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2014.06/11 カオス混合(5)

樹脂補強ゴムの開発では、ゴムのSP値を測定しなければならなかった。きれいな海島構造の相分離を可能とする組み合わせを求めるためだ。フローリー・ハギンズ理論のχパラメータで高分子の相分離は議論されるが、指導社員からはSP値が分かっている溶媒にゴムを溶かし溶解する状態観察からSP値を求めるように言われた。

 

SP値については分子構造のモノマー単位に着目して計算するSmallの方法も知られていたが、必ず溶媒から求めるように言われた。ゴム業界でSP値と言えば溶媒法で求めるのが標準と教えられた。しかしSP値を求める実験は退屈な作業だった。

 

毎回配合が変わる度に測定していては面倒なのでサンプルビンを大量に用意し、ドラフトの中にそれを並べ、たこ焼きを作るときのタコを入れるようにサンプルビンに実験で使用予定のゴムを一切れずつ落とし、そのまま放置しロール混練を行いながら作業の合間に観察するという手抜き方法を考案した。

 

丁寧に実験を行ったときよりも廃棄溶媒が増えるが、他の作業と並行して実験できるというメリットがあった。しかし、それで予期せぬ事を学んだ。SP値が適合したゴムと溶媒の組み合わせでも静置したままでは溶解していかない場合があったのだ。スパチュラーで強引に撹拌してやってはじめて溶解するのだが、多少振盪しただけでは膨潤したままで溶解しない。

 

おそらく擬似ゲルかエントロピーの関係だろう、と指導社員から教えられた。正則溶液の理論ではエントロピー項はモル分率だけで表現されていたが、高分子では様々なコンフォメーションが存在するために理想溶液の混合理論では取り扱えない、とも説明を受けた。ヘキサンとシクロヘキサンの溶解性の違いも同様で、χパラメーターで高分子の溶解を議論するにはエントロピー項の中身の精度があがらないとだめだ、と説明を受けた。

 

大学の講義では、χパラメータで高分子の相分離が議論できると習った。会社ではそれが使えないという。カルチャーショックという言葉があるが、これはカルチャーショックというレベルではない。大学で学んだ高分子科学の内容が明確に否定されているのだ。もっとも当時大学で学ぶ高分子科学は、合成化学が中心で、一次構造に対して高次構造ができる、その高次構造は現在学会で議論されている、と言う程度だった。

 

そのため指導社員から学ぶ高分子物性論は新鮮な内容だった。ダッシュポットとバネのモデルで説明しながら、この方法ではクリープを説明できないので将来このモデルは無くなる、とか、**先生のレオロジーはケモレオロジーといってなにやら怪しい話をしているが、このあたりは怪しいだけでなく間違っている、とか歯に衣着せぬ評論が面白かった(注1)。

 

さらに*△先生はこの会社の部長時代に上司だったが、自分の理論から導かれたグラフどおりのデータがでないと何度も実験のやり直しをさせられた。そのうえデータの捏造を許さないから大変だった。ロール混練の条件を変えてプロセスでデータを作りこんだ(注2)が、高分子という学問の実態を知る良い体験学習だった、と皮肉交じりに教えてくれた。科学のデータを創り出すためには、まず技術が必要であるというSTAP細胞と同様の状況であった。

 

(注1)指導社員の高分子の世界感はユニークだったが、OCTAの世界感に似ていた。分子レベルから行うズーミングとは逆にバルク状態から分子レベルへ考察を進める独特の説明は面白かった。

 

(注2)この連載のどこかでポリオレフィンとポリスチレン系ポリマーが相溶した体験を書くが、その体験では、混練条件を変更すると相溶しないというおもしろい現象に遭遇した。その体験ではカオス混合のヒントがまた一つ得られた。

 

カテゴリー : 連載 高分子

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