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2023.12/26 1月のセミナーについて

1979年にタイヤ会社へ入社しグループ研修で「タイヤの軽量化」というテーマを1か月半担当した。この時、某国立大学情報工学科出身者が多変量解析でテーマをまとめよう、と言い出した。


当時はパソコンが登場したばかりで気の利いたソフトウェアーなど手元に無かった。大型コンピューターIBM3033の統計パッケージが唯一のソフトウェアーだった。マニュアルは分厚い英文マニュアル。


これを5人で手分けして読み込んで、重回帰分析と主成分分析が今回のテーマのまとめに使えそうだということで、指導社員の許可を得てテーマをまとめ上げた。この時以来データサイエンスを実務に導入することが趣味となった。


そしてポリウレタンの難燃化研究を担当しているときに、上司が保証人となって80万円のローンを組み独身寮に実用に耐えうるパソコン環境を構築している。会社の大型コンピュータの使用料が高かったからである。


10万円の初任給の当方にとってはローンの支払いと奨学金の支払いで生活苦の毎日だったが、独身寮におれば、住居と食事には困らなかった。毎日サービス残業の今ならば真っ黒けのブラック企業研究所勤めだったが、勉強はたくさんできた。


金が無いから会社の図書室で本を借りて休日をつぶす以外無かったが、おかげでコンピューターの最先端について学ぶことができ、当時の情報工学科の大学院生よりもコンピューター知識は豊富だった。


今はどのような教育がなされているのか知らないが、当時の情報工学科の卒業生のプログラミングスキルは低かった。Cが登場したことも知らない学生がいた。逆に当方のコンピューターの知識(注)にびっくりする学生が多かった。


当時コンピューター関係は国内なら雑誌アスキーが先端情報を掲載していたが、洋書のほうが数カ月早かった。タイヤ会社にはコンピュータ部門があり、多数の洋雑誌が揃っていた。


こうして40年以上独学でデータサイエンスを学んできたが、周囲からは趣味と誤解されていた。上司が保証人となってローンを組んだ時にも会社ではコンピュータ作業をするな、と釘を刺されている。


タイヤ会社の転職原因となったのは、当方のデータサイエンスのスキルが災いしている。高偏差値高学歴の研究員によるプロジェクトが1年かかって否定証明した電気粘性流体の耐久性問題を一晩で否定証明をひっくり返し解決したのだ。


1月のセミナーでも30年以上前のこの体験をお話しする。科学的な否定証明をひっくり返し、電気粘性流体の増粘問題をデータサイエンスにより解決して、実用化の道を開いたのである。


(注)当方の卒論はシクラメンの香りの全合成であり、1978年のアメリカ化学会誌に掲載されている。あの野依先生に褒めていただいた。大学院はSiCウィスカーの研究室でホスフォリルトリアミドの研究を有機合成の視点で研究し6報研究論文を書いている。タイヤ会社では、樹脂補強ゴムの開発で混練技術をマスターし、5年前に混練の著書をゴムタイムズ社から出版している。ポリウレタンの難燃化ではホスファゼン変性ポリウレタンやガラスを生成して高分子を難燃化する技術を開発している。この技術をベースに、高分子前駆体を用いて高純度SiC合成の新規ルートを実用化し、タイヤ会社で半導体治工具事業を起業している。これら技術開発においてデータサイエンスが効果的に活用されている。なお、データサイエンスの仕事は独身寮で大半がなされ転職前の5年間は板橋の自宅で行われた。

カテゴリー : 一般 学会講習会情報

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