1月24日(木)発売の「週刊文春」では、日産及びカルソニックカンセイの検査不正問題を取り上げている。自動車用内装材の難燃性について不正をやっていたことを関係会社のカルソニックカンセイの関係者が明らかにしたらしい。
日産自動車は「2018年9月に日産自動車として事実を確認しました。本件は日産自動車とカルソニックカンセイ社との間で取り決めた難燃性試験の実施に不備があったものであり、カルソニックカンセイ社と調査・再発防止を社内関係部署にて実施しております。2018年10月に国土交通省へ確認した事実を報告しております」などと回答した内容を報じている。
日産自動車がいつから不正を行っていたのかについて「1999年にゴーン氏が日産に来てから系列でもコスト削減が進んだこと。人員不足で検査が片手間になっていました。」とある。
問題は年1500件以上も車両火災が発生しており、その内容は公開されていない。もし大半が日産車としたら大変な社会問題になるはずだ。
当方は年に数回高分子の難燃化技術についてセミナーを開催しているが、基本的な考え方として高分子を不燃化することができないので、それぞれの規格を守った材料の難燃化技術が重要と指導している。
この基本が守られていないとどうなるのか。燃えやすい商品となり、一気に燃焼リスクが高まるのだ。すなわち、本来燃える様な材料を燃えにくくしているだけで、その燃えにくさは経済性との関係で商品ごとの規格が設けられている。
その規格さえもコストダウン必達のために守られないとしたら、安全性についてリスクが高いことになる。文春オンラインで報じられている内容は、単なる品質検査の捏造では済まされない。実態を公開し、必要ならば、部品交換をすべき義務が発生する問題だ。
もしこれを国が放置しているならば、自動車火災が発生したときに国土交通省はその責任を負うことになる。昔、お餅のように膨らむことでJIS難燃規格を通過した天井材の話をこの欄で紹介している。その時社会問題化して、当時の通産省は難燃規格の見直しを行い、当方はその仕事のお手伝いさんとして建築研究所へゴム会社から派遣されている。
その見直しでは、天井材は、難燃二級という規格から簡易耐火試験という新たな企画に変更された。そしてゴム会社は新製品として販売していた餅のように膨らむ硬質ポリウレタン製天井材をフェノール樹脂に材料変更をすることになった。
もし国土交通省の担当者が報告を聴きながら何も対応しないならば、自動車火災の責任を問われることになるかもしれない。この意味がよくわからないならば、国土交通省の担当者は一度当方のセミナーを聴いて勉強する必要がある。
ところで、この日産自動車の問題は、一年前に起きた材料メーカーによる品質データねつ造事件と類似点があることにアセンブリーメーカーは気がつく必要がある。もし一連の事件における類似点が分からず対策ができなくて困っているメーカー担当者は弊社へご相談ください。
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NHK朝ドラ「まんぷく」が佳境に入ってきた。主人公マンペイさんがフクちゃんとインスタントラーメンの開発に着手し始めた場面である。昨日の朝は、企画の練り始め段階を放送していた。
このドラマの面白いところは、発明成功に至る過程をうまく描いているところである。そしてそれは決して科学的ではない、技術的手法として描かれている。テルマエロマエの温泉開発過程も面白かったが、このまんぷくの演出も十分に面白い。
インスタントラーメンの発明では開発ターゲットの着想段階から描いていた。すなわちニーズも何もない、マーケットの状況も不明な商品コンセプトの創出をどのように行うかを説明していたのだ。
小生も高純度SiCの開発を行った経験から、マンペイとフクコの会話の様子をよく理解できた。すなわち、ゴム会社がCIを導入した時に社長方針として、電池とメカトロニクス、ファインセラミックスの方針が出された。ここで、ファインセラミックスとしてどのような事業を開発するのか悩んだ経験があるからだ。
この経験では、ゴム会社=高分子事業の会社とファインセラミックスの水と油の世界について、高分子からファインセラミックスを製造する、という着想、そしてそれが高純度化のプロセスに貢献と至り、2000℃以上の高温度で昇華精製を繰り返さないと高純度化できないSiCにたどり着くのだが、その過程がまさしく昨日の朝ドラで描かれていた手順だった。
新しい事業企画においてコンセプトは重要であるが、それをどのように着想し練り上げるのかは難しい作業である。企画をする人により様々な手法が存在するかもしれない。
ドラッカーは、このような場合の考え方の道筋やヒントをその著書で示しているが、具体的なやり方については書いていない。弊社はドラッカーの著書と当方の体験をもとにその過程をまとめた教材を用意している。
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半導体治工具用高純度SiCは、ゴム会社にCIが導入された時の記念論文募集で最初に提案されている。しかし、この記念論文募集では、最初の締め切りに3件ほどしか集まらず、同期の友人が当方の論文を読み、人事部に連絡し締め切り延長を申し出ている。
そしてその友人の論文が一席に選ばれ、当方の論文は、入賞さえしていない。一席に選ばれた友人の論文は、夢というよりも荒唐無稽の内容で、当方の現実的な高分子から高純度セラミックスを作り、半導体事業を始める内容とは大きく異なっていた。
CI導入時の社長方針として、電池とメカトロニクス、ファインセラミックスが新事業の3本柱として提示されていたので、当方は論文の内容をファインセラミックスにしたのだが、友人のそれは社長方針とは全く関係のない内容だった。
友人は賞金10万円を得て、その賞金で小生の残念会を二人でしてくれたのだが、その時当方の論文の内容を実現したら、ということになった。この残念会はある意味キックオフの役割を果たしている。
その後、上司に改めて企画として提案したりしてヤミ実験を行い高純度SiCの前駆体合成に成功するのだが、ゴム会社ではそれ以上研究を進めることができなかった。
運よく、上司との折り合いが悪くなり、上司がアメリカ留学を提案してきた。当方は高純度SiCを実現したかったので、アメリカ留学を断ったのだが、上司はどうしても留学させたいということで当方が探してきた無機材質研究所留学を人事部と調整してくださった。
無機材質研究所には、ビジター研究員として研究所のテーマを行う予定だったのだが、たまたまゴム会社の昇進試験に落ちた連絡が人事部長から無機材質研究所にかかり、横で聞いておられた総合研究官の方が所長と調整してくださり、1週間の限定付きで高純度SiCの合成研究期間を設定してくださった。
そしてこの1週間の期間に、99.9999%の純度の黄色い粉ができてスタップ細胞並みの騒動になりかけたが、理研と無機材質研究所の違いは、極めて冷静に研究を育てる方向を先生方が真剣に考えてくださったことだ。そして、この時生まれた成果がゴム会社で30年続く事業になった。
実働はサービス残業に過重労働と細部を見れば大変であったが、大局的に見れば、JVのきっかけを作ってくださった小嶋莊一氏との出会いも含め、30年という時の流れはスーダラ節のごとく進んだのかもしれない。
一番大きい事業のきっかけとなったのは、昇進試験に落ちた当方のモラールアップのために総合研究官が働きかけた、東大本田教授のいうところの「やりがい詐欺」となるが、労働者のやる気を鼓舞することを詐欺と呼んでよいのかどうか。
当方は、その後のこの総合研究官のアドバイスで、仕事だけでなく人生においても何度も勇気づけられてきた。自分の人生から判断して、やはり、本田教授の概念は間違っていると思う。お金を超える人間関係、人との交流は、仕事において重要である。
直属の上司が誠実真摯であれば最高かもしれないが、追い出したくて当方の希望をかなえてくれたような上司も一方で大切である。パワハラやセクハラなど忘れ、いやな上司でも気楽に交流する必要がある。
(当時はおかしな主任研究員を忘れるため土日は仕事をやらずテニスに励んでいた。このおかげで無機材研におけるテニス大会で優勝できた。塞翁が馬である。パワハラやセクハラは人間関係から生まれるハラスメントだが、ハラスメントを個人の中で昇華する技は身に着けておいて損はない。数多くのハラスメントの被害にあってきたが、ひとつづつハラスメントの解決にあたるより、生産的な時間の使い方をしてきた人生で後悔はない。留学の世話をしてくださった主任研究員は、大変いやな上司であった(当方以外の課員全員が異動希望を出していた。当方は留学希望を出していた。)が、なぜか出世している(SiC事業の立役者と思われたのかもしれない。マネジメントとは人を成して成果を出すことであり、この観点では優れていた。当時SiCの事業を答案として提出し昇進試験を落とされた当方は複雑である。)。しかし、アメリカ留学をどうやって人事部長を丸め込んだのか知らないが、無機材研留学に切り替え、余った留学予算を当方が学会出席などの費用として使えるように調整してくださった。おかげで留学中は借家を二軒借りて、一軒を事務所として使うような生活で、学会も応用物理はじめあらゆる年会に出席できて飽きるほど勉強ができた。学位論文の構想もこのころ立てている。大学の先生の接待費も留学費用として使えたので、給与は安かったが、楽しい留学だった。サラリーマン人生で一番いやな上司という印象だったが、この留学環境を整えてくれたのは、ほかならぬこの上司だった。複雑な気持ちである。とても当時のハラスメントを訴える気分には慣れない。)
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昨日安室奈美恵のことを考えて、日本の技術者も安室奈美恵と同じような道をたどった結果、現在に至ったのではないか、と懸念している。すなわち、高度経済成長期は日本人労働者のモラールは自然とアップしていったが、それが個人のモチベーションアップに結び付いてゆかなかった可能性がある。
それだけではない。マネジメントの方向が個人のモチベーションアップに力を入れたところ、出世競争だけあおり、本来の個人の自己啓発努力と能力向上まで結びつけることができなかったためと想像している。
このような想像は、当方のサラリーマン経験と関係があるのかもしれない。すなわち当方の周囲には他人の成果を平気で自分の成果として申告し出世していった輩が多い。FD問題もその類であり、モチベーションアップのマネージメントが悪い結果を生み出した可能性がある。
管理職として部下の面接をしていて驚いたのは、若い人たちはそのような状況をよく見ているのだ。これは企業内に限らず社会全体の風潮でもあるようだ。
うまく振舞ったものが報われる社会でも全体に成長し、その恩恵が皆に回ってくればモラールアップもする技術者が出てくるかもしれないが、最近の政治の方向はそうではない。これでは若い技術者のモラールアップなど望めないし、経済発展のための個々のモチベーションアップにもつながらない。
当方のような社会経験を重ねてくると、モチベーションコントロールのスキルも身についてきて、どのような状況になっても仮に一度は落ち込んだとしてもモラールアップできるようセルフコントロールの努力ができる。しかし社会経験の乏しい若い人にそれを求めても無理だろう。
また、「やりがい詐欺」なる言葉を流布して、モチベーションアップを阻害するような活動をしている大学の先生もいる。モチベーションアップは、個人の活動において幸福の一要素と思っている。何も意識せず、風に吹かれて生きるスタイルだけが人間の生きる姿ではない。
ただでさえ高齢化でそのような人が増えているのだ。「やりがい詐欺」という言葉を流布しようとしている先生はその影響を反省して欲しい。
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昨日安室奈美恵の単独インタビュー番組を見た。番組を見終わって表題の問題の重要性を彼女の言動から考えてしまった。恐らく彼女はアーティストとして現状に満足できず、すなわち頂点に立ってみて、今後の自分のモチベーションをどのように方向づけたらよいのか分からなくなって引退を決断したのではないかと思った。
安室といえば、そのダンスセンスと歌唱力、ファッションが魅力である。その彼女が、デビューし小室ファミリーの一員として絶頂期に到達して自分の道に迷い、音楽機材を買い込んで作曲や作詞に取り組んだ時期があったという。そのとき、彼女にその魅力を教え、コンサート中心の活動を支えたのが、現在のプロデューサーであり、彼女のチームらしい。
そして、絶頂期に達して彼女は引退を決意しているのだが、恐らくチーム運営をしていたリーダーは彼女を甘く見ていた可能性が高い。すなわちそのマネジメントに失敗していたのだ。その結果として安室のモチベーションが下がってしまった可能性が高い。
これは組織運営でもよくやる失敗の一つである。何かのはずみで組織の成果がでると、組織のモラールは一時的に上がる。この時組織のモラールアップがうまく個人のモチベーションアップと結びついてゆくと組織は発展し続けるが、モラールアップが個人のモチベーションアップに結び付いてゆかないとせっかくのモラールアップの状態が萎えてしまう。
安室の音楽チームは恐らくモラールアップの絶頂期にあったと思われる。しかしその中で一人安室のモチベーションは下がっていったのだろう。リーダーはその彼女の変化に気がつかなかったようだ。
彼女の才能はそのダンスとファッションセンスにある。しかし、残念なのは0から音楽を創り出す才能が欠けている。音楽が無ければ彼女のダンスやファッションセンスも生きてこない。このことに気づき彼女を支えてゆこうとする人物が現れない限り、彼女の再デビューを期待できないだろう。彼女のインタビューを聞きながら、時折懐メロ番組に現れる山本リンダのエネルギーの凄さに恐れ入った。
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ハゲタカ学会誌が昨年話題になったが、毎日新聞電子版には表題の話題が載っていた。アカデミアの研究者が箔をつけるために4-5万円支払って国際会議に参加する形式らしい。まったくの無審査で内容も問わないようなひどい状態らしい。
昨年ハゲタカ学会誌の話題を読み、そのようなものがビジネスになることが信じられなかったが、その国際会議版がビジネスになっている、というのでさらに驚いた。
当方は頼まれない限り、最近は学会発表等しない主義だが、PRのために学会発表もしてみようと考えていたところでこのようなニュースを見て萎えてしまった。
昨年、「上海CMF国際会議」という国際会議に対して発表依頼が来た。講演内容もおそらく当方以外の発表者は、国際的にも少ないのだろうと思われる内容だった。しかし、英語で1時間という条件を見て、面倒くさいのでほったらかしにしていた。
そしたら、講演料30万円支払うから、と議長からメールが届いた。やはり講演者が見つからなかったのだろう。仕方がないので了解したら大変だった。発表内容にいろいろと注文があり、結局国際会議の1か月前はその資料作りで時間がつぶれた。
しかし、往復の飛行機はビジネスクラスと上海の一流ホテルのスイートルームで2泊三日の旅は快適だった。費やした時間から考えると講演料30万円は、あまりお得な感覚はしない。また、講演は1時間だったが、講演後の放送局によるインタビューが2時間もありこれが大変だった。
インタビューには日本語の通訳をつけていただいたので、最初の30分ほどはかっこをつけて英語で答えていたが、次第に面倒になって日本語になってきた。講演よりもこのインタビューが大変だった。
この国際会議が、どのような位置づけになるのかしらないが、およそ自分でお金を払ってまで講演をしようという気にはなれない大役だった。しかし、日本のセミナー料よりは十分に高い講演料と待遇で満足した国際会議だった。これでどれだけの箔がついたか知らないが、わけのわからない英文のメールが届くようになった。
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1960年ごろに植木等のスーダラ節が大ヒットした。分かっちゃいるけどやめられない、というフレーズが流行語となっている曲で、日本の高度経済成長前の助走段階をうまく表現している。
この歌は名古屋で火が付いた、と言われているが、当時名古屋は中小企業が多く、平均年収では全区平均より低い地域だったらしい。酒のはしごも仕事もすべてがスイスイスーダララッタと進んでいった時代で、賃金も右肩上がりで労働者が皆幸福感を味わっていた。今池に黒川、女子大小路にキャバレーが乱立していった時代で、昼間のネオンが子供の目にもまぶしかった。
このころのサラリーマンは気楽な稼業だったが、今、サラリーマンは当時よりも職場環境が良くなったにも関わらずスイスイスーダララッタと調子よくいかないようだ。GDPも中国に抜かれた。
中国は、10年前よりも給与生活者の待遇は良くなり、去年まで、このスーダラ節のような状態だったが、今年仕事始めに上海まで出かけたが、米中関係の悪化からか少し陰りが出てきた。情報化時代は変化が激しい。
植木等に象徴される無責任サラリーマンが当時の世相を表しているのだが、ある意味ではワークライフバランスがうまくいっていた時代なのかもしれない。それが給与が上がり、ワークライフバランスがおかしくなっていったのかもしれない。
当方が就職した時の初任給は月給10万円の時代で、無機材質研究所に留学していた時の年収は、300万円台だった。そして転職するときには、家族4人で600万円前後の年収だった。また、肩書も何もなく、すなわち業務の責任は会社から与えられていなかった。
当時はバブル時代で、当方の倍の年収になった社外の友人もいた。当方のこの安い給与でも30年続く半導体治工具事業を立ち上げている。経営から見ればコストパフォーマンスの高い新事業立ち上げであるが、給与も安く、肩書も無く気楽だったから、うまくいったのかもしれない。この事業はスーダラ節に火が付いた名古屋の企業に移管されたので新たな発展を期待している。
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今ならば役員による恫喝はパワーハラスメントである。新入社員実習の時、当方のグループ発表に対して「大馬鹿モン」と一喝され、しばらく感情的な説教が続いた。
これは、明らかなパワーハラスメントである。この役員に回答した当方はじめメンバーは張り付け状態になった。グループメンバーではなかったが、実習発表を聞く立場のU君は、この出来事はじめ社風が合わないと言って配属が決まるや否や退職している。
きっかけは、当方のグループの発表内容について、タイヤ設計技術の基本が理解されていないということで、「君たちにとって、発表内容のタイヤとは何か」という哲学的な質問だった。この質問に対して、当方は多変量解析を用いたデータ解析をグループメンバーに提案した責任から、コンピューター解析手法により解明された設計パラメーターで設計されたタイヤと言うような意味を答えている。
当時はZ80が発表されたばかりの時代で、コンピューターと言えばIBMの大型コンピューターであり、それを初体験でも使いこなした自負があった(コンピューターの大きさや価格、OSの難解さを考慮すると初対面で自由に操作できた自信が一人前の技術者になったような錯覚になる存在だった)。
当時ゴム会社にはこの大型コンピューターが2台あり、その一台IBM3033というコンピューターを使って解析を進めたので、得意げに成果を説明している。この態度が余計にこの役員を刺激したのかもしれない。
当方は一瞬メンバー同様シャキッと(不思議なことにこのような音が聞こえた)凍り付いた。しかし、この役員の説教の内容には新鮮な響きがあり、妙に感謝の気持ちが湧いてきた。当方はマゾではないが、役員は科学と技術は異なり、科学で開発をやってはいけない、と説教しており、反発を感じつつもその言葉のパワーが大きいためにその考えを受け入れる以外に道は無く、なぜか気持ちよくなってきた。
洗脳とはこのような状態をいうのかもしれないが、発表会がすべて終わり解放されたあとの夜、U君から退職の話を打ち明けられ、その呪縛は解かれている。U君は科学技術こそ技術の理想としており、経験知を重視したような技術で開発を進める様な会社は肌に合わないというのである。
その夜、U君と技術談義となったのだが、夜が明けるころには何故か恋愛談議に代わり、技術開発が生活の営みの一部であることを実感している。この出来事で、当方は科学技術という言葉に疑問を持つようになった。学生時代にTDKの役員による講演、科学と技術は車の両輪であるという話を聞いていたことも影響している。
新入社員発表会における役員の説教は、発表内容を頭ごなしに全否定し、自分の考えを押し付け、従うように命じていたので、第三者から見ればパワーハラスメントになるのかもしれない。しかし、これがきっかけで技術というものと科学との関係を真剣に考えるようになったことを思うとパワハラと思えないのだ(女子体操選手の気持ちを理解できるが、今の時代はこれでは間違っている,といわれてしまう)。
科学こそすべてという現代の教育が間違っているとは言わないが、経験知も重要な発展の動力となっている技術を少なくとも大学課程だけでも教育カリキュラムに入れる必要を感じている。今、経験知をふんだんにフィーチャーした技術本を書いている。
経験知の難しいところは、科学的ではない、という点と、ぼーっとしていてはそれを身に着けることができない点である。科学で未解明な現象ならば、試行錯誤の繰り返しでそれを確認しながら経験知を蓄積することになるが、今の時代ならば、科学で既知の現象理解ができない場合には、科学的論理との類似性から導かれる想像で経験知を見つけ出す努力を要求される。
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稀勢の里(32)がついに現役引退を決断した。和製横綱の引退ゆえかどうか知らないが、昨日朝突然臨時ニュースが流れたのでびっくりした。昨日は地元・茨城県牛久市の「稀勢の里郷土後援会」がバス2台の応援ツアーを実施、95人が両国国技館に駆けつける予定になっていた。
初日からその取り組みを見てきてかわいそうだった。本人の意欲が気力に結びつかず、その結果体がついていっていない。素人が見てももう無理だと思われた初日の取り組みだった。二日目、三日目は涙なくしてみていられない状態で、男の裸に涙する自分がおかしかった。
サラリーマンには定年がある。この定年は、現在の人間の寿命から考慮すると早すぎる、というので75歳定年制が議論されている時代である。32歳で引退は早すぎる。しかしスポーツの世界は厳しく、もっと早い世界としてフィギュアスケートがある。村上嬢は頂点を極める前にさっさと引退し、芸能界で成功している。
稀勢の里のような引退が良いのか、村上嬢のような引退が良いのか、他人がどうのこうの言えないのが引き際である。大関陥落後も相撲を取り続ける力士が増えてきた。しかし、横綱には、引退しかない。どこか組織社会に似ている。
出世しなければ、65歳まで働きやすいが、若くして管理職以上になって55歳あるいは60歳で役職定年になり、それ以降組織で仕事をするにはそれなりの努力が必要になる(若い人には分からないかもしれないが)。
今派遣社員との賃金格差を埋めるために同一業務同一賃金が叫ばれているが、役職定年後の無役の業務はどのように賃金評価すればよいのか働く立場として考えてしまい、早期退職の道を選んでいる。
大企業の社長になったことが無いのでその役目の人が働くことに対してどのような考え方をしているのか興味があったが、今回のゴーン事件における様々な意見を読んでいると、甘い社長が多いようだ。
中には経営にも技術が必要であり、その対価として考えればまだまだ安い、という意見を読んでこれでは日本の未来は危ないと感じているのは当方だけだろうか。
社長の給与には従業員の血と汗の結晶が詰まっている。中には十分な働きをしているのに賃金が支払われていない従業員も多いのだ。そのような日本の現状を踏まえたうえで、ゴーンの給与を世界水準でみれば、という意見はどこかおかしい。
特に日産の場合には、やめたくなくても辞めさせられた従業員が多いのだ。ゴーンは、過去の称賛を伝説とするために、ニッサンをV字回復させたところでやめるべきだった。経営の数値だけで社長を判断してはいけない。経営の数値は、社長として達成すべき最低限の業務である。
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仕事において成功体験は重要である。どのような仕事にも成功と失敗がある。以前紹介したドラッカー少年の仕事でも早朝のごみ箱探索は一つの成功体験だろう。
成功体験を一つでも経験すると仕事に対する見方が変わる。逆に失敗ばかり続けると仕事にやる気はなくなるかもしれない。
組織の仕事においてどのような上司でも怖い存在と思ってはいけない。もしおかしな指示をするような上司がおれば、十分納得がゆくまで上司と打ち合わせるべきである。これも経験として重要である。退職の覚悟をいつもしておれば怖い存在は無くなる。
上司を怖い存在と思ってしまうと、パワハラという事態が生じる。第三者から見るとパワハラでもパワハラになっていない状態もある。今は第三者から見てパワハラと判定されると何でもパワハラとなってしまうが。
昔上司が役員報告をしているときにその横で聞いていたら、ある役員が「女学生より甘い」と当方の上司を一喝した。その後厳しい説教が続いたのだが、この一言は今ならばパワハラだけでなく差別用語ともいわれそうだ。
上司に申し訳ないが、その時この役員の古びた表現に吹き出しそうだったことを記憶している。事前に当方はこの考察は言わない方がいいのでは、と上司に告げていたが、上司がそれを言ってしまったのだ。
上司は、報告を誠実真摯に行う成功体験を持っていた、誠実が看板のような人物だった。ただ、報告する相手の性格を考えないといけない場合もある。相手の顔を見て仕事をせよというのではない。事業を中心に考えている人の中には、事業の成功と無関係な報告を嫌う人がいる。技術畑でこのような役員の存在は困るが、役員を選べる立場ではない。
このような場合に雷が落ちたなら、まず謝っておいた方が良い時がある。事業との関係をきちんと報告できないから謝るのである。仮に論理が正しくても相手が希望していない答えであると相手にそれがうまく伝わらないという点はコミュニケーションの難しさである。
日々の些細な報告業務でも成功体験を正しく積み重ねないといけない。誠実真摯に報告することは大切だが、その内容が相手の気分を損ねる場合には、日または報告場所(例えば酒の席)をあらためるなりしないといけない。
誠実真摯に行動し、叱責を買うとモラールに一番響く。当方の場合は、サービス残業など一切する気が無くなった。高純度SiCの仕事を担当していた時に、やはり全く仕事をする意欲が無くなったので、定時退社をしている。そして気分を入れ替えるために結婚し、結婚休暇を一か月ほど取得してモラールを戻す努力をしている。
その後、私生活とシンクロするようにJVの契約がまとまり、ゆるやかに事業が立ち上がっていった。もし、当方のモラールが下がらなければ、もう少し早くJVをスタートできたかもしれない。やりがい詐欺と異なるケースだが本田先生はこれをどのように表現するのか?また、これはワーク・ライフシンクロになっている。
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