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2026.05/29 父と子

目の前で自分の父親が警察に逮捕されたなら、未成年でなくても誰でも驚くし、慌てるに違いない。今回の元巨人軍監督阿部氏の一件は、複雑である。

絶対に暴力はダメである、というのは当たり前である。しかし、父と子の関係において、暴力が躾として容認されていた昭和の時代に育った当方の感覚では、子の受けた暴力よりも子の反撃の大きさに驚いている。

賞罰というものは、バランスがとれて成立するものではないか。そのバランスが崩れたときに不平不満が生まれる。阿部氏の復権を願うアンケート活動が10万件を越えたというが、その表れではないだろうか。

繰り返すが、暴力は絶対にダメである。平成から令和にかけて、体罰によらない躾が叫ばれてきた。恐らく学校ではそれが皆無になったのだろうと思うが、家庭における父と子の関係において体罰を無くすことができるのだろうか。

家族関係において、兄弟が多ければ当然そこに喧嘩が生まれる。全く喧嘩という事象がない仲良し兄弟もあるかもしれないが、当方の子供の頃は、ベビーブーム世代が近所に多く、夜になればどこからか子供の喧嘩の声が聞こえてきた時代である。

そして、その声は大きな音とともに静かになる。高校に進学するまで優しい父親の話など聞いたことが無い。当方の父親は警察官で、家の中でもその職業が分かる父親だった。

社会インフラの構築など、まだ外を歩くとセメントの香りがした時代で、小中学校の同級生の親の職業では、それに携わる家庭が多かった。そして、父親に殴られた話題が今でも思い出されるくらい日常だった。当時父親の暴力は笑って話す対象だった。

この状態が良いとは思わないが、お金もモノも今より少ない時代に何か豊かさを感じ平和な時代だった。繰り返すが虐待はダメである。

昭和の家庭文化をそのまま肯定するつもりはない。むしろ、あの時代には見過ごされていた痛みが多くあったのだと思う。

ただし、過去の価値観の中で育った人間を、現在の基準だけで一刀両断することにも、どこか危うさを感じる。

必要なのは、暴力を許さない社会であると同時に、罰と赦しのバランスをどう設計するかという議論ではないだろうか。

また、体罰に頼らない父子関係をうまく築き上げる父親教育も必要かもしれない。なんともモヤモヤする問題が起きたものだ。そこにAIが絡んでいるから、余計に気持ち悪い。愛のあふれた話題に代わってほしい。

カテゴリー : 一般

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