2014.03/12 古くて新しいセルロース(5)
かつて乾板写真の支持体には、ガラスが使用されていた。このガラスに代わる透明で可撓性のあるフィルムを発明したのは、George Eastman と Thomas A. Edison である。
この時使用されたのは、セルロースの水酸基に、ニトロ化すなわち硫酸触媒下で硝酸を反応させたニトロセルロース(NC)という合成セルロースである。
硫酸と硝酸の比率を変化させてニトロ化を行うと、セルロースのすべての水酸基をニトロ化することができ、これは綿火薬という爆発物である。綿火薬のニトロ化の割合は14%であり、これを11%前後とした材料が、当時写真用ベースフィルムとして使用された。
しかし、ニトロセルロースには発火性があり、静電気でも容易に発火する代物で、代替フィルムの研究も行われたがなかなか良いものが見つからず60年ほど使用され続けた。
1923年ホームムービー用にセルロースジアセテート(DAC)が用いられたが、低湿下で脆く経時で可塑剤が抜け、その結果フィルムがねじれたり、収縮したりといった問題が生じ普及しなかった。
1930年に入り、プロピオン酸と無水酢酸の混合物、またはブタン酸と無水酢酸の混合物をセルロースと反応させた混酸セルロースエステルが発明された。セルロースアセテートプロピオネート(CAP)、あるいはセルロースアセテートブチレートは、物性がNCよりもすぐれていたので1940年ごろには、順次NCからの置き換えが進んだ。
現在のカラーフィルムに使用されているセルローストリアセテート(TAC)については、1950年代にCAPやDACから置き換えが進められた。
写真用ベースフィルムの候補として、ポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリカーボネート(PC)やポリスチレン(PS)なども検討されたが、諸物性のバランスから、映画用フィルムや135フォーマットフィルム用にはTAC,Xレイや印刷用フィルムにはPETが使用されるようになった。
写真用ベースフィルムとして、新素材フィルムが登場しても、またフィルム製造に環境負荷の高いメチレンクロライドを使用しているにもかかわらず、セルロースフィルムは完全に無くなることはなかったが、アナログからデジタルというパラダイム変化の前には、写真用ベースフィルムは風前の灯状態にある。
しかしTACが完全にPETに置き換わらなかった理由を考察することは、合成セルロースの性質と用途を考える上で重要である。PETフィルムに置き換わったフィルムは、いずれも平板状で巻かずに使用する分野である。
135フォーマットフィルムも映画用フィルムも長いフィルムを巻いて使用する。すなわち、PETには巻き癖がつきやすい欠点があり、巻いて使用する分野には使用できなかった。しかし、TACには吸湿すると巻き癖が解消される性質があり、現像処理の間に巻き癖がとれるので、現像処理後にカールする心配が無い。
このTACのわずかに吸湿する特性はセロハンほどではなく、吸湿による形状変化は殆どない。TACのこの便利な透湿性は、他の合成高分子から製造された透明フィルムに備わっていない性質であり、また添加剤でその透湿性を制御できる特徴がある。
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