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2015.09/11 イノベーション(4)

大会社であったが社長の意思決定は早かった。すぐにパイロットプラントの建設が始まった。1984年はあわただしかった。このパイロットプラント(FC棟)の竣工式の日に上司が他界し、竣工式の翌日が葬式となったためである。新設されたパイロットプラントでは10kg/日の横型プッシャー炉(特許技術)が稼働し、高純度SiC粉体の量産検討が開始された。
 
しかし、すぐに大きな問題に遭遇した。マーケットが無かったのである。その後6年間ほどいわゆる死の谷を歩くことになるのだが、当時新規事業として、電池とメカトロニクス、ファインセラミックスの3本柱が動いており、ファインセラミックスは最初に失敗に近い烙印を押され、早い段階で担当は当方一人になった。
 
すでにパイロットプラントまでできていたので、6年間は細々と市場調査を行いながら、電池とメカトロニクスのテーマを手伝っていた。そのうち電池の事業撤退が決まり、電気粘性流体を中心にしたメカトロニクスと高純度SiCのファインセラミックスが残り、電気粘性流体のお手伝いを中心とした仕事になっていった。
 
この時電池の電解質用難燃剤技術の基になったホスファゼンオイルの発明や、高い電気粘性効果を発揮する傾斜組成の粉体、超微粒子分散型微粒子、コンデンサー分散型微粒子などの電気粘性流体の技術を開発することができた。これら技術開発を担当できるようになったのは、電気粘性流体の寿命問題を早期に解決したのでエンジン部分の技術も任せて頂けた。ゆえに主担当は高純度SiC技術だったが、周囲からは電気粘性流体の中心人物のように見られていた。
 
高純度SiCのテーマが会社の中でほとんど忘れられたテーマとなっていた時に、住友金属工業とのJVを推進したところ、FDディスクが壊れ始めた。最初の2枚は、事故だと思っていたが、住友金属工業と半導体用治工具開発を共同で進める契約が締結され、順風満帆となったところで、犯人しか触れることのできないFDの内容を当方のFDにべたコピーするという暴挙で、当方の大事なデータがいっぺんに紛失する事件が起きた。上司にFD破壊は事故ではなく、人為的な事件であることを相談した。
 
ちょうど湾岸戦争がはじまったころである。ところが事件の収拾を行い高純度SiCの事業を継続するためには被害者である当方が会社を辞めざるをえない状況になった。留学していた時の人事部長はすでに本社にいらっしゃらなかった。会社は買収したアメリカの会社の立て直しのため、新規事業に注力している余裕など無いときだった。
 
電気粘性流体は、買収した会社とのシナジーを生かせるテーマとして重視されていた。状況を判断し、当方が会社を去る決意をした。すぐに業務引き継ぎのためプロジェクトグループが創られ、事業を開始して30年近くの現在まで高純度SiCの事業は継続している。しかし、電気粘性流体の事業は当方が転職後、技術の進展が無く、つぶれた。
 
セラミックスの専門家として自己実現に努力してきたが、専門を趣味として続ける決心をして高分子技術を事業としている会社を探した。ゴム会社でイノベーションを起こした時に、その仕上げが転職になることなど想像すらしていなかった。
 

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