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2022.12/27 高分子の難燃性(10)

倉庫には、様々な燃焼試験装置がホコリをかぶっていた。指導社員の説明では、新しい装置が発表されると上司である主任研究員がすぐに購入指示を出していたからだそうだ。

研究所では評価技術の研究に重点が置かれていた。現象を把握するために現象の分析・解析技術は重要である。燃焼という現象解析のためにその評価装置をすべて揃える、という考え方もこの観点では正しいのかもしれない。

しかし、アラパホメーターは新品同様だった。指導社員の説明では、アラパホメーターの測定原理が燃焼時に発生する煤を濾紙に吸着させる方法なので、精度の高い煙評価ができないとのこと。

例えば、塩ビと三酸化アンチモンの組み合わせによる難燃性ウレタンフォームでは、難燃性能を変えて合成されたサンプルのどれを測定しても差異が明確に現れなかった。それで、使い物にならないと判断されて倉庫入りとなったそうだ。

この説明を聞き、ホスファゼンが低発煙であると書かれた論文を読んだ時の上司の顔が浮かんだので、すぐにこの装置を使用した実験結果を報告した(指導社員の指示でもあった)。

案の定上司のツボにはまり、アラパホメーターを購入してからの経緯を説明されるとともに部下が使い物にならないと判断したのは間違いだった、とまで愚痴ってきた。

この時、まさかホスファゼン変性ポリウレタンフォームの工場試作に成功した後に始末書を当方に求めてくるとは夢にも想像しなかったが、このアラパホメーターの発言から自己責任能力の乏しい人と理解すべきだった。

反応型ホスファゼン変性ポリウレタンフォームは、工場試作に成功するまでは研究所で評判が良かった。ゆえに新入社員の2年間は残業代がつかないルールであっても進んで残業を行い、企画段階からたった6カ月という短期間で工場試作を成功させている(指導社員の説明では異例とのこと)。

この工場試作サンプルについても、すぐにアラパホメーターで無煙難燃化技術であることを確認しろと指示が出た。学会発表するから実験の様子も写真に撮るように、と工場試作に成功後、次から次と仕事を命じてきたが、ある日その指示が始末書を書けとなった。

これは、実話である。新入社員の当方は始末書の意味が不明だった。上司は市販されていない材料を使用した責任を取れという。企画時に世界初の化合物のため新規に合成する必要があり、と明確に説明していた。

また、上司は実験中に、無機の講座出身なのに有機合成もできるのか、と褒めていた。その時、世の中に無い新素材、何でも合成したい、といったところ、上司へのアピールを軽蔑するような発言を返してきた。

本来なら、このような上司にアピールする冗談に対してモラールアップする言葉で返すのがマネージメントスキルとして重要なはずだが、逆にモラールダウンするような言葉が返ってきたのである。

そばで聞いていた指導社員は、ネクラな上司だから、と言っていたが、この言葉に対し難燃化研究は燃えるようなファイトで仕事をしてはいけないことを指導しているのでは、と意味不明な冗談を返したような記憶が今でも残っている。

暗い上司の部下として、明るさだけで頑張っていた新入社員時代の思い出である。技術開発には前向きの明るさが重要である、と心掛けている。ゆえに、わけのわからない始末書に対して、ホウ酸エステル変性ポリウレタンフォームの企画提案を添えて提出している。

始末書の書き方については、上司から新入社員の説明不足を詫びるだけでよい、と言われたが、真実と異なっているので、「人に聞けない書類の書き方」という本を購入して研究している。

その本にも始末書というものは謝罪の心が伝わるように簡単明瞭に書くのが良い、とされている。しかし、当方はこの年に至っても何故上司は新入社員に始末書を求めてきたのか不思議に思っているぐらいなので、当時はこの出来事を全く理解できていなかったと思っている。

高校生の時に父親に勧められて「断絶の時代」を読んだ。ドラッカーとの出会いだが、大学に残らず企業へ就職したのも知識労働者としてドラッカーの書を理解したい、という思いからである。

ゴム会社は当時すでに日本を代表するタイヤ会社になっていた。そのような企業ならば、という思いもあったのだが、この始末書事件は喜劇でもある。

カテゴリー : 一般 連載 高分子

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