まず、貢献ありき、これを若い人に教育しなければならない。そもそも働く意味に貢献という考え方が極めて重要であることを理解しなければならない。

 

かつて高純度SiCの反応速度論の論文を書いたときに、研究企画から実施までしてもなぜか論文の筆頭者になれなかった、新事業立ち上げを行ったが特許の報奨金すら頂いていない(注)、とか貢献しても報われなかった残念な事例は山ほどある。

 

しかし、それでもなぜ貢献を続けるのか。亡父は「誰かが必ず見ている。少なくとも仏様は見ている」と言っていた。そしてドラッカーの「断絶の時代」を高校生の時に読むように勧められた。以来ドラッカーは愛読書になったが、そこには知識労働者の貢献の重要性が書かれていた。

 

貢献がいつでもタイムリーに評価されるわけではない。努力してくじけそうになったら少しぼやいてみれば良い。情けないが酒を酌み交わしながら見苦しいぼやきをすれば必ず誰かが聞いてくれて、次の貢献のエネルギーが沸いてくる。

 

退職後、最後に担当した仕事が社長賞を受賞したらしくその記念品が元同僚から届いた。PETボトル4本だったがうれしかった。社業への貢献を考えたらささやかすぎるが、わざわざ贈ってくれた行為の輝きは太陽を越えている。承認欲求とは別次元の喜びである。

 

(注)高純度SiCの仕事ではS社との半導体冶工具に関する特許をはじめ全ての特許でゴム会社から特許の報奨金は支払われていない。無機材質研究所で書いた基本特許では国から斡旋を受けた形式になったので、その特許の国への報奨金は支払われた。そしてI先生がそのことを教えてくださって、I先生の報奨金をすべて発明者である小生に送ってくださった。神様のような凄い先生である。これは貢献は誰かが必ず見ている、という一つの体験でもあり、当時サラリーマンとして大変辛い時だったので大変勇気づけられた。

 

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