カレーライスが正しいのかライスカレーが正しいのか知らないがカレーうどんという商品があるのでカレーライスが日本語としてしっくりくる。土曜日の夕食としてカレーライスを作り始めてから10年近くなる。
この10年で安定した品質でできたカレーは、エバラのカレールーと黒毛和牛との組み合わせの時だけだ。ルーの値段もさることながら肉の値段も高く、材料費だけで一人前1000円前後かかる。この材料費については家族に秘密にしている。
さすがにこれだけの材料費をかけると、失敗しないように慎重になりその作るプロセスはマニュアル通りとなる。これはあまり面白くない料理だが、これだけの材料費をカレーライスにかけてまずかったら大変である。
ちなみに材料費が最もかからないのはチキンカレーでタマネギやニンジン、ジャガイモの調達を工夫し、バーモントカレーを特売日に購入すれば一人前100円という低価格となる。
面白いのは10倍の開きがあってもまずいカレーライスをまだ一度作ったことがない。仮にその製造プロセスにミスがあったとしても市販の中辛以上のルーを使う限り、お子様カレー程度の味以上のカレーライスとなる。味に対する香辛料の機能性は凄い、と感心している。
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先日日曜日の21時にAI将棋についてNHKで放送していた。途中から見たのだが、TVの電源をONにした瞬間に羽生氏が「人間が思いつかなかった手をAIは考え出す」と語っていたところが妙に引っかかった。一方、将棋のプロ棋士に勝つAIを開発した担当者は、羽生氏の言葉に答えてAIどおしで勝負をさせてAIの力を鍛えたという。
しかし、所詮之は将棋の世界の話だ。ルールと将棋盤の制約を設けての思考法である。AIを甘く見るわけではないが、人間の無限の可能性を生かしたとんでもない発想をAIが将来できるようになるとは思えない。
例えば、人間のとんでもない発想の一つに、勘違いやミスから生まれるアイデアがある。これをAIが学習することができるというならば、当方はAIに負けてしまうが、人間の行う勘違いやミスには時として大発明を生み出す力がある。
また、完璧なロジックで進めてうまくいかないときがある。このような場合にAIは否定証明を行い、おそらくできません、というだろう。しかし、科学に基づく完璧なロジックの成果とは異なる成果で自分の目標を達成する思考方法も存在する。このような場合にはAIも歯が立たないのではないか。
さらに都知事の言葉で流行語になりそうなアウフヘーベンする思考法もAIと人間では得られる結果が異なってくる可能性がある。例えば、他の組織との根回しで行う方法などAIがうまくゆく方法を思いつくとは思えない。
ゴム会社と写真会社における30数年の開発経験を会社を起業してからまとめてきた。一部はこの活動報告で公開しているが、科学のプロセスに疑問を持ちながら開発してきた経験から、AIに負けない人間性あふれた思考法の可能性が存在する、と考えている。哲学者でなくても人間らしさを考えなくてはいけない時代だ。
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14歳の将棋士が新記録を樹立した。一方でAI将棋が話題になっている。将棋には多数の定石があり、まずそれを記憶し、詰め将棋で実力を磨くことから始める、と子供の頃に教えられた。学校の勉強も九九を暗記する記憶から始まった。
遊ぶために勉強と同じようなプロセスを踏む将棋を楽しいと思ったことが無いので藤井少年は凄いと思う。科学者と技術者の関係も似たところがあるように思う。技術者という職業は科学者と少し異なり、知識を詰め込む必要はない。遊び感覚で楽しく技術開発を行った方がよい結果が出たりする。
その分野の科学的知識のまったくない担当者が面白い技術を発明した現場に遭遇した体験をゴム会社でしている。この体験は衝撃的だった。本当にド素人でもKKDで技術開発ができるのだ。一方でその分野では著名な大学で学んだ理学博士がまったく技術開発ができない状況に驚かない。このような状況を複数の事例で見てきたが、これまでその原因に納得している。
科学的な理論が正しいのか間違っているのか、それを確認するのは、当方の仕事ではないし、社会的にその役割が与えられているわけでもない。ただそれでもこの活動報告でいろいろ書いているのは、このように科学の専門家(注)の問題が実務に大きな影響を与えているからだ。
実務で議論するときに、ビジネスプロセスでロジカルシンキングは常識である。技術の現場では、科学で記述された事柄について常識としてそのように議論が進められる。そして、隘路にはまったときにせっかく良いアイデアが出てきてもそれをつぶすのは科学の否定証明である。
アイデアをうまく出せない、と悩んでいる人の原因の一つに子供の頃から学んだ科学の制約があると考えている。科学は単なる哲学の一つに過ぎないのにそれが技術開発の全てであるように脅迫的に迫る上司もいたりした。
なかなかアイデアが出ないと言う人でも、空想を語らせると楽しそうに話す。しかし、その空想をアイデアへ展開する方法を学校で教えていない。隘路にはまったら、最初に「考える」ことは「科学を忘れる」ことである。忘れることができないなら、科学の制約を外し解決策を考える努力をする。
高靱性ゼラチンを実現した、ゾルをミセルに用いたラテックス重合技術はこのプロセスで生まれている。そして技術ができあがってから、改めて現象の解析を科学的に行い、なぜゾルがミセルのようにふるまったのか簡単に解析を行うことができ、科学の方法で技術をまとめることができた。この技術は写真学会からゼラチン賞を受賞している。
もし、科学の方法でいつまでもコアーシェルラテックスを開発していたなら、科学の視点で張り巡らされたライバルの特許網に抵触しない技術を開発出来なかっただけでなく、世界初のゾルをミセルに用いたラテックス重合技術も生まれなかった。
優秀な科学者と、問題解決では科学的に進める方法とヒューマンプロセスをうまく組み合わせて使う凄腕の技術者との関係は、将棋の棋士とAIの関係とは異なる。AIの問題解決法では大量の教師データとロジックで人間の思いつかない解決策を見出すが、凄腕の技術者は心眼により人間でなければ思いつけない(あいまいさ、いい加減さ、荒っぽさ、大胆な論理の飛躍などAIには無理)アイデアで解決策を見つける。
(注)当方は一応工学博士の学位を取得しているが、科学の専門家として仕事をしていない。また時間があれば学会に出かけるが、科学を学ぶためではなく、若い科学者を指導するためである。最近はアカデミアでも企業に近いテーマを扱うようになり、科学を知らない大学院生も多くなった。ポスターセッションなどでびっくりするような論理の飛躍をする若者もいる。技術者ならばそれでよいが、科学者は緻密で正確な論理が命のはずだ。アカデミアで学ぶ間は科学者であるべきだ。学位取得の際には科学者に徹したし、ゴム会社にいたときお世話になった国立T大では放任主義だったが、写真会社に転職した事情で新たに審査をお願いした中部大学では、明確にそのように求められ今読んでみても恥ずかしくない学位論文に仕上がった。
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この中間転写ベルトの研究開発は、数年にわたりステージゲート法と類似手法で、研究開発の各段階をチェックしながら進められてきた(注)。ゆえに押出成形技術はコンパウンドメーカーが言っていたような欠陥技術ではなく、コンパウンドの問題を吸収できるほどの技術まで進んでいた。
実際に、コンパウンドのカーボン分散状態と押し出されたベルトのカーボン分散状態では、大きく異なっていた。またベルトの各位置のカーボンの分散状態も異なっており、これを押し出し成形である程度調整できるようになっていた。この調整技術がもう少しで完成する、というシナリオで当方に業務が引き継がれたのだが、これは、押出成形技術としてやりすぎである。さらに、ゴールが近くに見えていても、そこには底なしの谷が存在するような状態である。
昔、ゴム会社に入社したときの工場実習で現場の職長から伝承していただいた押出成形技術は、大変理にかなった考え方だった。すなわち、押出成形プロセスでは、賦形だけに徹して高分子の高次構造はコンパウンド段階で完成させておくのが鉄則という考え方である。
この職長は、押出成形を10数年担当していたという。10数年悪戦苦闘した結果たどり着いたのがこの考え方だそうだ。彼の言葉で表現すると、「押出成形プロセスは、いってこい」の世界だそうだ。
ダメなコンパウンドを押し出すと、ダメな成形体しかできないという。しかし、カメラメーカーでは、ダメなコンパウンドを用いても押し出して良好な成形体を作ろうとする努力をしていた。
このような姿勢だったからコンパウンドメーカーの技術者はあぐらをかいてコンパウンディングの問題を解決しようとしていなかった。当方がこの仕事を担当したとき、コンパウンドメーカーの技術者に言われたようにド素人だった。ド素人ではあったが、ゴム会社の職長から伝承された技に関する知識を持っていた。
はじめて中間転写ベルトを担当したときにあいさつ代わりに日本の一流コンパウンドメーカーの工場を見学したが、ゴム会社のそれと比較して赤ん坊のような状態だった。日本の樹脂メーカーはゴム会社の高度なコンパウンド技術を知らないように思われた。
樹脂のコンパウンディングについてはド素人だったが、ゴムのコンパウンディングについては、天才肌の指導社員のもとで3ケ月過重労働で鍛えた技を持っていた。まさに赤子の手をひねるがごとく、コンパウンド工場を素人3人で、しかも中古機械を集めてたったの3ケ月で立ち上げた。
そこで生産されたコンパウンドは、日本の一流コンパウンドメーカーで到達できなかったレベルだった。技術開発は長時間かかる分野もあれば、瞬間芸の如くできてしまう分野もある。科学で未解明でもその周辺の技術が確立されていれば、アジャイル開発が適している。
(注)開発段階のチェック時にコンパウンディング部分はブラックボックスとして扱われていた。すなわち一流コンパウンディングメーカーに絶大なる信頼を置いていたのだ。
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カラー電子写真に中間転写ベルトと呼ばれる10の9乗から10の11乗Ωcmの範囲の半導体部品がある。紙に情報を転写する前にYMCK4色の画像を一度このベルト上に書き込む。ゆえにこのベルトの面内の抵抗値がばらつくとこの情報が正確に紙に転写されなくなる。
均一な半導体ベルトを製造するために、溶媒に溶かしたPI樹脂にカーボンを分散し、キャスト製膜してベルトに仕上げる。これを押出成形で製造しようとするとカーボンの分散状態を制御できず、その結果ベルトの面内抵抗値のばらつきとなって現れる。
押出成形に用いるコンパウンドの段階で、カーボンの分散がどの程度安定化されているかが重要となる。すなわちコンパウンド段階でカーボンが不均一に分散していると成形金型内でカーボンの分散が進み、その結果金型内で分散状態が変化して抵抗のばらつきとなる。
写真会社とカメラ会社が統合されたときにPPS/ナイロン/カーボンの処方のコンパウンドを外部から購入しこのベルトを生産するための押出成形技術の開発が行われていた。
コンパウンドメーカーはカメラ会社の押出技術が未熟だから成形がうまくゆかない、という考え方であった。押出成形という技術をよく知らないコンパウンドメーカーを選ぶとこのような困った問題になるが、このコンパウンドメーカーは一応日本を代表する一流会社だった。
コンパウンドの段階でカーボンの分散状態を安定化してほしい、とお願いしても安定化という抽象的言葉のため聞き入れてもらえない。挙げ句の果ては、素人は黙っとれと言われる始末。
そこまで言われたので、子会社の敷地の隅にコンパウンド工場を建てて自分でコンパウンドの開発を行ったのだが、この時開発時間など無かったので科学的プロセスを採用しなかった。いきなり抵抗の安定したベルトを100%近い収率で得られるコンパウンドを製造できる技術を開発できる、「アジャイル開発」プロセスで進めた。
半年間でコンパウンドの量産プロセス以外に、「カーボンの分散状態が安定化できている」ことを調べる品質評価法や「ベルトの抵抗値をコンパウンド段階で測定」できる品質評価法を開発している。しかも当方含め3人でこのコンパウンド生産工場の仕事を仕上げている。
ただし学会発表できるようなデータは何も無い。データとして存在するのは品質評価法がベルト品質と対応しているかどうかを調べたデータだけである。日本を代表する一流メーカーで実現出来なかった技術を素人集団で創りあげている。
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科学的な問題解決プロセスは、小学校から学んできた方法である。20世紀の技術開発ではこのプロセスが推奨されたが、科学誕生以前の人類は非科学的プロセスで技術の改良に努めていたはずだ。だから、科学的方法以外の技術開発プロセスが現代でも採用されてもおかしくない。
ゴム会社の新入社員発表会において故S専務から、タイヤという商品は科学的なプロセスだけで開発できない、と教えられた体験をこの欄で書いている。この後、科学一色の風土の研究所に配属されたが、運よく優秀な技術者に科学と非科学の両者の方法を3ケ月指導された。
そのおかげで、社会に出て一年もたたないうちに学生気分は抜け、科学というものに疑問を持ち始めた。そして、哲学者ではない当方は、担当した仕事の中で試行錯誤を行いながら技術開発の方法について思索を深めていった。
個性的な指導社員との刺激的な3ケ月が過ぎ、ポリウレタン発泡体の難燃化技術開発を担当することになった。このテーマでは、ホスファゼン変性軟質ポリウレタンフォームやホウ酸エステル変性ポリウレタンフォームの成果を学会発表や論文発表をしている。
これは主任研究員が科学を大好きな人だったので外部発表の機会に恵まれたわけだが、この人は科学を中心にしたマネジメントを熱心に行っていたにもかかわらず、課員から科学も技術もよくわかっていない、とうわさされていた。
うわさの原因は、「仮説を立てて仕事をせよ」とか「もう少し科学的な考察をしなさい」とかが日常の口癖だったが、この言葉を聞いた某担当者がある日「例えばどのような仮説になるのでしょうか」と質問をしたところ、「それを考えるのが君の仕事だ」(注)という答えが返ってきた。
それで、「ご本人は科学を理解していないのでは」、とうわさされるようになった。また、日常の会話でも上司の仕事に対する理解不足が伺われるシーンがよくあり、現場は科学的問題解決プロセスを目指していた上司を無視して仕事が行われている状態だった。
このような状態だったので、アカデミア同様の科学的プロセスに忠実にテーマを推進している人や、QC手法による問題解決に忠実な人、独自の思想に基づくプロセスで器用にテーマをこなしている人など様々な業務プロセスを観察できた。
ところが業務プロセスは様々だったが、月報をまとめるときには論理的な記述になるので上司はそれなりに満足していた。アカデミア色の強い研究所の中で少し異色なグループに属し、科学的プロセスでは問題解決が難しくなる高分子の難燃化技術開発を担当できたのは、改めて科学的プロセスについて考えるために役だった。
(注)指導者のこのような回答は好ましくない。時間をかけてコーチングを行うか、時間が無いのであれば、部下の質問に対して例示する必要がある。会社は学校ではない、と言っていた役員もいたが、OJTで部下を丁寧に指導するのは上司の役目である。知識労働社会では、学校で学んだ知識だけでは不足しているので個人の自己研鑽は必要だ。しかし、今の学校教育では社会で学ぶ方法を教えていない。どのように知識を獲得するのか、という問題は、どのように情報を獲得するのか、と等価ではない。難易度も異なれば個人差も存在する。リーダーが、経験に基づきコーチングによりきめ細かく知識の獲得方法を指導すべき時代だと思う。最近は私大でこのあたりに力を入れる大学も現れたと聞いているが、アカデミアも取り組むべき問題かもしれない。退職して改めて思うのは、学校における勉強法と社会における知識獲得方法は大きく異なる。はっきり言えるのは、学校における勉強法では、技術開発のスピードに知識獲得の作業が遅れると言うことだ。文献を読むにしても、数分で専門外の文献でも「判断」が出せなくてはいけない。これは学校で教えてくれない方法である。
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昨日セルロース液晶の講演を拝聴した。といっても、肝心のセルロース液晶の話は講演最後の15分程度説明があっただけである。おまけに前半は講師のキャリアが語られ、それが15分程度過ぎたときには、時間の無駄と感じた講演である。
しかし、講演を聞き終えてみると面白かった。それは、なぜ演者がセルロース液晶を研究するに至ったかが見えたからだ。そして演者がその新しい発見を今後どのように展開しようとしているのかも見えてきた。
昨日の講演の面白さは、演題よりもその中身であり、自然界の現象から新しい発見ができる人とできない人の差がどこから出てくるのかが説明されたところである。おそらくこれは演者の意図ではなかったかもしれないが、演者のレーザーの専門家としての深い知識と複数の職場環境を経験したことから形成された独自の知識体系で新しい発見をした体験が学生に伝承される様子まで語られていた(注)。
かつてπ型人間になれ、と複数の専門の必要性が叫ばれたりした。しかし、複数の専門性を身に着けるといっても人生という時間は限られている。一方で専門性は無くても面白い発明発見をする人がいる。これまでの人生で出会ったこのような人は、皆複数のキャリアと好奇心を持っていた。その中には好奇心はそれほどではなくても仕事の取り組みが前向きの人もいた。
同じ職場環境にいても仕事が前向きの人であれば、新しい提案や仕事の改善をしようとする。しかし、それは知識の積み重ねで仕事をより便利にしようとする方向にベクトルは向いている。すなわち、専門性の深化と同じである。
そもそも働く上において仕事に対して前向きであることは大前提であり、これだけで独創性のある新しい発見ができるのであれば世の中の進歩はもっと早いだろう。好奇心も同様だが、好奇心だけであれば不道徳の方向へ走ってしまうかもしれない。
昨日の講演で感じた大切な肝は、「知識」と「職場環境の変化」が生み出す独創性の一つの姿である。誰でも職場環境の変化に対して少なからずマイナスイメージを持った経験があるだろう。仮に栄転であっても職場環境の変化にある種の不安はつきものだ。
しかし、この職場環境の変化は、その人の持っている知識体系に少なからぬ変化を与える。すなわちこの変化を受け入れる柔軟性を持っているかどうかが独創性が形成されるかどうかの分かれ道だろう。
高い専門知識を持っている人でも、その話を聞くとつまらない人がいる。また、仕事をやらせれば知識の深さを感じさせる専門性の高い成果は出てくるが、それだけの人がいる。知識社会において専門性を高めたりそれを増やす努力だけではだめである。このような努力を続けてもやがてAIに負けてしまう。人間にできてAIにできない(恐らく飛びながらくそを垂れるカラスにもできない)ことは、柔軟な知識体系の再構築であり、それをキャリアの変化が促進し独創性を生み出すエンジンになるのだ。
やっかいなのは、その努力が自然にできる人が少ない。職場環境の変化や人生の変化、さらには多様性の受容などでその人独自の知識体系を再構築し続ける努力こそこれからの時代に必要である。ただしその努力の方法については残念ながら未だ良い方法が公開されていない。昨日の講演はその方法の一例が提案されていたので面白かった。
(注)大学でこのような先生に指導される学生は幸せである。
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昨日の早朝、雨上がりで水玉の乗った車を拭いていたところ、カラスによる空爆にあった。せっかく拭いたボンネットの上に落とされたのだが、彼は電線の上から申し訳なさそうにこちらを見ていたので腹も立たなかった。
おまけに「おい」と軽く声をかけたら、消え入るような声で「カー」と鳴いた。その声は、まるで謝っているかのようだった。仕方がないのでボンネットだけはシャンプーして拭き上げたのだが、屋根と輝きが異なる。
梅雨時なので昨日は手抜きをするつもりだったが、思い切って洗車をすることになった。ワインレッドの派手な色は汚れが目立つ。独身時代の車も同じ色で洗車ばかりしていたが、それが一因で6年後車を買い換えたときに白を選んだことを思い出した。
カラスのおかげで車は新車の輝きを取り戻した。ふと昨日のカラスの話は、技術者の事例ではなく、マネジメントの事例ではないかと思った。マネジメントとは、ドラッカーによれば「人を成して成果を出させる」ことである。
カラスをマネージャーに例え、クルミを仕事と捉えると、運転手が部下である。敏腕マネージャーならば、部下から仕事が見えていなくてもクルミの実を取り出すことができる。
すなわち部下のスキルに合わせて、クルミの置き場所を変えれば良いのだ。部下とうまくコミュニケーションができれば、クルミの位置を確認させることによりクルミ割の効率があがるだろう。
マネジメントにおいてよくある間違いは、部下に仕事が見えているという誤解である。仕事が順調に進んでいるように見えてもゴールを達成できない状況はこれが原因である。
転職したときに、商品として生産されている技術を3年間改良し続けているテーマAを見つけた。このテーマAは「改良」という仕事に見えたが、実は帯電防止技術開発過程で起きた二律背反の問題についてモグラたたきをやっていたのだ。都知事流に表現すれば、アウフヘーベンして帯電防止技術を完成させるのが本来の仕事である。
すぐに、同一組成を用いてコンセプトだけを変更した新しい帯電防止技術の開発をテーマアップし担当させた。1年後、保護コロイド型ラテックスの帯電防止剤を開発することができ、その結果、テーマAのゴールも実現された。すなわちテーマAを3年間続けていた担当者には、帯電防止技術の完成という本来の仕事が見えていない状態だったのだ。
(注)テーマAでは、イオン導電性ポリマーと架橋剤、ラテックスの3組成の配合量をバランスさせて問題解決する考え方で仕事が進められていたが、イオン導電性ポリマーを保護コロイドに用いてラテックスを合成し、そこへ架橋剤を添加する進め方に変更した。出来上がった薄膜の組成は同じでも、諸物性は大きく異なっていた。高分子ではよくあるケースだ。
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もう20年以上前のことだが、NHKテレビでクルミを割るカラスが紹介されていた。クルミの実をくわえたカラスが、道路にクルミの実を置くとガードレールに留まり、そのまま車が来るのを待っている。
車がカラスの前を通過し、その車に運良くクルミの実がひかれたらカラスはそのクルミの実の様子を見るために道路へ下りる。そして無事クルミが割れて中からでてきた実を食べ終わるとどこかへ飛んでいった。
すると同じカラスかどうか分からないがまたクルミの実をくわえたカラスが現れ同じことをして割れたクルミの実を食べてどこかへ飛んで行く、そのような繰り返しのシーンだった。
説明では道路に落としたクルミが車にひかれて割れるのを観察したカラスがそれを利用すれば硬いクルミの殻を容易に壊すことができると学習し、それを繰り返しているのだという。
すなわち,カラスはくるみ割りの機能をうまく自分の生活環境から取り出し、それを活用していたのだ。カラスは立派な技術者の端くれで、科学の無い時代に人類がどのように技術開発を行ってきたのかを知ることができる。ちなみに猿でも同様の活動をするという番組も過去には報道されている。
自然界から機能を発見し、それを生活で活用するというのは、人間特有の活動ではなく、猿やカラスまでやっているのである。仮に非科学的な偶然の発見であったとしてもそれを利用しない、というのはもったいないことだ。
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ホスファゼン変性軟質ポリウレタンフォームの開発で始末書を書いた体験談をこの欄で紹介している。工場試作に成功したにもかかわらず始末書を書かなければならなかったのが不思議だった。
始末書の問題以外に日々の仕事でも首をかしげたくなる指導があった。このホスファゼン変性技術の開発では、軟質ポリウレタンの試作に成功した喜びよりも、奇妙なOJTのおかげで科学と技術の相違点を少し理解できたことだ。
ホスファゼン変性軟質ポリウレタンフォームの開発では、いきなりモノを作り、その解析を進めるプロセスで、業務を進めている。ゴム会社に軟質ポリウレタンフォームの基盤技術があったのでこのようなプロセスをとれたのだが、最初にモノができたことに対して、「職人のような仕事をやるな」と主任研究員から注意を受けた。
ポリウレタンフォームの反応を考察すれば、ホスファゼンをプレポリマーとして用い、反応型難燃剤として機能させた方が効率がよいと考えたからだった。実際に他の難燃化システムに比較して難燃剤の添加量は少なくて効果が出た。
この効率の良さを数値で示すために、ホスファゼンを反応型だけでなく添加型のサンプルを作成したり、燃焼試験もJIS化が検討され始めたばかりの精度の高いLOIを採用したり、当初の企画に盛り込んでいない実験も行った。ところがこの試みに対して「趣味で仕事をするな」と注意を受けた。
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