平成から令和に変わったのだが、昭和から平成に変わった時と大きな違いがあるのは、今回は祝賀ムード満杯である点だ。老人が所有する運転免許の返納が最近問題となる大きな事故が起きた。
免許を返上しても困らない環境に住んでいて、87歳になっても返上の決断ができず事故を起こしている。このような事件と今回とを同列に扱うのは失礼で問題かもしれないが、ある資格なり役割を返上するという決心のタイミングは難しい。
象徴天皇では、生前の行為である点が議論となった。しかし、今回のムードを考えると難しい問題はともかく、象徴天皇の姿勢としてその決断は正しかった、と言える。
そもそも象徴天皇という国家的役割を置いているのは日本だけであり、これを後世に受け継ぐのは、日本人であるアイデンティティの一つだろう。しかし受け継ぐにしても、その役割から出てくる仕事については、戦後いきなりできた役割ゆえに大変だ。
それを平成の時代にずっと考えてこられた、この姿勢そのものが、また象徴天皇としての重要な仕事の一つだと思う。時代によりその仕事の中身は変化してゆくだろうし、そもそもその仕事をどのように決めるのかもシステムが無いような役割である。
実は企業におけるマネージャーや経営者も目の前に前任者の残した山の様な仕事があるために、戦後決まった象徴天皇という役割と同じであることに気がついている人は少ない。
ドラッカーは、その役割や仕事について著書で述べているが抽象的である。ただ一つ具体的に言っているのが、その役割を担う人材について「誠実で真摯な人材」を選ぶことだ。
すなわち、国家なり組織なりでリーダーシップをとるべき人材は、「誠実で真摯な人材」でなければいけない。そのような人は仕事を遂行するときにその姿勢に誠実さが現れる。仕事が無くなれば役割を自ら返上できる、すなわち自らをリストラできる管理職こそ優秀なリーダーだ。
日本に災害などの不幸な出来事が皆無になれば、象徴天皇という役割は現在のままでは自然消滅する可能性がある。NHKの特番では、異なる視点でこの問題を扱っていたが。
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住居はその人の生き方へ影響を与えるというのは学生時代の体験である。快適な住まい、といっても快適さは人により異なり、生き方も人により異なる。
工務店社長が気を利かせて設計してくれた勉強部屋は快適だった。その部屋のおかげでオーディオ三昧の生活になった。この場合、住環境が個人の趣味を変えたのだ。
その後、独身寮の生活を経験してつくづく住居の快適さが人により大きく異なることを知った。独身寮でも快適だ、といって長く独身寮にいた同期がいた。
確かに食堂に行けば気軽に食事ができて終日風呂に入れる独身寮の生活は、どこか安宿の温泉気分のような快適さがある。
だから、快適さという概念を家という商品に表現するのは、難しいだろう。しかし、家を新築しようとしたときに、住宅メーカーは口々に快適な家です、と言ってパンフレットや見積もりを持ってくる。
当方の考える快適さなど考えず、メーカーの考える快適さの押し売りに25年ほど前うんざりした。当方の希望の間取りを実現できて最も低価格な見積もりを持ってきたメーカーへ発注する決心をしたら、当時二世帯住宅で有名なトップメーカーを選んでいた。しかしこれが後悔の始まりだった。
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プリウスを試乗した時の体験を書く。新車を購入するときには必ず試乗することにしている。大抵はどこのディーラーでも営業マンが助手席にすわり、お客に車を運転させてくれる。そのため、運転前に営業マンの懇切丁寧な説明を聞くことになる。
プリウスでは、モーターだけで走る場合もあるのでガソリンエンジン車からの乗り換えで違和感を感じるかもしれないが、との注意をうけるが、Dレンジに設定しているときにアクセルから足を離すと、車は慣性力で動いてゆく仕組みという十分な説明までされない。
燃費を稼ぐための仕組みとして、アクセルから足を離した時に減速されるBモードと減速されないDモードがある、という説明をもっと丁寧にすべきである。ところが説明では、坂道でブレーキを使うと焼け付くので、Bモードに設定してエネルギー回生による減速機構を使うように、とされる。
車は、燃費よりも安全が大切である。アクセルペダルから足を離したら、ペダルの機能ではなくても減速するのが安全な車、と思っている。プリウスを試乗してひやりとしたのは、40km程度で走行していてカーブを曲がろうとしたときだ。カーブに入る前にシフトダウンするのは習慣だが、プリウスでは、それができない。まずアクセルペダルから足を離したのだが、スピードが速くなったような感覚に襲われた。
おそらくこれはガソリンエンジン車に慣れていたので錯覚だろうと思う。思わずブレーキペダルを踏んだのだが、スピードが落ちてしまって情けないカーブの曲がり方になった(ここで踏み間違えれば暴走となる。)。
さらにこの時、FF車特有のアンダーステアを味わうことになる。カーブを曲がるまでの自分の動作をはっきりと覚えていないが、アクセルペダルから足を離した時すでにカーブに入っていたようにも思う。それゆえ強烈なアンダーステアを感じたのかもしれない。
当方はハンドル操作とブレーキペダルを間違えなかったので事故にならなかったが、もしあの時あせってペダルを踏み間違えていたならば確実に助手席の営業マンにけがをさせていただろう。へぼな曲がり方をして曲がった後にのろのろと走っていたら、営業マンに笑われた。ここは営業マンを守るために確実にブレーキを踏んだ老人に感謝してほしかった。
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他のレバーとの組み合わせでアクセルペダルに減速機能の有無を選択するようなシステムは危険である。ハイブリッド車のBモードではアクセルペダルに加速と減速の機能をもたせただけでなく、この減速機能を他のレバーで選択するというシステムである。そして、アクセルペダルの横にこれと同様の動作を行うブレーキペダルを配置している。
自動車を運転している人は急ブレーキは危険と認識するので、自然に減速してから停止するという動作を行う。この時日産の電気自動車では、アクセルペダルから足を離すだけの動作である。トヨタのハイブリッド車のBモードでは、一度「アクセルペダルをゆるめ減速し」、止まるためにペダルをブレーキへ踏みかえるという手順になる。
ただしBモードは坂道で使うモードであり、一般路ではDモードを使え、と教えられる。そして、これはBモードと異なり「アクセルペダルを緩めるだけでは減速しない」ので、減速するためにブレーキペダルを踏む動作をとらなければいけない。
すなわち、止まるための操作が、BモードとDモードと異なる上に、車を最後に止める動作が、加速する動作と同じでペダルが異なるだけである。また、シフトレバーは常にホームポジションにあり、現在のモードがBかDかは、表示板を見なければならない、複雑なシステムである。
パニックになった時にこのようなシステムが安全かどうかは明快であり、ハイブリッド車の場合には、ペダルを踏み間違えたときにそれに気がつく仕組みが無いだけでなく、DモードではBモードと異なり減速しないので、アクセルから足を離しただけでは減速せず、そのまま大事故につながる設計となっている。
踏み間違いやモード設定は運転者の責任としておいてはいけない。信頼性工学の視点では、ヒューマンエラーが起きたときに大事故につながらないようにシステムを設計しなければいけない。車の「止まる」という機能は、燃費よりも重要な基本機能である。
当方の信頼性工学のセミナーではこのような技術が十分に継承されていない問題をも扱っている。自動車のアクセルとブレーキについて、車の3つの基本機能についての技術が正しく伝承されておれば、ハイブリッド車の様なブレーキシステムは生まれなかったはずだ。ハイブリッド車に試乗するたびにこの信頼性工学の話を営業マンにしてきたが、うるさいオヤジぐらいにしか思われていなかったのだろう。
当方は試乗するたびに営業マンへハイブリッド車の危険な設計思想について注意してきた。それは、Dモードでは、アクセルペダルから足を離しても減速しないが、Bモードではアクセルペダルから足を離すと回生ブレーキが働き減速する。
試乗したときにこのDモードでは減速しないという危険性に気がつかない人がそれを知らされずハイブリッド車を購入しているとしたら、これは大きな問題だ。飛行機がそうであるように、車もヒューマンエラーが起きたときに大事故につながらないような設計が常識とならなければいけない。その対応が遅れているならばその危険性を告知すべきである。これが池袋の事故はじめネットで有名な「プリウスロケット」で考えなければいけない問題だ。
ハイブリッド車は信頼性工学の視点で眺めたときに、ガソリンマニュアル車よりも危険な車だと思っている。また、ジュークのようにマニュアルモードを備えてエンジンブレーキをかけやすくしているオートマチック車よりも危険である。そして、エンジンブレーキを使わない運転をしているときのオートマチック車よりプリウスは少し危険だと思っている。
*車を購入するときに、昔は走る棺桶とならない視点で車を見ていたが、最近は走る凶器という視点で車をチェックしている。恐怖感について個人差があるために、現在のハイブリッド車の危険性をどのように伝えたらよいのか悩んできた。なんども繰り返しの話になっているが、「止まる」機能の重要性と、その研究が遅れていることを伝えたかった。このような話は、危険性の感度の低い人には屁理屈としか思われないかもしれない。
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ハイブリッド車やガソリン車のオートマチック車にはペダルが二つしかついていない。しかも、その操作方法は同じである。いずれも機能を発揮させたいときには、踏み込むという同じ動作である。ゆえに、ペダルの選択を間違えた場合に暴走を引き起こす。
ブレーキの機能は、踏み込むことで車を「減速させて」、「止める」ことである。アクセルの機能は、踏み込むことで車の「スピードを上げる」ことだ。ここで昔からアクセルは、車を減速させる装置とみなされていない。あくまでも車のスピードを上げる装置である。
昔の教習所ではこの点を厳しく指導していた。減速はシフトダウンして行うことがお約束だった。教習所の第一段階のテストの一項目にシフトダウンして車を止めることができたかどうかというのがあった。
当方はクラッチを切ってブレーキだけで止まったために、教習所の第一段階の試験に落ち1回余分なお金を払うことになった。第一段階で落ちる人はいないといって笑われたので、この重要項目をいつまでも覚えており実践している。
だから、エネルギー回生システムを減速機(エンジンブレーキ)の代わりとして使おうと考案した時に、この車の減速という機能を設計者は信頼性工学の視点で検討しなければいけなかった。
ここで検討しておれば、ガソリン車のエンジンブレーキという減速機能がアクセルとブレーキの踏み間違いを防止していることに気がつく。
このエンジンブレーキは、クラッチを踏みシフトダウンさせてかけてゆく。ただアクセルを緩めるだけでエンジンブレーキがかかる、と思っている人は、たとえそれが正しくても昔ならば教習所の第一段階の検査試験で当方同様に落ちることになる。
おそらく教習員は、減速途中でエンストを起こす説明をするだろう。そして足をブレーキに乗せながらシフトダウンして減速しながら最後にブレーキを踏みこんで止める話をするかもしれない。
ここでペダルを踏み間違えていたり、アクセルに足を乗せていたりすると、空ぶかしをすることになる。すなわちマニュアル車は、その構造上ペダルの踏み間違いに対して空ぶかしという警告を出すようになっていた。
ところが最近の車は、燃費をよくするためにギア比が小さくなっており、高速で一定速度走行時のエンジン回転数は1500回転から1800回転であり、車の質量による慣性力のほうが大きくエンジンブレーキがかかりにくい。
エンジンブレーキを起動させてそれがかかった、とすぐに体感できるのは当方の場合2500回転以上の時であり、オートマチック車でもエンジンブレーキをかけるためには何とか工夫して「車のスピードを上げないように」エンジン回転数をここまで上げなければいけない。
安全のためには、これをブレーキではなく、マニュアル車以外ではオートマチックの機能を工夫して行うことになる。プレリュードでは、「D→スターマーク→L」とシフトダウンすればエンジンブレーキがかかり、減速する。ただし操作感はよかったが、CVCCエンジンはエンジンブレーキの利きが悪く怖かった。
だからプレリュードから乗り換える時は、セレナのマニュアル車をわざわざ買っている。その次は娘がそのデザインを気に入ったという理由でキューブを購入した。
しかしこの車では、標準でマニュアル車の設定が無くてオートマチック車しか選べなかったうえにシフトレバーがエンジンブレーキをかけにくい構造だった。すなわち、エンジンブレーキをかけるためには、ODボタンをはずし、その後シフトレバーを1にする操作をしなければならず、面倒だった。
さて、ハイブリッド車には、従来のようなエンジンブレーキが無い、といってもよい。その代わりにDモードとBモードというのがあり、Bモードを選ぶとアクセルを緩めたときにエネルギー回生システムが働きエンジンブレーキ「のように」減速することになる。
ところが、このBモードでは、アクセルペダルの機能について加速と減速の2種類持たせたような設計をしている。ここでハイブリッド車の設計者は、大きな間違いをしたことに気がついていない。
昔は、アクセルペダルは、車のスピードを上げるための機能に徹しており、減速と停止機能はブレーキペダルという明確な役割分担があった。
これに対しBモードの設定を考案したときに、アクセルペダルに加速と減速の二つの機能を持たせてる危険性を考えなかった。Bモードでは、あたかも減速機能と停止機能の二つのペダルができたかのように錯覚させる。(ブ(B)レーキモードと最初勘違いした。)
日産はこれに気がつき、安全のため、電気自動車のアクセルペダルに加速と減速以外に停止の機能までつけ加えて一つのペダルで加速から停止までできるようにした。これは、動力がガソリンエンジンだけでなくなる場合の、暴走を防ぐアクセルペダルの一つの回答である。
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ハイブリッド車には、ペダルは二つしかついていない。ゆえに踏み間違いに気がつきすぐに修正できるはずだ、という意見があるが、FMEAを正しく行うとそこに落とし穴があることに気がつく。
ガソリンエンジンのオートマチック車も含めペダルが二つしかない車について、エンジンブレーキをかけて減速するという運転動作を考慮すると、「ペダルが二つであることが問題」、という結論をハイブリッド車のFMEA表では導き出される。
信頼性工学の中でFMEAはその取り扱いが難しい。すなわち、故障や事故のモードに気がつかなければ不完全なFMEA表しかできない。そもそもFMEAというものは、作成されたFMEA表を随時改定し完成形に近づける活動を含んでいる。すなわち、FMEA表を作ったらそれで終わりではないのだ。それを元に日々技術とFMEA表を改善する努力をしてゆかなければいけない。
ところで、ガソリンエンジンのオートマチック車の場合とハイブリッド車の場合とで異なる点は、ガソリンエンジン車で踏み間違えたときには、車のスピードが上がる直前にまずエンジン音が大きくなる、あるいはタコメーターが上がるなどの変化がおき、その一瞬の間違いに気がつく(ガソリンエンジン車のオートマチックの開発ではこのタイムラグをいかにして少なくするのかが課題だった)。
さらにエンジンブレーキをいつもかけてから停止する習慣ならば、シフトダウンの操作段階で軽くブレーキペダルに足を当てている。この時間違えてアクセルに軽く足を載せていたとしたら、エンジンの回転数が早く上がるので、すぐに間違いに気がつく。
しかし、ハイブリッド車に試乗してみると、ブレーキペダルを軽く踏んだ程度では減速が緩やかで、アクセルペダルから足を離しているかどうかわからない場合がある。これは、走行時のDレンジでは燃費をよくするために慣性力で走れるよう回生ブレーキが働かないためである(試乗した時にこの点に恐怖感を感じている)。
Bレンジで運転すると、アクセルペダルから足を離したかどうかがわかる程度の回生ブレーキがかかり、少しは踏み間違いにきずくシグナルが運転者に出されるが、Dレンジでは静かにスピードが上がる、という現象が起きなければ踏み間違いに気づけない。ここでスピードが少ししか上がらない場合の人間の感覚を考える。
少しでもスピードが上がって、そこで「踏み間違いに気がつく人」と、ハイブリッド車のDモードでは慣性力でスピードが落ちないためにそれに慣れていて少しのスピードアップはブレーキの踏みシロの問題、すなわち「少しのスピードアップではそれに気がつけない人」の二種類に分かれる。
実はハイブリッド車では音が静かなために少しのスピードアップでは気がつきにくい。さらに、静粛性以外にも新型プリウスはスピードアップしたときの恐怖感が少ない。このようなデザインであるため、よけいにスピードアップに気がつきにくい車といえる。
このときペダルの踏み間違いに気がついていない場合の人間の自然の動作として、さらに深く踏み込むことになる。それもブレーキだと思っているため力強く深く踏み込み、暴走につながる。
暴走になれば、もう止まらない。なぜなら運転者はびっくりしてパニックに陥るからだ。自分が踏み間違えているかどうかよりも車を止めようと思ってさらにペダルを踏みこむだろう。この状態に至れば、山本リンダではないが、「もう、どうにも止まらない」。
実は初めてプリウスに試乗したときに、減速から停止処理を行って恐怖感を感じ、営業マンにそのことを伝えたら、お客様の運転の仕方が間違っている、と馬鹿にされた。オートマチック車ではただブレーキを踏むだけでよいのだ、としたり顔で言われたのだ。
車はエンジンブレーキで減速し、ブレーキで止まるのが基本だと説明したら、それはマニュアル車の場合であり、オートマチック車では間違った運転方法とまで言われた。
ハイブリッド車以外でもペダルが二つの車があり、それでも踏み間違いが起きている。ただし、オートマチック車でもエンジンブレーキをかける習慣であれば、踏み間違いに気づくはずだから、その場合は教習所で教えられる基本を守っていない運転方法であり、運転者の過失だ。
しかし、ネットにはプリウスロケットという言葉が多数出ているように、プリウスでは極端な暴走状態に特徴があることを見過ごしてはいけない。
そこにはプリウス特有の問題があるとみて、より安全な車を作る使命が自動車会社にはある。リーフの1ペダルという提案が、なぜトヨタ自動車から出てこなかったのか不思議である。ペダルが一つならば踏み間違いは起きない(ご丁寧にリーフにはブレーキ専用のペダルまでついている)。なぜなら、ブレーキと加速では全く異なる動作に設定されているためだ。
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有機合成化学は1970年代にコーリー博士の逆合成という概念が提案され、そのデザイン手法がコンピューターのアルゴリズムで取り扱われるようになった。さらに、有機金属化合物の合成研究が発展した20世紀に、その学問体系がほぼ整備された。
有機金属化合物では、低分子化合物だけでなく高分子化合物も開発された。例えばフェロセンポリマーという物質も合成されている。有機ケイ素高分子も多数開発され、東北大故矢島先生により有機ケイ素高分子からSiC繊維を製造する技術も1970年代に開発されている。
当方が発明したフェノール樹脂とポリエチルシリケートとのリアクティブブレンドによる高純度SiC合成法は、この矢島先生のご研究から6年後に成功している。矢島先生のご研究はポリジメチルシランを炭素繊維と同様の方法で熱処理する製造法だが、当方の方法は前駆体であるポリマーアロイを製造するリアクティブブレンド技術にその特徴がある。
これは、科学的に考えていては開発できない方法で、頭がよければ誰でもできるわけではない技術開発手法で合成された前駆体だから科学者には少し難易度が高い。そもそも混合プロセス段階はフローリーハギンズ理論によりその現象が否定されるような前駆体である。科学と技術とはどこが異なるのか、という命題について知りたいなら、この前駆体の合成プロセスをよく考察していただければわかりやすいと思う。
論理のち密さが重要という理由で、科学は頭の良い人でなければそのブレークスルーが難しいが、技術は多少頭が悪くともその開発が可能だ。ちなみに人類による技術開発の活動は4000年以上昔から行われている。中国4000年の歴史が日本に影響を与えたが、それよりもはるか昔から技術開発は人類の日々の生活の営みとして行われてきた。
日々の営みを自然とうまく調和する努力のできる人類が技術を開発してきた。この意味では、頭の良し悪しよりも、性格の素直さが技術者には重要だと思っている。
技術開発の歴史を眺めたときに、現代の有機合成技術者を高度な研究者集団としてみなすのは、もはや時代遅れである。1980年代からすでに有機合成技術者は知識労働者の一人になっている。なぜなら21世紀にはいってから有機合成分野において新たな概念は生まれていない。無機高分子合成化学に至っては無機高分子研究会設立以降ノーベル賞級の新しい概念は生まれていない。
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池袋事故について事故原因の解明よりも、未だ逮捕されない運転者の問題に関する記事が多い。この事故の本当の問題は、「本当の事故原因は何か、そして再発をいかに防ぐか」という問題のはずである。恐らく警察は、運転ミス「か」(東スポではないが)、と発表しつつも、運転者の証言にも注目している可能性がある。
当方は年に2回ほど信頼性工学のセミナーを行っているが、せっかくセミナー内容について現実の問題を取り入れたり、問題解決法を取り入れたりと役立つように工夫しても参加者が少なく、困っている。
小生の信頼性工学については別の日にPRをしたいが、本日はハイブリッド車に試乗したときに、信頼性工学の観点から営業マンへ有益なアドバイスをしていてもいっこうに改善されないハイブリッド車のブレーキの問題について書く。
ハイブリッド車のブレーキの問題については電気自動車にも通じるが、これについては、日産自動車が1ペダル方式という一つの答えを提案している。あの技術はもっと注目されてもよく、新時代の自動車安全システムとして第二、第三の新しいブレーキシステムの提案があるべきだ。
この欄で展開する話は、一部特許ネタとして公開を躊躇していたが、トヨタがハイブリッド車の特許を公開するというので、当方の考え方も公開したい。
ハイブリッド車のブレーキ(正しい運転をしなかった場合の一般のオートマチック車でも該当する)が信頼性工学の視点でまずいのは、「ブレーキをかけようとして、ペダルを踏み間違えたときの対策が考えられていない」、というこの一点に尽きる。
難しく表現すると、「ヒューマンエラーが発生した時に、そのエラーが次のエラーを引き起こさないような対策が取られていない」、あるいは簡単に「バカ対策が取られていない」となる。バカと書いては事故を起こされた方には失礼だが、ポカ除け対策ともいう。
ブレーキを踏み間違えた運転者は、それに気がつくためには、まず、加速し始めた車の状態を「異常だ」と気がつく必要がある。そして、その異常に対する原因を考えたときに初めてアクセルを踏み間違えたことに気がつく。この段階で異常に気がつかなければ、アクセルをブレーキペダルと信じ、踏み続ける。
しかし、ここで異常の原因が運転者の動作にある、とすると、「ブレーキの踏み間違い」か、「ブレーキの踏みシロの少なさ」という二つの事象が出てくる。
前者であれば、ペダルの踏み間違いへと思いがいたるが、後者の場合には、先に指摘したようにブレーキを踏みこむことになり、結果としてアクセルを踏み込む動作となって、暴走することになる。実際にこれが原因で起きている事故は「プリウスの暴走」としてネットに多く公開されている。
「このような事故でプリウスの暴走が注目されるのは販売台数が多いから」、とよく解説されているが、当方はそれだけではない、と思っている。しかし、ここは当方しか気がついていないようだから書かないが、興味のある方は質問していただきたい。プリウスの運転システムにはこの欄で書いた以外にもまだ問題がある。
とりあえず、ブレーキシステムの問題に話を戻すが、信頼性工学の一つFTAとFMEAを正しく行っていれば、事象が二つになることに気がつくわけで、当方は営業マンにレクチャーを無料でしている。
しかし、感謝されるどころか、営業マンはそれを不満に感じているようだ。顔は笑顔だが、皆当方の話を否定して話題をそらす。おそらく車をけなされたと思って、カチンと来ているのだろう。
そして本質的な議論に発展しない。営業マンの仕事の一つにお客様の声を吸い上げ、それを商品のカイゼンにつなげるというのがあるが、トヨタの営業マンは皆プライドが高いのか、お客様の意見を否定してくる。
顔は笑顔で、言葉は優しくても、言ってる内容がお客様の意見を真正面から否定しているならば、お客様は不快になるだけだ。初めて乗った車はレビン、その次はセリカとトヨタを乗り継いできたが、このブレーキの問題を言い出してから、トヨタ車を購入していない。新車購入時には必ずトヨタのディーラーものぞくのだが大抵は気分を害して見積もりさえもらわないという状態が30年以上続いている。
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高分子の誘電率や屈折率は、密度の影響を受ける。すなわち以前も書いたが、制御が難しい自由体積の量にも影響をうける。これがどの程度影響を受けるのかは、密度と誘電率とのグラフを作成して確認する以外にない。
面白いのが、有効数字三桁程度ではきれいに再現性の良いグラフとなるが、4桁になると難しくなってくる高分子も存在する。おそらく3桁でも制御するのが難しい高分子もあるかもしれないが、当方の経験では3桁程度は何とか制御できた。
これがフィラーが入ってくるとさらに難しくなってくる。また困るのは、コンパウンド段階の評価と成形体の評価がずれてくる場合である。それぞれのばらつき具合が同じであればよいが、その偏差そのものがロットごとにばらつくので管理にノウハウが必要になってくる。
中間転写ベルト用コンパウンドを子会社で立ち上げたときに、押出成形でできるベルトの抵抗をペレットの誘電率で管理する技術を開発した。この時は、直流で計測されるベルトの表面比抵抗との対応をペレット段階の電気抵抗で管理できるのか、が大きな問題となったのでインピーダンスを持ち出したのだ。
ただ、インピーダンスでは少し電気をかじったことがある人が、交流の抵抗と対応をみてもよいのか、といいだした。そこでペレットの誘電率を管理することにした。
誘電率とベルトの抵抗がどのような機構で相関するのか、という質問も出たが、実験データでこのような関係にあるから管理可能と説明している。なんでも科学的に説明しないと納得しない人が多いのは困る。
科学がいくら進歩しても、人間が自然界を完璧に管理できるわけではない。当方にとって大切なことは、ペレットの製造ばらつきをどのように検出して管理してゆくのか、という問題である。
この時の誘電率は空隙法で計測しているが、有効数字は二けたであった。たった有効数字二桁でベルトの抵抗管理ができた。これはパーコレーション転移の閾値近傍における管理だったので、カーボン量が1%もばらつくだけで、誘電率が3割ほど変化してくれたから管理パラメーターとして使用できた。
ただこの管理手法は、ペレットが狙ったとおりの高次構造で生産されていることが大前提になる。もし狙った高次構造と異なったら、おそらくペレットの誘電率とベルトの表面比抵抗とは異なる相関、あるいは無関係になるかもしれない心配があった。
そこで粘弾性手法を用いて高次構造の管理を行ったのだが、この粘弾性データが、ベルトの表面比抵抗の生産ばらつきと相関するという予期せぬ結果が得られたのはびっくりした。このことは後日またここで書きたい。今日はここまで。
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最近の話題としてアクセルとブレーキの踏み間違いによる悲惨な事故がある。ネットでは事故後の運転者の扱いの差異から上級国民というキーワードが飛び出しており、問題の本質から視点がずれているように思われたので、本日取り上げてみた。自動車会社の技術者にはぜひ読んでいただきたい。
一連の事故の本質的問題は、自動車の進化過程で、自動車の基本機能「走る」、「止まる」、「曲がる」の3要素における「止まる」が軽視されてきた点にある。
40年以上前、自動車学校で車を止めるときの動作として、「アクセルから足をはなす」→「クラッチに足を乗せる」→「シフトダウンする」→「ブレーキを踏む」→「クラッチを切る」→「ブレーキを力いっぱい踏み車を止める」と習った。止める動作は、基本3要素の中で最も手間のかかる作業、あるいは「走る」や「曲がる」とは明らかに異なる動作になり、止めるときに足はアクセルから離れるように昔の車は設計されてきた(アクセルから足を離さなければ、車を止められなかった、これが重要である。日産リーフのすごいところはこれを実現している点だ)。
これは、教習所の第一段階の試験で1回落ちたときの理由だったのでよく覚えている。すなわち、この試験の時にエンジンブレーキをかけずにブレーキだけで停車したことが大きな失点となり落第している(ただし、この時瞬間的にクラッチを切り、エンストを防いでいるのでOKと誤解していた。すなわち、止まればよいとだけ考えていた。教習所の先生に教えられた、止めるときにアクセルから足を離す動作を体に覚えさせる深い意味を考えていなかった。車を止めるときには絶対にアクセルから足を離すこと、そのためのエンジンブレーキと強く言われた。)。
この失敗以来、必ずエンジンブレーキをかけて停止するように心がけてきた。このためオートマチック車に乗ってもエンジンブレーキをかける工夫をして気がついたことがある。この30年の車の進化過程でエンジンブレーキの「車を止める人の動作に果たす役割」を自動車メーカーの技術者が忘れかけてきていることである。
例えばハイブリッド車や電気自動車では、エンジンブレーキではなくエネルギーの回生システムがその役目を担うようになり、自動でブレーキがかかるようになっている。これは「安全」の視点では「止める」技術が後退(注)していることを意味している、と当方は捉えているが、これを補間する技術開発を日産以外のメーカーは忘れてしまったようだ。
日産の電気自動車は、1ペダルであり、車を止めるときにはペダルから足を離せば自動車が安全に車を止めてくれる先進的なシステムだ。これについては、試乗してさすが技術の日産と生まれて初めて感じた。
すなわち、「車を加速する」動作と「車を止める」動作を明確に異なる動作に分けている。ただ、このペダルが踏みやすい位置にあるのは問題だ。安全を優先したら踏みにくい位置にすべきである。万が一を考えて、リーフを購買対象から外した理由である。
1年ほど前に車を購入するとき、ハイブリッド車に試乗したが、エンジンブレーキを自分で制御できないのでやめた。最近はパドルシフトが流行しているが、これもついていない車だった。営業マンにエンジンブレーキの話をしたら、ピントのずれたエネルギー回生システムの説明をしてくれた。
すなわち、ハイブリッド車はブレーキを踏む以外に車を減速し止める手段が無いばかりか、加速する動作と止める動作が同じ動作になる欠陥車と呼びたくなるような車なのだ(「止める動作と走る動作を明確に異なる動作にしたハイブリッド車」は、特許調査をしたところ出願可能なクレームだ。)。
さらにアクセルを緩めれば車は回生ブレーキが働き減速させることができるが、足は常にアクセルペダルに乗っている。これは「車を止める動作」と「加速する動作」に区分けが無く「大変危険だ」と思った(と、同時に特許を出せる技術につながるとも思ったが、自動車の安全を願いやめている)。
減速動作と加速動作が同じペダルで行われ、減速動作から停止動作に移る時に、停止動作だけを意識することになる。停止動作に移る前に「アクセルから足をまず離す」という安全につながる動作を車が要求していないのだ。
さらに説明を加えれば、ペダルこそ違ってはいるが、加速動作も停止動作もペダルを踏むという同じ動作になっており、ペダルを間違えたなら大事故につながる仕組みが現在のハイブリッド車である。なぜこのような点に開発過程で気がついていないのか不思議だ。Fun to drive が「不安とドライブ」に聞こえてくる。
少なくとも車を減速し止める動作になる時には、アクセルから足をいったん離すことを義務づける動作になるよう車を設計すべきである。トヨタのハイブリッド車は、この視点で当方にとっては欠陥車のように思えたので、営業マンに「これでは走る棺桶だ」と皮肉を伝えている。
ジュークに試乗し感動したのは、安い車なのにオートマチック車でありながらマニュアルモードが付いている。実は、これまでオートマチック車に乗りながら、エンジンブレーキをかけるのに不便をしていた。
ODスイッチを切って減速してから、オートマチックレバーを一段下げる、という面倒な動作である(だから進化の過程で、技術者が「止まる」機能を軽視しているとみなした。どうしてエンジンブレーキをかけるのに複雑な機構にしたのか不思議だ。)。自動車を止めるのにかなりの手順を踏んでおり、オートマチック車=不便な車という認識だった。しかし、この不便が身についた結果、車の運転時には「止まる」動作を間違えない習慣が身についた。車を止めるときには、絶対に足がアクセルペダルから外れ、ブレーキペダルに足が添えられている習慣だ。
ちなみに、ジュークの4駆にはマニュアルモードがついており、しかも7速である。こまめにエンジンブレーキを動作させるのだが、この時足はアクセルから自然にはなれる。ハイブリッド車や電気自動車は、その「止まる」動作について少し研究をする必要があるのではないか。
プリウスで暴走事故が多いのは、「止まる」動作について「走る」動作と明確に区別をした日産車のように工夫されていない点にある、と試乗した体験から思っている(素人が感じたのだから欠陥構造と言ってもよいかもしれない)。だから年寄りはハイブリッド車の運転を「絶対に」やめる「べき」である。ハイブリッド車は年寄りにとって「棺桶」ではなく、「走る」動作と「止める」動作を間違える可能性が高い「走る凶器」となりうる。
(注)もし、「止まる」動作を自動ですべて行うならば、車が止まらないことによる事故の責任は100%自動車メーカーになる。おそらくこのようなリスクのある車を自動車メーカーは販売しないだろう。リーフでは、「止まる」動作について、アクセルから足を外すことを求めている。「止まる」動作についてハイブリッド車の様な中途半端な自動化は、運転者の「止まる」動作に対して感度を落とす危険性を生み出す。安全な車とは、運転者が動作を間違えることなく車を止められるようにした車だ。少なくとも昔のマニュアル車はそのように設計されていた。すなわち、一般路の走行では、いきなりブレーキを踏むとエンストを起こし、必ず車は止まった。今車を設計するならば、ブレーキは足の操作で行い、加減速は手で行うメカニズムの車が理想ではないか。30年前のプレリュードXXには、ハンドルにアクセルスイッチが付いており、これで加速できた。加減速を足で行う必要はあるのか?左足ブレーキというアイデアもあるが、踏み込む動作が共通なので危険である。ブレーキを足で踏みこむ動作にしたならば、アクセルはそれと異なる動作にすることは、今の電子化された車で容易ではないか。電気自動車で1ペダルを実現できたのでハイブリッド車でも1ペダルは可能だと思う。同じ動作でペダルだけが異なる現在のハイブリッド車の仕組みは、認知機能の衰えた老人でなくても踏み間違える危険性がある。アクセルから足を外す動作を人間に要求するような機構にカイゼンすべきである。
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