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2015.08/25 混練の知性(3)

どのような高分子でも完璧なコンパウンドにできるように、混練技術を形式知として体系化するのは困難だろうと思う。だから、実践知と暗黙知、そしてわずかな形式知の知性の境界を越えた体系化が必要になってくる。
 
混練技術者とはそれができた人を言う。おそらく30年以上前に当方を指導してくださった指導社員は、今でも通用する混練技術者だろう。彼の指導方法はあくまで実践知が中心に据えられていた。彼の形式知さえも本人は懐疑的に見ていた。
 
暗黙知を伝える方法も秀逸だった。二本のロールにゴムを巻き付け、それが混練されてゆく様子を30分眺めていた。そしてそこへ少量のカーボンを添加し、あっという間に真っ黒くなる現象を解説してくれた。言葉ではなく黒くなったゴムをロールから外し、実際に触れることでカーボンがゴムに分散された状態を教えてくれた。その説明に分散混合と分配混合は出てこなかった。
 
彼は職人ではない。ダッシュポットとバネのモデルから導いた常微分方程式を電卓で解き防振ゴムの材料設計を行う京都大大学院出身のレオロジストだった。面白いのはダッシュポットとバネを使ったレオロジーの形式知が将来は使われなくなるだろうと予測していたことだ。
 
また、研究用のサンプルを作成するときにも、小型のニーダーを使用するのではなく、現場のパイロットスケールのバンバリを使用した点である。マスターバッチを大量に製造できるので効率を考えてのことかと質問したら、ゴムはプロセスの履歴が物性に表れる、と実践知を教えてくれた。
 
そのほか彼から教えられた知識は多い。3ケ月間マンツーマンで指導され、ゴムの混練技術とその考え方は良く理解できたが、ゴム会社でその知性を活かす機会は二度と無かった。
 
しかし実践知や暗黙知は、水泳や自転車のように一度身につけると忘れない。形式知は忘れてしまう部分があるが、実践知は体で覚えている。たった3ケ月で身につけた知識(注)であるが、指導社員の熱意とともに自然と思い出す。10年前に単身赴任して、その時初めてバンバリーを操作したときも躊躇なく運転できた。
 
高分子科学は現在もアカデミアの努力で進歩している。特に高分子物理は地味ながら20年前よりも大きく進歩した。まずダッシュポットとバネのモデルでレオロジーを論じる研究者を見かけなくなったことだ。OCTAの登場で容易に高分子物理をコンピューターで学べる環境が整った。今教科書に書かれている混練の形式知はおそらく10年後は異なった内容になっている可能性が高いと思う。
 
(注)今ならばブラック企業という騒ぎになるような勤務状態だった。ほとんど毎日自主的な夜勤と休日出勤だったが、楽しかった。会社の管理も緩い時代だったので、実験を思う存分にできた。指導社員からはバネとダッシュポットのモデルから計算された粘弾性のグラフを渡されており、当方はひたすらそのグラフに合った材料を見いだすのが仕事だった。樹脂とエラストマーのポリマーブレンドがすべて計算通りの粘弾性特性になるわけではなかった。
50種類ぐらい検討を進めたところ、樹脂の結晶化度が影響していそうな傾向が見えてきた。さらにその傾向は2種類の群に分かれ、コポリマーが良さそうに思われた。試作サンプルが100を超えたところで多変量解析を行って整理をしてみた。昼間は指導社員の指導を受け、夜は自分の思うように仕事ができたサラリーマンで一番楽しかったときかもしれない。高純度SiCの事業化は今思い出すと楽しかった時代になるが、この防止ゴム開発の3ヶ月間は明確なゴールとチェックポイントが示され、あたかも宝探しのような楽しさが毎日の仕事にあった。材料開発では、形式知ですべて解決できるわけではなく、試行錯誤の作業が必要になる場合がある。凡才にとって、形式知で解決できないテーマは、実践知を磨くチャンスとなる。指導社員はシミュレーションは完成したが、具体的な材料が分かっているわけではない、と正直に教えてくださった。そしてシミュレーションがはずれた材料一つ一つについて、ダッシュポットとバネのモデルで解説してくださった。最初は本当に材料の配合が見つかるのか不安だったが、指導社員が必ずできる、と励ましてくださったので、がむしゃらに混練を続けたら、最初の1ケ月でゴールに近い材料が見つかり、一週間後にはシミュレーションのグラフとずばり適合する処方が見つかった。その後はさらに探索を進める作業と、見つかった系について耐久試験を進める作業と忙しくなった。テーマを開始して3ヶ月後には新しいコンセプトに基づく防止ゴムの実用配合と、その理論の報告書が完成していた。
まったく新しいコンセプトの材料は、試行錯誤のプロセスを経てできあがる場合が多いのではないか?

カテゴリー : 一般 高分子

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