ホスファゼン変性軟質ポリウレタンフォームの工場試作は大成功だった。その結果始末書を書いた話はこの欄で紹介している。その時の始末書ではリベンジとしてホウ酸エステル変性フォームを提案している。
この企画アイデアは、ホスファゼン変性軟質ポリウレタンフォームの高い難燃性がどこから由来するのか解析して得られた科学の成果である。この解析結果で、リン酸エステル系難燃剤とホスファゼン系難燃剤の燃焼時の挙動に差異が見つかった。
これは、燃焼試験で得られたサンプルの燃焼面を化学分析して発見された。得られた事実とは、「リン酸エステル系難燃剤を用いたサンプルでは、燃焼後、リン酸ユニットがほとんどその燃焼面に観察されないのに、ホスファゼン系難燃剤を用いた系では、反応型であれ添加型であれリン酸ユニットが燃焼面に添加量に相当する量で残っている」である。
この事実は、さらに「リン酸エステル系難燃剤は、それが添加された高分子の燃焼時に熱分解してオルソリン酸となり揮発している可能性があるのではないか」、という仮説につながっている。この仮説を確認するために、燃焼時に揮発しているガスの分析を行った。
すると、リン酸エステル系難燃剤を用いた系の燃焼時の炎の中にはオルソリン酸が検出されたが、ホスファゼンの系ではそれがまったく検出されなかった、という結果が得られた。
詳細を省略するが、この結果からさらに、「燃焼時にリン酸ユニットを燃焼面に補足する機能を系に備えれば、安価なリン酸エステル系難燃剤を使用してもホスファゼン同様の高い難燃効果が得られる」という仮説を立て、リン酸エステル系難燃剤とホウ酸エステル系化合物との組み合わせシステム(燃焼時に無機高分子を生成するシステム)を考え実験を進めた。
ところが、この仮説で排除された考え方の一つに、ホスファゼンとリン酸エステル系難燃剤を単純に組み合わせて使用するというアイデアがある(詳細は当方のセミナーで説明しています)。退職後このアイデアをPC/ABSで試してみたら、ホスファゼンの少量添加とリン酸エステル系難燃剤の組み合わせで高い難燃効果が発現することが分かった。
30年以上前の気になっていたことが確認された瞬間、科学100%で技術開発を進めるリスクを改めて認識した。当時は仮説のすばらしさを褒められ、反省していないと指摘された始末書は人事部に提出されなかったそうだ。
そしてホウ酸エステル変性ポリウレタンフォームという商品が完成し、高分子学会でも発表することになった。この過程で単純なアイデアが見落とされていることに誰も気がついていなかった。当方は開発途中で気がついたが、それを提案できる雰囲気ではなく(上司への忖度はサラリーマンの常である)、そのためチャンスがあったら確認しようと思い続け4年ほど前に実験を行った。
<仮説に基づく実験>
ある現象から見出した事実について、その真偽を確認するために仮説を設定する。事実がそのまま再現するかどうか、という実験は、再現実験であり、これは誰がやっても同じ実験になる(補足)が、仮説に基づく実験、すなわち仮説が「真」となるかどうか確認する実験は、それにより様々な実験が考えられる。この時に排除されるアイデアが生まれる。それを防ぐためには様々な可能性のある仮説を考えろ、と言われるが、本当にこれで防げるのか?ご興味のある方はお問い合わせいただくか、今後開催されるセミナーにご参加ください。
(補足)同じ実験を行っても再現されなかったのがSTAP細胞騒動である。実験にはノイズにより誤差が発生するので、同じ実験を行ったつもりでも、いつも同じ結果となるとは限らない。このときどう対応するのか、という問題もある。この対策が技術者と科学者で異なるアクションとなる。科学者ではモノづくりが出来ないといわれる所以である。実際にSTAP細胞騒動では特許を取り下げる愚行まで行っている。警鐘を鳴らす自殺者まで出たのに、国民の税金が無駄に使われた。STAP細胞騒動では、改めて科学とは何かを考える機会になった。
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科学のプロセスで技術開発を行うときに、仮説立案は注意しなければいけない過程である。電気粘性流体の例で示したように、仮説に基づく実験(仮説に基づいてHLB値が明確に定まる界面活性剤が用いられて実験が行われた)の結果から否定証明を始めている。そして仮説で排除された界面活性剤(実験で検討されたHLB値の範囲に含まれた界面活性剤でも曇点や分子量が異なれば界面活性効果は異なる場合があるが、どのように異なるのか科学的に解明されていない)から解決策が見つかっている。
「実験は仮説を確認するために行い、試行錯誤の実験などもう終わりにせよ」とは20世紀に研究所でよく叫ばれたかけ声である。そして仮説立案の苦手な研究員は研究職に向かない、という人事評価をされた例も見てきた。
科学の研究において仮説立案の能力は重要である。しかし、技術開発において仮説はそれほど重要ではないと、退職してから思うようになってきた。それは中国で技術指導してみて感じたことだ。
どのような実験をしたら良いのかコツを伝授するだけでうまく応用展開して行く。このような光景を見ていると仮説など無くても技術開発ができるのでは、と思って日本でも同様に試してみたら、科学などほど遠い仕事をしてきた若者が新しい技術を見つけてくれた。
コーチングのなせる技と言ってしまえば自画自賛になる。そもそも技術開発は人間の自然な営みで楽しい行為であることに気がつくべきで、楽しければ人間は無駄と思われる余分な作業でも喜んでする。新たな発見は案外そんなところから生まれがちである。
これは仮説を立案したために排除された現象に潜むアイデアをどうしたらよいか、という問題提起となる。答えは「対偶関係は真」というコツだが、これは機会があるときに説明する。アイデア創出法として当方のセミナーで扱っている。
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経済産業省若手の作成した資料がネットで話題になっている。日本を何とかしないとあと数年でだめになる、という現状認識で作られた資料だ。
バブル崩壊後20年かけて何とか経済復興の兆しが見えてきたかのようだが、彼らの認識は厳しく現状を捉えており好感が持てる。
日本の再生に高齢者をもっと働かせたらどうかという提言もあるそうだ。これには同感で、当方はそのつもりで起業し、死ぬまで働く覚悟で頑張っている。特に団塊の世代では組織で出世された方が多く高い給与を頂いているはずなので、投資だけでも良いからお願いすべきである。
当方が今取り組んでいるのは、行き過ぎた科学偏重の技術開発を人間らしい営みに変える取り組みである。当方は哲学者ではないから科学を批判するつもりはない。科学教育は今までどおりでもよいが研究開発も含めたビジネスプロセスについて、もう少し自由な発想があってもよいのではないかと思う。
科学は自然の理解を進めるためには大切な哲学であり、おそらく唯一の方法(注)だと思うが、自然から機能を取り出したり、それを応用したシステムを作る作業については科学的である必要はない。むしろ科学に拘りすぎると作業そのものが難解になる可能性がある。
恐らく分析や解析については、小学校から学んできた科学の方法を適用するのは難しくないだろう。しかしモノ造りでは、科学にとらわれることなく人間の発想力を生かすような方法をとったほうがよい。
科学と技術の間で悩みながら30年以上続けた研究開発で科学的方法と非科学的方法を試してきた。その結果非科学的なヒューマンプロセスを科学同様に活用した方が創造性豊かな技術開発が可能という結論に至った。
これまで科学に偏重しすぎた日本を少しでも変えることができればと頑張っている。中国では当方の考え方が素直に受け入れられて多数の成果が出ている。熱伝導性光散乱樹脂など光散乱樹脂をご存じの方は非科学的な仕掛の内容を想像できないのではないかと思う。ご興味のある方は問い合わせてほしい。
(注)市場も自然と同様に科学的方法で理解でき、最近はビッグデータがもてはやされている。ビッグデータから見えてくる姿について、科学的な処理を行えばだれでも同じ結果となるはずだ。そうでなければ科学的と言えない。しかし、イノベーションを起こす方法についてはヒューマンプロセスで独自のアプローチをしたものが市場の勝者となる。
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ようやく5月17日の補足である。否定証明の問題は、科学のプロセスを採用している技術開発で、そのゴール実現が難しいと思われるときに起きる。
だからといって、非科学的な根性論を取り入れて「完成するまで、頑張れ」とマネジメント(注1)すれば防げる、という訳でもない。
それを防ぐには、非科学的ではあるが、考えられる限り全ての条件について実験で確認するようなプロセスを採用すれば、何か技術を進歩させるネタが見つかるかもしれない。これを効率よく行うにはラテン方格を用いる。
酸化スズゾルの帯電防止層について特許の実施例を再現するにあたり、実施例に書かれていない条件をすべて書き出し、書き出された全ての条件の組み合わせについて処方を組み立て、それらの塗布条件で手当たり次第PETに手作業のワイヤーバー塗布を行い、出来立ての塗布膜の導電性を評価していった。
このようなプロセスは仮説に基づく科学的な実験のやり方とは異なり、効率の悪い非科学的方法として企業の研究所では忌み嫌われる。仮にラテン方格を使ったとしてもゴム会社の研究所では馬鹿にされている。
科学者と自称する人たちは、仮説に基づく実験こそ効率的、と信じている。しかし、技術開発でモノ造りのゴール実現が難しいテーマで、そのように進めると否定証明に走るリスクが高くなる(注2)。
仮説に基づく実験は重要である。しかし、それはモノができてから、「どうしてそれができたのか、もっと良い方法はないのか」と解析するときに行えばよい。モノが一度さえできれば、否定証明に走るリスクはほとんど無くなる。
だから酸化スズゾルの帯電防止層開発では、まず特許の実施例を再現してから、その再現された現象について解析を進めるといったプロセスで技術開発を行っている。この解析を進めるプロセスは100%科学的プロセスである。だから日本化学会で発表し講演賞を受賞できた。
(注1)高純度SiCの開発を担当していたときに、当事者である当方の気持ちなど無視して研究所内でこのような経営批判も聞かれたが、経営陣は決して根性論を持ち出さず、いつでもタオルを投げると優しく言ってくれていた。高純度SiCは非科学的プロセスで仕事を進めたので30年以上続く事業となったのである。また、その成果を解析する仕事(反応速度論による解析)で学位を取得している。技術を創り上げてから科学で技術を伝承しやすいようにまとめたのである。このスタイルは技術開発において否定証明を避ける良い方法である。技術開発は事業を生み出してこそ意味がある。科学の研究が目的ではない。
(注2)不適切な仮説を立てたために否定証明に走ってしまうのだが、仮説が適切かどうかについては、論理の視点で評価している。これを忘れている。自然現象がすべて論理的に説明できるためには、自然現象のすべてが科学的に解明され、その論理的つながりが明らかになっているときだけである。技術開発の過程で、二律背反の現象に時々遭遇するが、その中には、完璧に科学的に矛盾する現象もあれば、表層に現れた現象だけが科学的に矛盾する場合なども存在する。前者は回避手段はないが後者はすりあわせやKKDを駆使して解消する。商品開発では、ありがたいことにたいていは後者で対応可能な現象が多い。電気粘性流体でもすべての界面活性剤の機能をHLB値で説明できるという勘違いをしたために否定証明に走っている。アカデミアの先生が書かれた教科書の中には未だに間違った記述がなされている本も存在する。科学の研究は、自分で解きやすい問題を設定して進められている、というやや皮肉的な見方をしたほうがアイデアを出しやすい。小生のアイデア創出法の一つに「科学を疑ってみる」というのがある。
<企業における研究開発>
30数年間企業における研究開発の現場で様々な科学者と自称する人々の仕事の進め方を見てきたが、厳密な科学のプロセスを踏んでいる人はほとんどいなかった。分析や解析業務でもいい加減に進める人がいる。ただ報告書だけはさすがに論理的に書いている。だからねつ造のような報告書も多い。すなわち論理に厳密になるためにこじつけを行うのである。科学雑誌に投稿したらアウトになるような報告書をたくさん見てきた。そろそろ科学科学と叫ぶことをやめてもいいのではないかと思う。もう21世紀である。技術開発を真摯に目指すべきである。科学は自然を理解するための哲学であって、自然を理解し(これは小学校から学んでいる科学の方法で行う)そこに潜む人類に有用な機能をとりだすのは技術の方法で行うのが一番良い。
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特公昭35-6616には、細かいノウハウが書かれていない。そのため、この実施例を再現できなかったときに、その原因がパーコレーション転移のためなのか、酸化スズゾル粒子の導電性に依存するのかどうか不明である。
一方で高純度酸化スズ結晶は絶縁体である、という科学の真理が明らかにされているときに、非晶質酸化スズも絶縁体である、という推定はだれでも信用してしまう(昨日の繰り返しです)。
しかし、非晶質体の科学について未だに完成していない現実を直視し、金属酸化物では酸素欠陥が生じ導電性が発現するという20世紀にほぼ科学的に完成した固体物理の知識があれば、非晶質酸化スズの導電機構に「科学的興味」がわき、実施例の再現を「現代の技術者」(注)ならば本能的に是が非でも行おうとするだろう。
ならば、知識さえ豊富にあれば、科学のプロセスで技術開発を行っても不用意に否定証明へ走ってしまう危険は無くなるのか?
ちなみに電気粘性流体の否定証明では、K大学から博士の学位を取得した人材やK大と肩を並べるT大、H大の大学院を修了した少なくとも偏差値レベルで見る限りは凡人ではなく知識豊富なスタッフが中心となって業務を進めている。
また、STAP細胞の否定証明は理研という世界的に有名な研究所で行われ、その研究所からSTAP細胞は存在しないと研究成果が発表された後にドイツからSTAP現象の存在を示す研究報告書が発表されている。
さらに植物の細胞ではSTAP現象が起きると学会内で認められているにもかかわらず、動物でその現象が起きない理由が未だに科学で未解明である。動物では「現象が起きにくい」だけの場合には、否定証明を展開したほうが科学で確実に論文を書くことが可能になる。
これらの事例から知識が豊富にあったとしても、できないという先入観で仮説を立てたなら否定証明に陥るので、これは知識の量で左右されるわけではない。
一方、子供のように全く無知で好奇心旺盛であれば否定証明に走るリスクは小さくなると言われたりする。これを支持するかのように未熟な科学者と評価された人がSTAP細胞を発見している。未熟な科学者は実験ノートも満足に書けず、論文もコピペをするような感覚なので、研究の進め方も尋常な方法でなかった可能性がある。
実は、モノ造りには科学のプロセスよりも、ヒューマンプロセスとよばれる技術開発に適したプロセスが存在する。それは科学が生まれる何千年も前から人類が行ってきたプロセスである。(明日に続く)
(注)企業には、科学者も技術者も混在している。20世紀にメーカーにおいて科学者は重要だったが、21世紀は技術者が主役になる。この点は後日述べる。当方は、研究という職に憧れ科学者を目指しながら、新入社員時代に幸運なことに真正面からそれを否定される体験をして、科学と技術について悩み、研究開発活動を続けてきた。部下には博士を育てたように科学的方法を求めつつ、自らは技術とは何かを追求してきた。その結果、アイデアマンという称号も一部からいただいたが、科学的方法に忠実になるとアイデアを出しにくくなると感じていた。ところが技術的方法には自然とアイデアを出す仕組みがあると気がつき、研究開発必勝法をまとめている。科学について小学校から学び、科学の重要性が叫ばれる日本であるが、人間の営みとして本能のように行われてきた技術を見直した方がよい。自然の中で「生きる本能」の一つとしてモノ造りがあり、その能力は猿にも見つかっている。人間はそれを駆使して、より便利な方法として科学を生み出したのか、あるいはただ、「自然を考える方法」として科学を生み出したのか、曖昧である。当方は後者に過ぎないと思っている。
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高純度酸化スズ結晶が絶縁体であると科学的に証明されたのは、1980年代のセラミックスフィーバーのさなか無機材質研究所においてである。この成果ではじめてITOやATOと言われる不純物をドープした酸化スズ透明導電体について導電機構に関する科学が完成されたといってよい。
すなわち酸化スズゾルを写真フィルムの帯電防止技術用透明導電体として初めて技術として使用した特公昭35-6616が発明された時代に、酸化スズの導電性に関する科学的に信頼できる知識が存在しなかった。ただ技術としてこの頃にITOが誕生している。
すなわち蒸着技術で開発されたITOの情報から非晶質酸化スズの導電性をイメージし、この特許を完成しているのだ(この発明のプロセスは、ヒューマンプロセスの一つとして弊社の問題解決法でやり方を説明しています)。さらにこの時代にはまだパーコレーションについて数学の世界で議論が始まったばかりであり、微粒子分散の科学として確立された知識となっていなかった。
だからこの特許は科学で生み出された発明ではなく技術による発明であると、マッハ力学史を真似て時代背景の考察を行い結論できる。科学が技術を牽引していると思われていた時代でも技術が科学よりも先行して生まれた事例があるのだ。いつでも科学が技術をリードしていたなどと思いあがった考えをアカデミアは持ってはいけない(21世紀の科学を考えるときにこの点は重要である)。
さて面白いのは、高純度酸化スズ結晶が絶縁体であると科学で確定してからこの特許技術を見直し(1991年には多木化学から酸化スズゾルが市販されていたのでその材料の性能を評価するために否定証明の研究が遂行されている。)、酸化スズゾルが絶縁体であると科学的証明を行い結論しているところである。
これは否定証明として論理展開しやすい情報環境であり、否定する目的で作成されたサンプルでも報告書にそって実験を行えば誰でも再現でき、帯電防止層を見事に作ることができない。
ただし、できないことを実証したサンプルには細かいクラックが入っていたり、パーコレーションの制御など全く考慮されていない、など細かい問題が存在する。
このことは技術を生み出した当方だから、気がつくのであって昭和35年の特許の背景に存在する隠れた技術、いわゆるノウハウを知らない、どんなに優秀な科学者がこの否定証明の報告書を読んだとしてもその間違いを正すことはできないと思われる。なぜなら報告書に書かれた実験は、その手順に従い遂行されればすべて完璧に再現され、導電層などできないからである。
おそらくこのようなことは理研のSTAP細胞に関する報告書でも起きていた可能性がある。否定証明の怖いところは、これである。科学で完璧に証明できるのは「できない」ということだけだ、とイムレラカトシュは述べている。
しかし、モノ造りの観点から見ると科学のプロセスで忠実に開発を進め成功しない場合に、それを科学的に正しい結果として認めて開発を中断しても、ライバルが非科学的な技術のプロセスで成功(注)したらどうなるか?
この時、へたに科学的に仕事を進めると技術を生み出せないことがある、と言っては言い過ぎか?科学をよく理解したうえで技術という長い歴史のある人間の営みをもう一度見直した方がよい時代だ。(明日昨日の続きを書く。本日はその前書きに相当する内容になってしまいました。)
(注)酸化スズゾルの事例以外に電気粘性流体では、増粘問題を界面活性剤で解決できない、という否定証明を展開した直後に、試行錯誤で見つかった界面活性剤を用いて問題解決できている。
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3通りの方法を用いて酸化スズゾルに含まれる酸化スズ超微粒子(以下酸化スズ)の導電率を測定した。その結果、1000Ωcm程度の導電体であることがわかった。このような評価解析業務は、科学のプロセスで丁寧に行う必要がある。
特に否定証明の報告書が存在する場合には、否定証明の否定を科学的に示す必要があるので、科学的議論に耐えられるような「実験データ」を示さなければいけない。当時使用していたA4の分厚い実験ノートは、酸化スズゾル帯電防止層の実験だけで使い切っている。
そこには金魚のウンコのようなゾルの絵はあっても、小保方氏のノートにあったようなハートマークなどは描かれていない。出来上がった技術の姿を表現した妄想が科学的な仮説とともに書かれ、特許のクレーム案なども走り書きしていた。
話はそれるが、仮説立案が不得意の人は、この「出来上がった技術の姿」を書いてみるとよい。これが具体的に書けなければ、モノに結びつく仮説など立案できず、妙な仮説を立案して最悪の場合に仕事の途中から否定証明へ転落する。とにかくゴールとなるモノに結びつくアイデアを書きだすだけでもよい。文章が下手ならば絵で妄想を具体化しノートに書く。
このような作業の助けも借りて科学を道具として使い「高純度非晶質酸化スズに導電性がある」(注1)ことが真理として導かれたならば、なぜ昭和35年特許の再現性が難しいのか、その理由も科学のプロセスで探求した。
企業の研究開発では、一度否定されたテーマを再度企画し立ち上げる時にはその苦労で費やされる二倍以上のエネルギーが必要となる。省エネ技術流の「試行錯誤で、できました」では受け入れてもらえない。科学を伝家の宝刀のごとく、ぶんぶんと振り回して仕事をしなければ、「科学こそ命」の風土の会社では周囲の説得すらできない。
この時、パーコレーション転移をシミュレートするプログラムをCで作成している。そしてこのプログラムで1000Ωcmの導電体のパーコレーション転移についてコンピュータ実験を行い、「コンピューターの中の客観的な実験結果」として示した。
さらに得られたグラフの再現を目標に実験を手当たり次第行い(注2)、その実験を解析してコロイド溶液の調製プロセスがどのようにパーコレーション転移の閾値に影響しているのかまとめた。
ここで、科学的に仕事を進めているにもかかわらず、モノ造りのプロセスでは、仮説に基づく実験ではなく手当たり次第に考えられる条件すべてで実験をやるのは極めて非科学的である。科学的にすべてが解明されていないモノを創りだすときには、どうしてもこのような非科学的プロセスが必要となる(明日このあたりについて再度述べる)。
ところで、このパーコレーション転移の閾値評価のために新たな電気化学測定法を開発している。そしてこの測定法に関しても数値シミュレーションを行い、パーコレーション転移と密接な関係があることを考察している。
厳密な科学のプロセスを採用すると大変な仕事量となるが、それでも道具としての科学は便利である。論理展開して導かれた答えを必ず真理として信じてもらえるからだ。しかし、科学以外にも技術開発を進める「道具」があることを忘れてはいけない。
詳細は省略するが、酸化スズゾルの合成条件でも非晶質酸化スズ粒子の導電性を制御できることや、バインダーと酸化スズゾルの混合条件でパーコレーション転移の閾値が大きく影響されることなど次々と科学的データに裏付けられた説明ができるまでになった。これらのデータの一部は日本化学会で当時の部下が報告し講演賞を頂いている。また、新たな評価技術も含めた透明帯電防止層の技術は、日本化学工業協会から技術特別賞を受賞している。
(パーコレーションのシミュレーション)
パーコレーションという現象は様々な因子に影響を受ける。特に問題となるのは導電性微粒子とバインダーとの相互作用である。ゆえにある値の導電性粒子がどのようなパーコレーション転移を起こすのか調べるためにコンピューターシミュレーション実験は大変都合がよい。だから技術者はプログラミングのスキルを身につけておくと、いざというときに役立つ、といえる。今ならばC#かPythonが学びやすい。日経ソフトウェアーの6月号ではPythonのライブラリー活用術の連載が始まった。これをマスターするとOCTAが使える(かもしれない)。
(注1)1980年代に高純度酸化スズ単結晶は絶縁体であることが無機材質研究所で証明された。金属酸化物は、酸素欠陥がホールとなり導電性がでる。この酸素欠陥の制御が難しく、金属酸化物の正しい導電率を求めることが困難な場合がある。一方非晶質酸化スズゾルが示す導電性は、その単結晶の導電性発現とメカニズムが異なる。非晶質相に水が存在し、スズ酸が生成している可能性がある。科学的に厳密な証明をしていないが、熱分析からこの水の存在が導電率に影響していることを確認している。
技術開発を科学的に進めてモノ作りに成果を出すためには、業務プロセスを解析中心に組み立てると良い。今でも業務プロセスを科学的に進めることに拘っている上司と仕事をしなければならない若い人は、上司と対立するのではなく、業務プロセスを解析中心にするとストレスなく仕事を進められる。解析中心に業務を進めると科学を道具として使っていることになる。
(注2)コンピューターでシミュレーションできてもそこからプロセス因子が求まるわけではない。シミュレーションに対する誤解は、シミュレーションの結果ですぐにモノが作れると誤解する点である。モノはいつでも頭脳を含めた肉体で勝負して作る。この決意がある技術者であれば、AIに職を奪われることはない。弊社の問題解決法を身に着け情報処理を五体使用して行う人間にAIは勝てない。繰り返しになるが、ゴム会社の指導社員はAIを超越していた人だと思う。シミュレーションして求めた樹脂補強ゴムの特性を基に「あるべき高次構造の姿」を予測し、一発でシミュレーション結果に合致したゴム配合を見つけている。他の仕事も常に鮮やかに一刀両断成果を出していた。「経験を重ねればできるようになる」と言われていたが、当方は未だに幸運な時には一発でできるが、不運だと力任せになる。その時弊社の問題解決法が道具としてつくづく役立つ方法だと自画自賛することに——
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安直に科学のプロセスでモノ創りを行うと否定証明に走る危険性がある、と指摘した。ところでモノ創りには新しく開発しようとしているシステムやそこで働く機能の評価技術が重要である。
そして解析や分析のプロセスでは科学的厳密性を重視するのが「コツ」である。科学的に不確実な手順が入るときには、そのSN比あるいは標準偏差をしらべるのが大切なツボとなる(注1)。
当方は特公昭35-6616に記載された酸化スズゾル(コロイド水溶液)に含まれる酸化スズの導電性について暗電流の準位やその導電機構などを分析している。その実験を行うためにコロイド水溶液から酸化スズを取り出す必要があり、そのときに酸化スズの化学変化が懸念されたので十分な配慮をした。
例えばスプレードライヤーで酸化スズを粉末にするのが一番手っ取り早いが、熱がかかり、構造や性質が変化する懸念がある。この時熱の問題をどのように考察するのかが難しい。
一方、熱の心配が無い自然乾燥では時間がかかり、酸化スズゾルの合成条件を検討するときの評価技術としてこの方法が使えない。支持体に塗布して乾燥する方法もあるが、酸化スズ薄膜はひび割れしやすいために正しい導電性を評価できない問題がある。
ところで、昨日述べた否定証明が展開された報告書では、無造作にPETフィルムに塗布して薄膜をつくり、その導電性を評価して絶縁体であるという結論を出していた。薄膜の顕微鏡観察すれば、そこにクラックを見つけることができたはずだが、導電性がないという仮説、すなわち「先入観」から絶縁体という実験結果が出て満足し、クラックの確認作業を行っていない。
これは、クラックの確認作業を忘れた、というミスではなく、科学で裏打ちされた導電性薄膜の評価技術が無いため、研究方法として伝承された作業として導電性の測定を行った結果発生した、ととらえるべきである(注2)。
人類に役立つ価値を生み出す新たな機能を持ったシステムを創り出すことがモノ創りである。
仮に塗布技術がモノ創りの基盤技術としてあったとしても、評価技術として新たなシステムや機能の評価にそれを用いるときには、一つの真理を見いだせるような専用プロセスとして毎回作り直すかあるいは見直しをしなければいけない。
技術者ならばロバストを評価できる技術を、科学者ならば「真実」を導くプロセスそのもの開発しなければいけない。
当方は絶対にクラックが入らない、「ガラス基板を用いたディッピングプロセス」を酸化スズゾル専用のロバスト評価技術の一つ(注3)として開発している。材料評価を行うときに大切なのは、検体の調製方法である。この作成法は科学の厳しい議論で耐えられる方法でなければいけない。
(注1)技術者ならばSN比や標準偏差を示す程度でよいが、科学者は論理の各ステップで必ず1対1の対応となる評価技術となるまでその厳密性を追求する義務がある。未成熟な分野の場合に一部がブラックボックス化するのは避けられない。しかし、ブラックボックスの入力と出力が必ず1対1の対応関係になることを示さなければならない。生科学分野の論文を読み不安になるのはこの点である。
(注2)STAP細胞の騒動でもSTAP現象に関する科学的に厳密なプロセスの評価技術が無かった可能性が高いし、理研のメンバーが正しくその事実に向き合ったかどうか疑わしい。自殺された優秀な研究者はSTAP現象の存在を認める発言を生前していた。技術者ならば現象を見てそれを活用するときにロバストを評価する作業を行うのがQMSで定められている。科学者ならば、現象を評価して結論を出す前に、そのための厳密な評価技術を創り出す義務がある。未熟な科学者が問題にされたが、STAP細胞の正しい評価技術が今存在するのかどうかを、まず示してから、「STAP細胞は存在しない」という結論を出すのが成熟した科学者の義務である。あの時出された結論が評価技術の存在しない状態で出されたものならば事件として扱うべき大問題である。
(注3)酸化スズゾルを用いた帯電防止層の開発では、必要な既存の評価技術をすべて見直し、新たに必要な評価技術もいくつか創り出している。技術開発で科学が重要となるのはこの部分である。
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科学のプロセスで技術開発を進めると否定証明に陥る問題をすでに述べた。写真会社に転職してびっくりしたのは、ゴム会社で読んだ否定証明と同様の論理展開で書かれた報告書をみつけたことだ。
以前この欄で書いたように酸化スズゾルを帯電防止層に用いた技術は昭和35年に特許登録されている。特公昭35-6616という特許がそれである。当時はパーコレーションの科学についてまだ知られていないときだった。
だからこの技術は試行錯誤の結果かあるいは偶然の幸運により生み出された技術だと思っている。また発明者がノウハウとして隠したためと想像しているが、導電性を制御するための重要なプロセス因子について実施例に書かれておらず、当方が実験を行い(注)その再現性を確認する時にも大変だった。
すなわちこの特許に書かれた情報だけで帯電防止層を製造しようとすると、実験者の運がよければ導電性のある帯電防止層が得られるが、運が悪ければ絶縁性の薄膜しか得られない。ゆえに科学に忠実な実験者が運の無い人であれば、その結果の考察は否定証明となる。
しかし、先人の技術者を信じて自分の出した実験結果とこの特許の実施例について注意深く思考実験を進めるような謙虚な科学を身に着けた技術者ならば、特許に書かれている内容に隠された因子が見えてくる。ただし、先人への敬意もなくこの特許の実施例を信じないならば、その再現性を得ることが難しくなる。
このようなケースでは「科学を道具として使うとうまく開発を進めることができる」。(明日に続く)
(注)市販の酸化スズゾルを用いて実施例に準拠し最初に実験を行ったときにやはり導電性が出なかった。そこで実施例に忠実に従い、素材である酸化スズゾルの合成から実験を行った。実施例には酸化スズゾルの合成法が簡単に書かれていた。当時金属塩化物を加水分解するプロセスは公知だった。また、ろ過技術が無かったために酸化スズゾルの洗浄にはデカンテーションを繰り返さなければならなかった。しかしその洗浄回数について記載されておらず、洗浄後中性になるまで繰り返す、とあった。おそらくこの時代にはpH試験紙で確認していたと思われるのでpH試験紙とpH計の両方で確認しながら実験を行った。洗浄回数12回程度でpH試験紙で中性を確認できるがpHは7よりも少し低かった。14回洗浄したところでpHは7に限り近くなった。洗浄回数の差は微量の塩素を残すのかどうかという選択に関係すると思われた。昭和35年の特許には得られた薄膜の導電性が湿度依存性を示さない、と書かれていたので14回の洗浄回数という条件を採用した。後日この洗浄回数の因子は他の意味があったことと洗浄時の攪拌方法にもノウハウがあったことなどわかってくるのだが、とにかく先人の技術者が発見した機能を当方も取り出す努力を惜しまず実施した。STAP細胞で否定証明を展開した理研の科学者ならばやらないであろうと思われる泥臭い作業だった。優秀な研究者が自殺してまでSTAP現象の存在を訴えていたのだから、同僚はもう少し誠実真摯に研究をおこなうべきだったろう。学位のお粗末な扱いをした早稲田大学も含め「科学とは何か」を社会に示した事件である。
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高純度SiCを合成するための前駆体として1980年には、ポリエチルシリケートとカーボンを組み合わせる方法と高純度シリカと高純度フェノール樹脂を組み合わせる方法がすでに知られていた。
しかし、ポリエチルシリケートとフェノール樹脂を組み合わせた技術について特許出願は皆無であった。これはいまでも高分子科学のポリマーアロイを研究するときに用いられているフローリーハギンズの理論から均一な混合物を得ることが困難と推定される組み合わせだからである。
科学のプロセスでこの組み合わせがナンセンスなアイデアであることを否定証明することは易しい。実際にポリエチルシリケートとフェノール樹脂を混合すればすぐに証明したい現象が目の前に現れるからである。すなわちどのようなミキサーを用いても混合状態では白濁し、混合をやめればすぐに二相に分離する。
この実験結果から、ポリエチルシリケートとフェノール樹脂の組み合わせを高純度SiCの前駆体に用いるアイデアはたちどころに否定される。さらにこの現象とフローリーハギンズ理論があれば簡単に否定証明を展開できる。
繰り返しになるが、ポリエチルシリケートとフェノール樹脂の組み合わせは新規性があり原料の高純度化が容易な進歩性もある。しかし、フローリーハギンズ理論のχパラメーターが正で大きいのでこの組み合わせを用いた混合物は混合プロセスで分離し、シリカ成分となる高分子と炭素成分となる高分子とが均一になった前駆体を得ることができない。ゆえに高純度SiCの前駆体としてこの組み合わせを用いることはナンセンスである、と考えたとする。
ここで仮説「ポリエチルシリケートとフェノール樹脂を混合プロセスで均一なポリマーアロイにすることができない」と立案し、実験を行い相分離状態となることを示せば、これが仮説を指示する証拠となり、否定証明を展開するための道具立てが揃う。
ところがこの組み合わせにおいてリアクティブブレンドという当時よく知られていた技術を用いれば分子レベルで両者が均一に混じり合った前駆体ができてしまう。
このあたりについてはこの欄で過去に紹介しているので詳細を省略するが、リアクティブブレンドで均一に混合され透明な前駆体ができたときに、先の否定証明は簡単にひっくり返り、「フローリーハギンズ理論が存在しても混合プロセスを工夫すれば2種類の高分子を均一にできる技術が存在するかもしれない」という希望が出てくる。
フローリーハギンズ理論が科学的に正しくても、「均一に混合でき」そして「その状態を保持することができる技術」さえあれば、科学的に考えて創り出すことができない二成分の高分子の均一混合体ができることが、高純度SiCの前駆体技術で示されたのだ。
高純度SiCの前駆体技術では、低粘度の高分子をコロイド分散機で均一に混合することができた。この部分をカオス混合装置を用いれば高粘度高分子でも均一に混合することが可能となる。
問題は、その状態を保持する技術とし高純度SiC前駆体技術ではリアクティブブレンドを用いているが、これを相互に反応しない高分子の組み合わせで実現する方法である。
この方法は1970年代にアモルファス金属の発明で考え出された技術、「急冷法」をそのまま用いればよく、2種類の高分子のTgよりも低い状態へ一気に遷移させれば目標を達成できる。
すなわち、試行錯誤で装置を作ってみてカオス混合装置ができたかどうかは、その装置で混練したポリマーブレンドをTg以下まで急冷したときに透明になっているかどうか確認すれば良いというアイデアが30年前生まれた。ただ、試行錯誤で装置を作るには高額な資金が必要になるので装置についてもう少し具体化しなければならなかった。
30年間頭の片隅でこのアイデアを熟成しながらそのチャンスが来るのを期待していたら、写真会社とカメラ会社の統合があり豊川へ単身赴任したところ、科学で技術を考えていたために絶対に成功する見込みのない外部のコンパウンダーから成功するかもしれない技術提案に対して「素人はダマットレ」と一渇される幸運が訪れた。
唯一の命綱が切れた状態のテーマ(半年後には製品化が迫っていた)を周囲に支えていただくために新たな命綱として幻のカオス混合技術を企画として提案したのである。幻ではあったがそれを実現するための技術アイデアのすべては30年間に熟成され具体化されていた。豊川にいた旧カメラメーカーの研究開発部隊がゴム会社のタイヤ開発部隊とよく似た風土だったことが幸運だった。
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