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2018.12/12 技術開発経験談(7)

指導社員の計画は、緻密だった。指導される側は、ただ、計画に沿ったメニューをこなすだけだった。また、1年間の実験で使用する材料はすべて手配され倉庫に積まれていた。

 

さらに、その計画を進めていった結果、必ずそれが成功すると科学的なシミュレーションで示されていた。ただし、これはあくまでも計算上のことで本当にできるかどうかは当時の高分子科学から得られる知識で保証されていなかった(恐らく今でも科学的に理論だけで保証できないはずだ(注))。

 

それに対して、指導社員はKKDを駆使して成功の見本となる材料を作り上げていた。しかし、その見本はロバストの無い見本であり、プロセス依存性が大きいだけでなく耐久寿命のばらつきも大きかった。

 

当方が、1年の計画を3ケ月に短縮できたのは、緻密な計画と分析担当の女性を2名に増員されたことが見かけ上大きく寄与しているが、このKKDで作られた見本の存在も研究成果を実用化するときの問題点を早期に得ることができたので期間短縮に重要だった(これはアジャイル開発である)。

 

KKDによるサンプルがプロセス依存性の大きいことをこのサンプル処方を用いた1週間のロール混練の練習で指導社員に説明している。この1種類の処方だけで行った1週間の練習期間のデータについて指導社員が丁寧に回答をしてくださったので、バンバリーの操作からロール混練におけるツボなどプロセスに関わる経験知や暗黙知を体得できた。

 

また、毎日1種類の同じ処方を混練しては加硫し引張試験を繰り返している姿は周囲の同情を誘い、多くの先輩社員が当方の作業中に近寄ってきてああでもない、こうでもない、とそれぞれの暗黙知を提供し指導してくださったので大変勉強になった。

 

先輩社員の中には当方の学生時代の専攻領域とゴム会社と言うミスマッチをからかわれる方もおられたが、それはそれで社会勉強になった。ただし、大学で何を学び社会でどのように貢献するかは、ドラッカーの書に書いてあった受け売りの回答をしていたため生意気な新入社員に誤解されたかもしれない。

 

当時配属された研究所ではゴム会社の事業に関わる基礎研究を学生時代に学んでこられた方が多かった。そのため、仕事のやり方が学生時代と変わらぬスタイルになるという弊害が職場に存在した。

 

例えば、混練というプロセスは、経験知や暗黙知の占める割合の大きなプロセスである。ゴム会社の研究所では、科学的アプローチでこれを研究されているグループがあった。しかしこのグループの研究スタイルを指導社員は否定されていた。

 

研究の進め方についてアカデミアの方法を学生時代に学ぶ。しかし事業を考慮した研究スタイルのあることを社会人のスタートの時に実務を通して学べたのは、その後高純度SiCの事業を立ち上げるときに役立った。

 

セラミックスのプロセシングもゴムのプロセシングと同様に経験知や暗黙知が多い世界である。しかし、このような世界は、言葉で聴くだけではなかなかそこに潜む知を実感として理解できない。

 

工場実習期間中に現場の職長から、押出成形は行ってこいの世界だ、とわかりやすく教えられた体験では、なかなかその神髄まで理解できなかった。しかし、指導社員がKKDで作成された成功見本を1週間何度も繰り返し混練しながらその言葉を味わってみると、大変含蓄がある言葉だと理解できた。

 

科学の研究では、目の前の現象について仮説を設定し、それを実験で真であるかどうかを確認しながら進めてゆく。しかし実験結果にばらつきが大きい時には、仮説が真であるかどうかを証明することが難しくなる。イムレラカトシュは「方法の擁護」の中でこの問題を扱い、否定証明こそ科学で完璧にできる唯一の方法だと述べている。

 

これを平易に言えば、ゴム材料の研究を科学のスタイルで仕事を進めると「できない」という報告書が山積みになることを意味している。事業ではこのような状態は無駄な研究と評価される。事業に貢献できる研究とは指導社員がやられていたようなアジャイル開発のスタイルが好ましいと新入社員のこの時期に学んでいる。

 

(注)スタップ細胞の騒動で理研の某理事が、細かい実験はやめてとにかくスタップ細胞を作れ、一つでもできればよいと言っている、とインタビューで回答していた姿を今でも忘れられない。科学のスタイルでできることを示すのは、実際に繰り返し再現できる事実を積み上げなければならない。科学に存在するこの不完全性があるゆえに捏造が生まれる。捏造ではないが、ゴム会社の某部長が生み出したような怪しい理論が氾濫する事態にもなる。科学的に正しいが実務では役立たない理論をどのように伝承するのかも技術の指導では重要である。指導社員が神様に見えたのはこのような指導をうまくされたからだ。

カテゴリー : 一般 高分子

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