2015.04/12 実験のやり方(10)
ドラッカーがその遺作の中で、「誰も見たことの無い世界が始まる」と表現した時代である。仮説を立てて、それを確認するために実験を行う、という姿勢だけでは新しい技術を開発できない時代になった、ともいえる。
そもそも仮説を立案すためには、前提となる科学的に解明された現象が必要である。ところが科学で説明しにくい、あるいは説明できない現象を前に、仮説を立てながら問題解決をしていたのでは時間がかかるだけでなく、解決できる可能性も保証されない。
訳の分からない現象を前に仮説を立てるのは難しいが、こうあって欲しいとか、このように機能しているはずだ、とかいう期待は、誰でも持つことができる。そもそも技術開発とか商品開発は、そのような淡い期待を持って行っている。
この時この淡い期待を明確に図に書き、それを実現するための実験を考える、というやり方は有効である。一般の実務書には「ゴールを明確にする」と表現されている方法である。図が得意でなければ言葉でも良いが、言葉よりも図の方がより明確になりアイデアを導き出しやすい。
ゾルから生成されたミセルを用いてラテックスを合成し、そこへゼラチンを添加して高靱性ゼラチンの塗布液を開発した時には、この方法で実験を進めた。まず、シリカが凝集しないで分散しているラテックスの様子を図で表現した。これは、科学的真実にもとづいていないので仮説ではなく漫画である。
次にそこへゼラチンを添加した図を書いてみたりして、理想的な状態を様々な漫画で表現してみた。その過程で高分子をシリカに吸着させてゾルからミセルを生成する、というアイデアが自然発生的に出てきた。たまたまコアシェルラテックスの合成条件を検討していた時で、失敗した実験で得られたサンプルがそのようになっているかもしれない、と担当者が叫んだので大騒ぎになった(注)。
あとは成功体験をするだけだった。コアシェルラテックスを合成できず失敗した実験について再度慎重に行い、そこへゼラチンを添加したところ増粘しなかった。さらにそれで単膜を製造したら、コアシェルラテックスを添加したゼラチンよりも高靱性のゼラチンが得られた。担当者は興奮のあまりひっくり返りそうであった。
この成果は、転職した写真会社でコーチングの研修を受けた直後にだすことができた成果である。電気粘性流体の増粘の問題を解決した知見が役立ったのだが、その知見は科学的知識とは呼べない。技術開発で得られた経験値を体系的に整理した知識である。
コーチングで成功するためには、このような経験値が重要なのだが、一般のコーチングの研修では、なぜかこのあたりにふれない。経験値の整理方法もコーチングの研修に必要で、ドラッカーもその著書の中で体系だった知識の重要性として指摘している。
(注)このコーチング過程では思考実験を行っていることになる。思考実験ではアハ体験が可能で、脳科学をテーマにしたテレビ番組でも指摘しているように、その瞬間はものすごい快感が訪れるようだ。苦労すればするほど、解決方法が閃いた時の快感は大きい。一度この体験を行うと思考実験を繰り返したくなる。ただし、他人に言われると落胆にかわる場合もあるのでコーチングスキルが重要になる。
カテゴリー : 一般
pagetop