科学がいつ誕生したのかは、マッハ力学史その他で述べられているが、ニュートンは科学誕生直前の学者という位置づけである。その同じ時代にバッハが生きている。当方はこのコロナ禍でわけあって音楽について勉強しなおしている。
小中学校時代にそれなりにクラシックについて学んだはずだが、特にクラシックに興味があったわけではないので、テストが終わったとたんに頭からそれらの情報が揮発した。このとき知識になっておれば、今勉強しなおす手間はかからなかったはずだが、改めて音楽を聴きなおしている。
これまで関心のなかったクラシックであるが、「ツアラストラはかく語りき」は、改めて聴いてみると、本当に語りかけられているような気分になるので不思議である。学生時代にクラシック好きの同級生から勧められて大学生協で買ったのだが、当時1-2度聞いただけでこの年になるまで購入したことも忘れていた。
学生時代からブルースやジャズばかり聞いてきたので、新鮮な気分を味わうことができた。このレコードについて、クラシックが趣味の人たち特有の蘊蓄は語れないが、この感動だけは何とか伝えたいと思った。その結果本日の表題となった。
ベートーベンの「運命」は出だしがすべてを要約したような交響曲だが、この「ツアラストラーー」も同じである。レコードに針を乗せたとたんに哲学が始まる。科学という哲学の不満点がたたき出されてくるイメージである。
ニュートン力学の体系も立派な形式知として高校で学ぶが、ニュートンの思考実験は科学ではないとマッハは語っている。素粒子物理学ではアインシュタインの形式知が展開されるが、大学でその事情を教えられることはなかった。自分で学ばなければいけない難儀な作業となった。
少しかじって、ニュートンとアインシュタインとは現象を眺めるときの物差しが違っていただけであることが見えてきた。このように書くと物理学の専門家に叱られるかもしれないが、厳密な体系に見える物理学も化学同様に怪しい世界がある。
素粒子論の詳細などおよそ理解しようとは思わないが、ニュートン力学とアインシュタインの相対性理論とのつながりは科学的に説明がつくのだろうか。素粒子論を科学的に展開してきた結果、新たな尺度で物理学の体系を再度構築しなければいけない状況になったらおもしろい。
ニュートン力学と相対性理論との関係が物差しの違いとして考え出されたのなら、素粒子の素が明らかにされそうな時代に新しい理論がうまれそうな気がする。
宇宙だってビッグバンが最初と考えなければいけないのは科学の視点からである。すべてが爆発した状態から始まっていてもおかしくない。「ツアラストラーーー」を聴きながら、くだらない妄想が膨らんできた。
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以前この欄でバッハが平均律を発明した話を紹介している。今クラシック音楽と言えばこのバッハから始まる一連の体系らしきものが存在する音楽である。どのような体系かは音楽の専門家ではないので書かないが、他方でビートルズなどで代表される現代音楽というものが存在する。
面白いのは、バッハの時代に5線譜やその他の音楽記号の原型ができており、楽器でそれを演奏するときに作曲された当時のままの再現ができそうにみえるが、それができないので指揮者が重要な役割を担うことになる。同じ曲でも指揮者により解釈が異なってくるので「誰それの指揮が優れている」といった評論が音楽雑誌を彩ることになる。
クラシックの形式知はそれゆえ科学ほど厳密ではないと思われるが、楽譜を読み取り指揮者と細やかな議論を進めるクラシック音楽の演奏家の世界は、ジャズやロックの演奏家の自由な表現スタイルとは大きく異なる。音楽の形式知を一通り理解していなければ、クラシック音楽の演奏家にはなれない。
クラシックの世界の演奏家がジャズやロックの世界で一流になるのは容易だが、ジャズやロックの世界からクラシックの世界に異動するのはかなりの努力が必要と思われる。
小中学校の音楽のテストは毎回頑張っていたので、当方も楽譜を読むことができる。ところが学生時代に著名なジャズの演奏家と話す機会があり、びっくりしたのは楽譜を読めなくてもジャズの演奏家になれると言われたことである。冗談かと思ったら、その日の演奏の楽譜には五線譜は無く、ただコードと簡単なメモだけが書かれていた。
それを見たときに明らかにジャズの世界とクラシックの世界の違いに気づくとともに、クラシックの世界が科学に近く、ジャズやロックは職人ではなく技術の世界に近いと感じた。
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人類の歴史に較べれば人工高分子の歴史は大変短い。その短い期間の間に起きている環境問題である。高分子以外のセラミックスや金属の方が人工材料としての歴史が長いのに高分子だけが大問題になっているような雰囲気だ。
これをゴミ問題として捉えたときに、実は金属材料も社会問題として騒がれた時代がある。空き缶が街にあふれだした高度経済成長の時である。当時空き缶は鉄でできていたが、空き缶を回収リサイクルするならば、高価なアルミ缶でも経済性の障壁が下がる、ということでアルミ缶が登場している。
すなわち、金属アルミニウムは鉱物の電気分解から製造されるので、材料価格の大半は電気代である。ゆえにリサイクルするとこの電気代に相当する価格が無くなるので鉄缶とほぼ同じ価格かあるいは軽量な分だけ安くなる。すなわちアルミ缶はリサイクルすればするほど鉄缶よりも価格的に有利になるので急速に普及したのである。
同様の視点で、電子機器のマグネシウム外装も普及した経緯があり、大局的にみると人工高分子についてリサイクルの視点が欠けていたために問題が発生している、と見ることもできる。これはプラスチック材料の大半がアルミニウムやマグネシウムよりも安かったためにリサイクルよりも廃棄が進んだからである。
30年ほど前からプラスチックスの環境問題が騒がれはじめ生分解性プラスチックスが注目されている。また、LCAの観点から天然高分子も注目されているが、材料の歴史から考察すると、プラスチックの環境問題はリサイクルの視点でまず考えるべき問題のように思われる。すなわち、3Rの視点でまず技術開発を進める必要がある。
(注)天然高分子=環境問題の解決とならない理由は、古代の遺物に天然高分子がそのまま残っている点に着眼すると理解できる。例えばミイラの布地は天然高分子である。またアイスマンの身に着けていた皮革も朽ちず残っていた。高分子に限らず、人工物を何も考えずポイ捨てすれば環境問題につながる、という意識で生活すべき時代だと思う。
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電気自動車が自動車の未来の姿として本命視されている。しかし、電池の充電時間の長さは内燃機関と比較したときに解決されなければならない問題である。これに対して電池交換式のシステムが中国で稼働し始めた。
燃料電池車は、水素を充填すればよいのでガソリンと同様の短時間補給となる。しかし重い水素ボンベという問題がある。一方燃料電池よりもエネルギー変換効率は悪くなるが、水素をエネルギーとして用いた内燃機関というアイデアも古くから検討されてきた。
恐らく自動車メーカーでは未来の自動車像を描くのに苦労しているのではないか。例えば、トヨタはハイブリッド車以外に燃料電池車や電気自動車を品ぞろえしている。さらにマツダと提携しロータリーエンジンの検討もしている。
ロータリーエンジンは、20世紀にレシプロエンジンよりも水素を燃料とした場合に燃費が良い点が話題となっていた。ゆえにロータリエンジンを発電機に用いる日産自動車のeパワー式アイデアも注目されている。
未来の自動車は、モーターを動力とする車が主流になる可能性が高い。その結果エンジン組み立てという高い参入障壁が無くなるので、自動車メーカーは大変である。100年後には自動車メーカーランキングが今と全く異なったものになっている可能性を否定できない。
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「組織で働く」とは、いかに他のメンバーに対して気配りするのか、と同義だとサラリーマンを経験して学んだ。管理者が優秀であれば、メンバーはそのような気配り能力が無くても組織はうまく機能してゆく。
マネージメントとはそのために考え出された技術である。マネージメントを人間にあらかじめ備わっている能力だと誤解している人がいるが、これは学ばなければ身につかないし、組織で働く経験、すなわち実戦を経験しなければ理解できない部分もある。
高分子のコンパウンディングは、添加剤に対して気配りなどしない高分子を如何にマネージメントしたらよいのか、と考えるとうまくゆく場合が多い。必ずうまくゆくとまで言い切らないのは、当方の経験知だからである。
ところが混練の教科書にはこのようなことが書かれていない。物質を分散するためにどのようなスクリュー設計が、あるいは混練条件があるのか、などといった説明になっている。
だから、同じような混練条件で添加剤を分散していても、あるお客さんでは品質問題が起きているのに、他のお客さんでは起きていない、という一見不思議なことが市場で発生する。
あるいは、ある高分子では問題が起きていなかったが、他の高分子では問題が発生した、とか、従来のロットでは問題が無かったが、新しいロットで問題が発生した、といったことまで起きる。
これらは、高分子に気配りすれば、納得がゆく場合が多い。高分子にしてみれば、添加剤は異物である。できれば仲間と肌を合わせていたいのに、奇妙な物質を機械で押しつけられても排除したくなる。
添加剤の中には高分子とくっついていると気持ちの良いものもあるかもしれないが、大抵の高分子は仲間とくっついていたほうが気持ちが安定する。その結果、混練機から押し出された高分子は添加剤を排除したいと思いながら冷えてゆく。
冷えてゆくときにハイな気分の高分子から気力のない高分子まで様々な気分の集合体へとコンパウンドは変化してゆく。ガラス転移以下となっても体の一部が興奮してどうしようもない高分子がいるので部分自由体積なる空間ができる。
人間でさえどんなに寄り添おうとしても完全な理解はできないように、高分子についても完全にその気持ちを理解できるわけではない。しかし、「高分子を加工する」ではなく「加工される高分子」を見つめることでカオス混合装置を発明している。
科学的ではないが、それでも大手一流コンパウンドメーカーのコンパウンドよりも性能のとびぬけたコンパウンド開発に成功している。品質問題に悩まれている技術者は、もう少し謙虚になって高分子の気持ちを考えてみてはいかが。
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高分子を高機能化したいときに機能向上のための添加剤を添加する必要がある。そのとき多くは混練プロセスが利用されるが、高分子の立場に立って技術者がプロセス設計できるかどうかが問題である。
例えば二軸混練機で混練するときのスクリュー設計について考え方がいろいろあることを御存じない技術者がいる。二軸混練機の老舗の一つコペリオンと日本を代表する混練機メーカーのKOBELCOでは、同様の効果が得られるとされているスクリューセグメントの形状が大きく異なる。
形状は異なるが、確かに同様の効果が得られることを確認している。面白いのはコペリオン社のスクリューセグメントでは、トルクがあまり高くならないのだ。
これをどのように考えたらよいのか。コペリオン社はその特徴からローターよりも優れている、と説明しているが、結果だけを見ていると正しいように見えるが、いつもこのような結果が得られるわけではなく、配合系が変わるとトルクが上がっても練りが良く進むローターの方が扱いやすい場合がある。
これは二軸混練機の難しさであるが、高分子の立場に立ってみれば、スクリューは混練で発生している剪断流動と伸長流動にエネルギーを伝える機能に過ぎない。スクリューで添加剤を分散している、と錯覚してはいけない。
確かに無機微粒子などはスクリューの剪断力により解砕が進行するのでスクリューで分散していると思いたくなるが、高分子が濡れたくないような無機微粒子では分散が進みにくい。すなわち、ある配合系で分散がうまくいったスクリューセグメントで異なる配合系を混練したらうまくゆかなかったケースとはこのような場合だ。
落ち着いて高分子の気持ちを考えてやると、濡れたくない無機微粒子の存在や、濡れたくても自分の都合で濡れにくい現象を理解することができる。
委託混練を行っている中小企業の社長に頼んでPPS/6ナイロン/カーボンの配合系を混練してもらったときに、PPSはカーボンの噛みこみが悪い樹脂だから6ナイロンを添加しているのか、と聞かれた。
当方は初めて担当したので理由は不明だと答えたが、カーボンが逆流して軸の隙間からこぼれてきたのを見て、この社長は6ナイロンが入っていても嚙み込みが悪いのか、とぶつぶつ言っていた。
この社長はPPSの混練は慣れている、と言っていたが、その慣れている社長がこの有様である。もちろん誰でも失敗はあるが、失敗の原因はPPSという樹脂の気持ちを理解していなかっただけだ。
PPSは、その気持ちに合わせて混練条件をうまく選定してやるとカーボンとはよく濡れる。当方が3か月で立ち上げた混練ラインではカーボンが逆流するような現象は発生していない。
これは高分子の相手が無機微粒子の場合だが、相手が低分子の場合には、混練条件でブリードアウトの傾向が変化することも高分子の気持ちになって想像してほしい。
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転職してびっくりしたことは多い。企業によりその風土の異なることは覚悟していたが、研究開発部門でありながら「企画をやりたい」と申し出る人が多かったことである。ゴム会社で受けた研修では、日々の仕事に革新の意欲をもって取り組んでほしい、と教えられた。
「かくしん」には「確信」もあるので聞き間違いだろう、と言われると困る。話の前後から、また研修内容から「革新」すなわちイノベーションであることは間違いない。当時イノベーションと言う横文字は今ほど使われていなかった。
そもそも、研究開発部門では、毎日の仕事にイノベーションの要素が必要なだけでなく、一つ実験を行う時にもそこには企画の要素が入ってくる。
そこが理解できておれば、企画部門に異動したい、などという不満が多くの人からでてこないはずだ。ところがいろいろ話を聞いてみると、日々の仕事は混ぜて塗っての繰り返し、と言うのである。大学院まで出てきた高学歴の社員が作業者のような感覚で仕事に取り組んでいたのだ。
確かに塗布技術において処方開発では、混ぜて塗っての繰り返し業務が増えるのは仕方がない。しかし、配合設計には、日々イノベーションが求められていることを理解していない。
そもそも配合設計という技術分野があることを転職した部門では、あまり意識されていなかった。タグチメソッドのブームの始まりの時期であり、イノベーションを起こすには転職者として良いタイミングだった。
ゴム会社で3か月防振ゴムの開発に取り組んだが、そこではダッシュポットとバネのモデルによるシミュレーション結果と配合設計技術とのつながりの悪さをつなげる工夫が必要だった。
すなわち科学的に研究開発を進めなければいけない環境において、技術開発をどのようにしてその香りにするのか、日々イノベーションが求められた。
今では素直に科学と技術では実験のやり方が、また現象の捉え方が異なる、と指導できる。しかし、20世紀の科学の時代には、猫も杓子も「科学、科学」と叫んでいた。大切なのは社会にイノベーションを起こしうる技術開発なのだ。科学は一つの哲学に過ぎない。
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実験計画法やタグチメソッドで用いるラテン方格は、試行錯誤を統計的に効率よく実施できるようになるので便利なツールである。当方は、高純度SiC前駆体の合成方法の開発や、電気粘性流体、SiC基切削チップの開発でラテン方格を用いた試行錯誤により、成果を出している。
試行錯誤というと科学的ではないという理由で軽蔑される人がいるが、科学的に業務を進めていては天文学的工数が必要となる仕事でも短期間に成果を出すことができる、侮れない方法である。
但し、そのためには少し頭を使う必要がある。頭の使い方として、ラテン方格はその一つである。ほかにもヘディングを含め頭を使う方法があるので、機会があればこの欄で紹介したいが、ラテン方格は、説明しやすく、また多くの人に納得いただけるツールである。
ここで、「多くの人」としたのは、世の中には「科学こそ命」と、科学的方法以外を排除する人がおられるので、少し気を遣った表現である。
ラテン方格の使い方は簡単であるが、試行錯誤でありながら実験の「計画」を立てる必要があるので少し面倒である。しかし、少しの手間暇かけただけの効果はある。
例えば、SiC基切削チップの開発では、開発成果を用いて旋盤で鋳鉄を削ることに成功している。昔日本化学会で発表しているが、ほとんど注目されていないので、発表する場を間違えたと思っている。
SiCチップで鋳鉄を削れないことをそもそもご存じない方が多い、鉄とシリコンの化学反応が起きてあっという間にチップが摩耗し、その表面は独特の形状になる。昔、東京工業技術試験場の先生にご指導されながら、切削チップの評価を行ったが、SiCでは、鉄系の鋼材をほとんど削れなかった。
しかし、試行錯誤で見出したSiC基多成分セラミックスアロイ切削チップでは、面白いように鉄系の鋼材を削ることが可能だった。当時は、高純度SiCを用いていたが、その辺の研磨剤クラスのSiCでも製造可能な切削チップなのでコストの安いセラミックスチップを提供可能である。
残念ながらこのテーマは、切削チップの事業を認められなかったので、試作までで終わっている。ご興味のあるかたは問い合わせていただきたいが、試行錯誤でもびっくりするような成果を出せる一例である。
この時、SiCに組み合わせるカーバイド系化合物をラテン方格に割り当てて組成を決定している。セラミックスの配合を決めるときに相図を使用するのが常識であるが、相図が不明な場合の科学的方法では時間がかかるので躊躇なくラテン方格を持ち出している。
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昨日のあさイチで廃プラ問題を扱っていた。日本人一人当たり年間30kg以上のプラごみを廃棄しているらしい。このプラごみは、海洋投棄されると50年以上たっても分解されず、そのまま海をさまよっているとのこと。
さて、そこでプラごみを少なくする生活とは、ということで、各国の取り組みなどが紹介されたが、全体の印象として当方の小学生(低学年)の経験と重なることが多いのにびっくりした。
昔、豆腐や生魚などは近所の豆腐屋なり魚屋へ鍋を持って買いに行った思い出がある。あるいは、近所の八百屋は、古新聞で作成した袋を持ってゆくと、10枚1円で購入してくれた。アンパン1個15円の時代であり、50枚袋を持ってゆけば、アンパンが10円で購入できることになる。10円は当時の子供の1日の平均的お小遣いの額だった。
古新聞半ページで袋を一つ作成する作業は子供でも簡単にできる作業であり、少し頑張れば、100枚ぐらいは1時間もあればできてしまった。包装容器にプラスチックなど高価なものは使われていなかった。名古屋市立科学館では射出成型機が見世物になっていた時代である。
振り返れば、当方の子供時代はプラ容器とは無縁の時代を過ごしていた。醤油や食酢などは一升瓶を持っていって購入する量り売りだった。また、洗剤の類は皆固形だった。容器は紙かブリキ、陶器、ガラスなどで作られていた。
さらに夏になれば殺虫剤が町内で配布されたが、それは町内会長のお宅へ何か空瓶を持って行って詰めてもらっていた記憶がある。それをブリキ製の噴霧器に水で希釈して入れて庭に噴霧していた。
サプライチェーンもこの時代は町内会が機能しており、容器が無ければ町内の誰かが適当な余った容器を使いまわすといった生活だった。環境問題とりわけプラごみ問題は昭和時代を振り返ると面白いアイデアが出てくるかもしれない。温故知新戦略で環境問題を解決できる!
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コロナ禍でマスクをつけるのが常識となり、新しいマスクの提案や、マスクの機能比較、さらには富岳によるシミュレーションなどマスクに関する話題が多い。
ここで日ごろ疑問に思っているポリウレタン製マスクは60%程度の飛沫を通過するだの、防御性能がマスクの中で一番低いなどという富岳のシミュレーション結果を基にしたコメントが多い。
あの富岳のシミュレーションがどのように行われたのか存じ上げないが、昔ディーゼルエンジンの煤を取り除く触媒開発を少し手伝った経験からシミュレーション結果に驚いている。
その時には、マスクに使われているポリウレタン発泡体よりも大きな開孔サイズでありながら100%近くナノオーダーの煤を取り除くというシミュレーション結果が出ている。そして実際に実証データも示されていたのでシミュレーション結果が正しいことが確認され開発が進められた。
この技術はトラップレストラップと名ずけられ、圧力損失の少ない触媒システムだった。富岳のシミュレーションに疑問を持ったのはこの時の経験知からである。科学的シミュレーションとNHKなどでも紹介されたが、実証データを未だに見たことが無い。
ポリウレタンマスクは他の一般的マスクに比較してカラフルであり、ファッション性が高い。また装着感も悪くない。ウィルスを取り除くためには、開孔率を下げなければだめだ、とか開孔面積を小さくするとかいろいろ書かれているが、これに従うと通気性が高く快適でありながらウィルスを透過しないマスクを開発できないことになる。
最近東工大名誉教授が発明した、と宣伝しているナノファイバーマスクは、装着してみると快適である。これで99.9%以上の微粒子をトラップするという。
富岳のシミュレーション結果ではポリウレタン発泡体マスクの性能が悪い結果であったが、実はポリウレタン発泡体製でも正しい実験を行えば富岳のシミュレーション結果よりも良い値が出るのではないか、と思っている。世の中には科学的なようで科学的ではない情報が溢れている。
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