2012.09/24 不可解な現象を前に人はどのように考えるか(1)
ホスファゼン変性ポリウレタンフォームの燃焼試験を行ったところ、LOIやASTM、UL規格に準じた試験でいずれも高い難燃効果を示しました。比較に用いた難燃剤にはリン原子と塩素原子が難燃性能に効く成分として含まれており、ホスファゼンには、その効果の成分としてリン原子だけ含まれていました。
他の比較に用いた難燃剤では、燃焼後の燃えかす(残渣)に難燃性能に効く成分が、ほとんど残っていませんでした。これは、当時の高分子の難燃化に関する論文に書かれていた事実と一致しており、その理由として、難燃剤から生成するオルソリン酸という物質は300℃以上で揮発するので、燃焼時にはすべて気化し散逸している、と説明されていました。そして、高分子の難燃化機構として低温度ではリン酸ユニットが高分子の炭化促進触媒として働き、その後揮発して、燃焼している物質と空気の界面に漂い、空気を遮断し高分子を難燃化する機構が、定説となっていました。
しかし、ホスファゼンの場合には、添加量に比例して燃えかすの中のリンの量が増えています。グラフを外挿し、燃えかすの中に残っている量を推定すると90%以上、すなわち添加したホスファゼンに含まれるリンがすべて残っていることになります。当時の公開されている情報にはこのような事実はありませんでした。また、難燃化機構として、難燃剤が気化し空気を遮断する機構が有力である、と信じられており、この説に従えば、ホスファゼンの高い難燃性を説明できません。当時の学説及び公開された情報から考察できない大変不可解な現象が起きているわけです。
大学であれば真実を追究するために、現象の解明を進めるわけですが、企業では商品開発が優先されます。これが原因で、大学を卒業して間もない私は、仕事の進め方について指導社員と激突するわけですが、指導社員から、仮説を支持するホスファゼンと異なる難燃システムができたなら、すなわち不可解な現象を示す2例目が示されたなら、この不可解な現象を追求しましょう、と言われ、妥協し、指導社員の意見に従いました。
私は、燃焼時にガラスを生成するシステムを企画提案し、新しい商品の開発を進めた訳ですが、不可解な現象の2例目を示せ、と言った指導社員の本音は、私に不可解な現象へ深入りすることを断念させたかったようです。指導社員は、ドリップ方式のポリウレタンフォームの企画を新しい難燃システムの抑え技術として提案されました。この方式は当時高分子の新しい難燃化システムとして特許などにも登場してきた開発を成功させる手堅い方式です。
すでに成果主義が浸透していた会社では、指導社員が技術者として選択した道は正しいと思いました。また、鰯の頭から出たようなアイデアでも、つぶさずその推進をサポートしてくださった指導社員は優しい方だと思いましたが、すでに始末書を一枚書いた立場としては、提案した企画の失敗は許されません。
科学的定説と異なる不可解な現象を前にしたときに、置かれた立場あるいは託された使命により、アクションが変わります。そして不可解な現象を単なる異常な現象あるいは無駄な物と考えた時には、完全に捨て去る、すなわち何も考えないと思います。しかし、少しでも関心があり、その現象に何らかの意義を見いだしたなら、さらにはそれを理解できる新しい道が開けるならば、どうにかしたい、と考えます。おそらく指導社員は後者を考えたのではないかと思いました。その結果、高分子の難燃化技術開発の経験が乏しい鰯の頭から出た企画でも許可してくださった、と思っています。
「なぜ当たり前のことしか浮かばないのか」は、弊社の書籍のタイトルですが、自分の役割や立場、使命といったしがらみにより、思考が制約をうけるのはよくあることです。その制約を乗り越えて新しいアイデアを出していかない限り、新しい技術を創り出すことはできません。この制約を乗り越えるために弊社の問題解決法(「問題は「結論」から考えろ」セミナーで紹介中)を取り入れることも一つの手段と考えています。
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カテゴリー : 高分子
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