昨日、実用上は無駄なデータとして周囲から扱われたが、科学の視点では注目すべき実験データが得られた経験を書いた。ポリスチレンとポリオレフィンを相溶させて透明な樹脂が得られた実験であるが、この結果についてもう少し説明する。
ポリスチレンは規則的に重合させる技術は確立されているが、完全にランダムに重合させる技術が知られていない。そこで可能な限り不規則になる重合条件でポリスチレンを合成した。その中の一つがアペルにブレンドすると透明になったのである。ちょうど鍵と錠の関係でうまく立体的に噛み合う組み合わせが見つかったのである。
ポリスチレンとポリオレフィンの組み合わせはχが正なのでフローリー・ハギンズの理論からは相溶しない組み合わせになるが、きれいに相溶し透明な樹脂が得られていた。この実験結果は、立体的な組み合わせで安定になる条件が揃えば、高分子が相溶する可能性を示している。イメージを膨らませ、もし混練で分子のコンフォメーションを制御できるならば、どのようなポリマーブレンドでも混練時に相溶させることができる可能性を示している。
このような発想が科学的に正しいかどうかは問題ではない(注)。技術的にそのようなことが高いロバストを確保して実現できるかどうかが重要である。その上、この場合になぜ科学的に正しいかどうかが問題にならないかと言えば、すでに科学的に否定できないが科学者が説明できない現象が目の前に起きているからだ。このような状態の時、科学者は、新たな真理を求め研究を進めるが、技術者はこの現象を活用し、新たな機能実現に向けて努力する。
目の前にあるχが正であっても高分子のコンフォメーションを制御してやると高分子が相溶するという事実を新たな機能実現に活用しようと考えるのが技術者である。科学的に不明確な現象を技術に応用して大丈夫か、という心配は不要である。科学的に不明確な現象でもロバストネスを確保できる条件が見つかれば、実用化可能な新しい技術が生まれるのである。科学では繰り返し再現性が重要だが、技術では繰り返し再現性だけでなくそのロバストネスが重要である。
また、新たな現象を見いだしたときに新しい技術へチャレンジするのか、無駄なデータとして扱うかは、技術者と職人の分かれ目であり、新たなチャレンジを行おうとする点では、科学者と技術者は似ている。ゆえに技術者にも心眼でイメージした結果を確認する実験は重要な活動の一つである。昨日紹介した小竹先生の「etwas news」は、技術者にも大切なキーワードである。
(注)弊社の問題解決法では、科学的視点ではなく、技術的視点で問題解決にあたれるような仕掛けを工夫している。科学的な問題解決を忠実に行うTRIZやUSITと大きく異なる点である。
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昨日高分子シミュレーターOCTAに触れたが、混練プロセスでどのようなポリマーブレンドができるのかを知りたいときにSUSHIは、科学的な視点から解答を示してくれる。これは役にたつシミュレーターである。すなわち科学的な解答が目標とする機能を達成できない材料の場合に、あきらめるべきか、目標とする材料を技術で作り上げるべきか判断するときのよりどころとなる。
真理を追究するのが科学ならば、機能を実現するのが技術である。一方哲学者イムレラカトシュによれば科学は否定証明を完璧にできるが、肯定証明は苦手とする。すなわちある真実が実験で示されたのならば、昨日までのある現象を肯定していた理論がひっくり返る可能性があるのが科学の世界である。
そのため、学生時代に指導してくださったI先生は研究者の科学における研究の意味を書いた小竹先生の随筆のコピーをもとに実験の重要性をことあるごとに教えてくださった。すなわち研究とは「etwas news」を見つけることで、新しい事実を見いだすために毎日実験を繰り返すのが研究者の仕事である、と。
OCTAは、土井先生によれば、高分子物理の成果が詰め込まれたシミュレーターだそうである。例えば高分子物理に疎い技術者でもOCTAを使って実験を行えば、高分子物理の科学的成果について検証ができるのである。すなわちコンピューター上で高分子物理の実験ができるのである。
三井化学のアペルというポリオレフィン樹脂を10年以上前に扱うチャンスがあった。アペルは、側鎖に提灯のようなバルキーな基がぶら下がっている光学用樹脂で、このバルキーな基で主鎖の分子運動性を落としTgを高くするように設計された樹脂である。この樹脂については苦い思い出とここで紹介する楽しい思い出がある。絶対実現できない、と技術的に分かっていても、その技術内容を科学的に証明をすることができないときに、周囲はそれを理解しない場合がある。そのような中で、少しでも可能性のある方向をOCTAで探ったのである。
アペルは、提灯のような側鎖基で分子運動性を低めTgを高くしている樹脂であるが、もともとポリオレフィンという材料はTgが低い。ゆえにこの樹脂の耐久性の指標としてTgを採用するのは危険である。実際に、その時担当していたテーマでは、Tgから期待される耐久性を実現できるかどうかがカギであった。
ある混練の「技」を使った実験で、カタログに示されたTgよりも低いTgがこの樹脂には存在し、この低いTgで樹脂の耐久寿命が決まっていることを示したのだが、材料メーカーの研究者に一笑にふされ、その実験結果は採用されなかった。
この実験結果による予測は正しいと2年後分かるのだが、当時少しでも改善に寄与しようということで、提灯のような側鎖基を動きにくくするような高分子をブレンドする実験をOCTAで行った。ある構造のポリスチレンが良さそうだ、ということで、D社にお願いして、様々な重合条件でポリスチレンを重合し、一次構造が異なるポリスチレンを創り出した。
このポリスチレンを片っ端からアペルにブレンドし、透明になるポリスチレンを探したところ16個目の実験で、アペルと混ぜても透明になるポリスチレンが見つかった。そしてこのポリスチレンを混ぜたアペルは期待されたとおり、そのアペルのTg付近まで透明で、低いTgが無くなった。
ところが、ポリスチレンが複屈折の原因となるのでプロジェクトからは価値の無い無駄な実験とされたが、ポリオレフィンとポリスチレンが安定に相溶する場合があるという、フローリーハギンズの理論の不完全性を示す実験として価値がある実験結果が得られた。
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混練について研究するためにはレオロジーを理解していることが必要になる。しかし、ダッシュポットとばねのモデルで高分子のレオロジーを論じるのは、もはや時代遅れである。今高分子のレオロジーはOCTAでシミュレーションし、研究を進めるのが科学的な一手段となっている。ところが、8年前2種類ほど混練のシミュレーターを購入(注)し使ってみたが、1000万円近くする市販の混練のシミュレーターには、OCTAが使われていない。ひどいのは16ビットで計算している前世紀のシミュレーターもあった。
OCTAは無料である。OCTAは20世紀末、当時名古屋大学教授土井先生がリーダーとなり、国家プロジェクトで開発された高分子シミュレーターである。国家プロジェクトの中では、大成功のプロジェクトと皆が認めた成果である。OCTAの名前の由来は名古屋市のマーク“八”からきている。OCTAは、GURMETのもとにCOGNAC、PASTA,SUSHI,MUFFINの4つのメソシミュレーターが用意されたオープンソースでマルチプラットフォームのシミュレーターだ。
このシミュレーターの良いところは、開発された当時のパソコンの能力程度、すなわちペンティアムⅢ1GHzでも動くことである。土井先生は東大に移られた後もご退職まで開発を続けられ現在もこのシミュレーターは進化しているが、SUSHIは材料設計に有効に使えるレベルである。ただし、フローリーハギンズの理論が基になっていることを知っておく必要がある。
フローリー・ハギンズ理論については、大枠の考え方では正しいのかもしれない。SUSHIで幾つかのポリマーアロイの相分離をシミュレートし、実際に二軸混練機で混練を行うとシミュレーション通りに相分離する。そして、そこへ他の添加剤を入れたときの分散状態をシミュレートしても、おおよそ当たっており、実験結果と良く合う。普通に二軸混練機で分散を行う時には実用性のあるシミュレーターである。
無料でここまで実用性のあるシミュレーターが手に入るが、やや敷居が高い。敷居を低くしたJ-OCTAと言うソフトウェアーが販売されているが、こちらは敷居が低くなった分有料で、お値段は一般のシミュレーター並み、と価格は高い。
混練の市販のシミュレーターがOCTA以外まったく使えなかったか、というと、予想外ではあったが、16ビットで稼働しているソフトウェアーがツールも充実しており、素人が使うには良くできたソフトウェアーで、混練時の温度分布は、実用性のある結果だった。ただし、このソフトウェアーで出てくる結果は、二軸混練機の実務を少しかじれば予想がつく。
(注)当初購入したシミュレータは使いにくい上に、シミュレーション結果が実際の結果とうまく合わなかった。使いやすい16ビット版を購入し直したところ、メッシュの制約があるもののユーザーインターフェースも良くできており、使いにくいシミュレーターと同じ事ができて値段は安かった。ただ、温度分布以外は使い物にならなかった。プレゼンの絵を描くのに利用した程度である。1000万円は高い。OCTAは無料である。
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ゴムを樹脂で補強すると弾性率と損失係数をあげたゴムを設計できる。どのような組み合わせでもできるわけではない。ゴムにゴムよりも弾性率の高い樹脂を混練してゆくと、弾性率が上がるとともに損失係数始めゴムに備わっている他の性質も無くなってゆく。
弾性率だけをあげて他のゴムの物性を生かした材料を設計しようとすると高分子の高次構造の知識が不可欠である。樹脂補強ゴムでは、ただ樹脂が添加されたというだけではなく、30部前後添加された樹脂が海を形成しゴム相が島となる海島構造も影響している。
このことはゴム会社に入って初めて獲得した知識である。大学で高分子物性論も学んだが高次構造が力学物性に影響を及ぼしている、という程度の曖昧な知識しか学ばなかった。レオロジーが大半のその講義では、バネとダッシュポットのモデルから高分子物性を説明し、高分子のクリープについてのモデルが複雑である、という説明であった。
社会人になって、メンターから今のレオロジーでは高分子物性をすべて説明できない、と教えられた。ただ材料技術として捉えたときにクリープ以外の現象を理解するときにバネとダッシュポットのモデルは便利だ、とも。また、粘弾性の測定装置もレオロジーをもとに考え出された機械なので、アカデミアで不要になっても技術として残るのではないか、というのがメンターの見解であった。
大学で学んだ高分子の知識は何だったのだろう、と少し戸惑ったが、業界トップ企業の技術力がアカデミアを越えている現実を知った良い経験である。そしてそれを支えていたのが優秀な技術者集団だった。高分子について一家言持っている“ウルサ型”技術者、“教え魔型”技術者が大切な先生だった。今のようにインターネットで情報を収集できる時代ではなかったので、いち早く先端情報を入手しようと競い合っていった。先端情報をいち早く入手すればドヤ顔ができた時代である。
今情報入手という点では恵まれている。誰でもどこでも情報入手できるユビキタスの時代である。特許でも無料検索できる。その気になれば最低1.5年遅れになるが無料で先端情報を入手できる。お金を払えば半年遅れで入手できる。あとは学ぶ意欲があるかどうかだ。
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昨日の続き。
スクリーニングを行っていた30部という水準と、混練しにくいという理由で結晶化度の低いゴムを検討していた当初の方針で、1年間実験を行っていたら見落としていた可能性があった。フェノール樹脂を用いた樹脂補強ゴムにヒントを得て、3次元に架橋する樹脂でなくとも樹脂補強ゴムができるのでは、とスタートしたプロジェクトではあったが、その科学的理解が十分ではなかった。
すなわち、樹脂補強ゴムの開発は科学的情報など無い中で、単なるアナロジー的発想で始まった研究開発プロジェクトである。アナロジー的発想ではあったが、樹脂がゴム中に分散し結晶化すればフェノール樹脂の架橋と同様の効果を期待できるのでは、という仮説はあった。その仮説を基にしてメンターは樹脂が海で、ゴムが島になったときの高次構造を仮定してレオロジーシミュレーションを行ったのである。
しかし、なぜ30部でなければいけないのか、とか結晶化度がどれだけなくてはいけないか、という情報は存在しなかった。正確に表現すると、前者の科学的情報は数学の世界に存在したが、材料科学の関係者は、1979年の頃パーコレーション転移を知らず、混合則で現象を捉えていたために30部の意味を理解できなかった、となる。
パーコレーション転移が材料科学の分野に普及していったのは1990年前後である。この頃になって写真会社で開発した酸化スズゾルの帯電防止層の技術は化学工業協会から技術特別賞を頂いたが、インピーダンスの評価技術を用いてパーコレーション転移を制御した当時珍しい技術であった。
このように異なる分野で科学的情報が存在しても、その情報の理解が進み普及するまで二昔前まで10年程度の月日がかかった。情報化時代の今日でも、2-3年かかっている。Π型人間とかたこ足的技術者とか時代の変遷とともに異分野の情報を入手し理解できる人材の重要性が表現されてきたが、今は足の数よりもキーボードを叩く”マメさ”が重要な時代だ。千手観音が理想となるのだろう。
ただ、情報の普及がスローな時代には、発見の喜びが多数あった。そして発見した現象についてタコツボの楽しみを味わうことができた。今は、新しい現象を発見したならば、猛スピードでまず走らなければならない時代である。キーボード片手に情報調査と実験を並行に行わなければ安心できない時代である。山中博士がヤマナカファクターを発見した非科学的方法を秘密にして、特許出願を優先した姿勢は日本のアカデミアの研究者もアメリカ並みになってきて競争とスピードを意識するようになったことを示している。
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最初の1ケ月間、樹脂補強ゴムの開発は、ゴミを混練してる様な仕事だった。シミュレーション結果とはほど遠く、単純な引張試験のデータも実用にならない結果ばかりだった。一年後に得られるであろうデータを一ヶ月程度で出してやろうと目論んでいたが、月報も書けない状態である。すなわち、ゴムへ樹脂を30部配合してうまく樹脂が海で、ゴムが島になる構造をとる組み合わせを探していたのだが引張試験のデータ以外に大きな変化は見られなかった。
引張試験の結果には、樹脂を混ぜても強度があまり低下しない系が幾つか存在した。いずれもSP値が近い組み合わせで、周囲の専門家の意見では当たり前の結果であった。実験を始めて1ケ月半過ぎた頃少し弾性率が高いゴムが得られた。弾性率が高く、損失係数も高いゴムが目標だが、そのゴムの損失係数はゴムのそれとあまり変わらなかった。
メンターの方針では30部程度でスクリーニングを行い、シミュレーション通りの結果が得られたら樹脂の添加量を変動させる実験に移る予定だったが、その少し高い弾性率を示した組み合わせについて、添加量を振ってみたところ、40部でシミュレーションどおりの物性のゴムとなった。
30部と40部で細かく3点ほどデータを取ってみたところ、35部もシミュレーション通りのデータとなった。このシステムに用いた樹脂とよく似た構造の樹脂を1ケ月前に検討していたが、それについても40部でデータ見直しを行ったところ、弾性率はやや低いがシミュレーションに近い傾向を示していた。
1ケ月間ゴミを混練しているような実験であったが、スクリーニング段階の添加量の設定が悪かったのではないかと、これまで実験したデータについて40部で再度全ての組み合わせを見直した。するともう2組みシミュレーションに近い傾向を示す組み合わせを見つけた。気がついたら、毎日夜中の12時まで実験を1週間続けていた。
メンターにこの結果を報告したら、40部は樹脂の添加量として多すぎないか、といわれた。30部程度でもうしばらくスクリーニングしてみようということになったが、実験は30部、35部、40部と3水準でこっそりと進めた。実験量が3倍に増えたので、サービス残業を毎日夜中の12時まで行った。東京に出てきたばかりで毎日独身寮と会社の往復である。同期の誘惑さえ断れば時間は無尽蔵にあった。自己啓発の時間を削れば一日に2日分の仕事をこなせる恵まれた状況だった。
面白いことに35部の添加量で、シミュレーションと近い傾向の組み合わせシステムがさらに4組見つかった。スクリーニングを予定していた樹脂の評価をすべて終えたのでデータを整理してみたら、35部の添加量であるパラメータが樹脂の結晶化度と相関するデータが得られた。結晶化度の高い樹脂は混練しにくいと言う理由で除外していたが、結晶化度の高い樹脂についても少し検討したところ、2組みシミュレーションと同じ結果となり、驚くべき事に1組は30部でも弾性率が高く損失係数も高いゴムとなっていた
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ゴム会社で社会人1年生となったが、運が良かった。技術者とは何か、技術の伝承の仕方、科学と技術の役割の違い等1年間に多くのことを学ぶことができた。半年に及ぶ新入社員研修と優れたメンターのおかげである。
10月に配属され樹脂補強ゴムの研究開発を指導してくださったメンターはゴム材料技術者として大変優秀な人だった。また、配属先の居室の斜め前の部屋には、当方が配属されて半年後東大へ転職された西先生がいらっしゃった。給与をもらえて勉強できて、大変に恵まれた環境で技術者としてスタートできた。
メンターはレオロジーの専門家で、HPの関数電卓で常微分方程式を解きゴム材料の動的粘弾性についてシミュレーションを行う器用な人であった。新入社員用のテーマ説明書には、電卓でシミュレーションされた物性データとその基になる考え方が10ページほどにまとめられていた。
1年かけてそのシミュレーションデータの挙動を示す材料を開発する、というのがテーマである。そして、その10ページに及ぶテーマ説明書は誰にも見せてはいけない、という。理由は課内会議のその年の1年分のネタだからだ。また特許出願も1年後に予定しているから、というのも理由の一つであった。
この仕事のやり方は極めてエレガントだと思った。単なるアクションプランだけではなく、アクションの結果まで予測しているのである。ここまで仕事が整理されていると、何か異常事態があったときに軌道修正をすぐにできる。
Oさん(メンター)と仕事をすると大変でしょう、と同情の言葉をかけてくれた人がいた。噂では、Oさんと一緒に仕事をやった人は皆やらされ感で仕事のやる気がなくなったそうである。当方は、1年間の仕事がここまで整理されているなら、これを半年でやり遂げたらどうなるか、ということを考えていた。あるいは1年先のデータを最初に出してしまったらどうなるか、ということも考えていた。
メンターは作業の一通りを指導してくれた。その後、ゴムの配合表と、サンプル5本を渡されて、自由にバンバリーとロール混練の練習をして、サンプルと同じゴムを作れるようになってから実験を行うように言われた。サンプルは、当時タイヤのビードフィラーに採用予定の最先端の樹脂補強ゴムであった。簡単な作業と思っていたら、サンプルと同じ物性を示すゴムを混練できるようになるまで1週間かかった。
1週間毎日同じ配合のゴムを混練し加硫、物性を評価する、という単純作業の繰り返しであった。実験室では諸先輩が実験装置の扱い方のコツをいろいろと教えてくださった。面白かったのは流派が2つほどあり、混練装置の扱い方が異なっていたことである。今から思えば、無駄な捨てる材料は多くなるが、メンターが指導してくれた中型の装置を使用してゴムの混練をする方法が近道であった。
同じ物性のゴムが得られたことをメンターに報告すると、実験室で誰のアドバイスが参考になったか、と質問された。Aさんだ、と正直に答えたら、今後分からないことがあったらAさんに聞くように、と実務のやり方までうまく教えてくれた。ホーレンソーの重要性が言われるが、誰に何を相談したら良いのか、早めに覚えることは、実務を効率良くこなすために大切なことである。上司に相談内容を報告することは常識だが、上司不在の時など仕事の相談を気軽にできる人が身近にいた方が便利である。
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昨日外部から調達していたコンパウンドで満足な製品ができなくて困っていたが、コンパウンドメーカーからは、親切にも成形技術に問題があると言われた体験を書いた。品質問題が起きると、コンパウンドメーカーは、成形技術のどこが悪いか、ということを親切に教えてくれる。そのかわり混練技術の問題を指摘しても素人には分からない、といなされる。
しかし製品化スケジュールに余裕が無かったので、成形技術の見直しを中断して、二軸混練機の中古機を導入し3ケ月間でコンパウンドから製品までの生産ラインを立ち上げた話を紹介したが、これは同じ事を実行しても異なる結果が出る、科学では許されないことであるが、技術ではしばしば生じる事例だ。
同じ二軸混練機を使用しているが、異なる品質あるいは異なる機能の樹脂ができる、科学的にあり得ないことが、技術ではその前後のわずかな方法や手順の違いで劇的な品質の差を創り出すことができる。技術を理解していないとわずかな方法や手順の違いの意味がわからず、すべて同じに見える。
科学を知っていても、細かいノウハウの科学的な意味を理解できていなければ多少の違いを見落とす。技術を知らない、と言う言葉はこのような場合に使われる。科学で解明されていない現象が多いプロセスでは技術のブラックボックス化が有効である。
技術者は、科学的な解明がされていない現象でも体系化された一つの方法として機能実現のために使いこなせなければならない。科学的に解明されていなければそれを実行できない、というのでは技術でイノベーションを起こすことなどできない単なる職人である。
科学的な理解ができていないのに、単なるノウハウとしてその方法を実行しているのなら、それこそ職人ではないか、といわれるかもしれないが、体系化された知識の無い職人にはイノベーションを起こせない。
機能実現の方法について体系化された知識を持っているからイノベーションを引き起こすことができ、そこが技術者と職人の違いである。機能実現の方法を知識として体系化するには、現代であれば体系化するための科学的知識が要求される。科学的知識をどれだけ持っているかどうかは、技術者と職人の分岐点である。
ゴムの混練ではロールを使用する。生産ラインではバンバリーで5分ほど混練し、その後ロール混練を行うが、バンバリーを使用せず、すべてロールでゴムの配合を仕上げることもできる。研究段階の試作はバンバリーを使用せず、すべてロールだけでゴムの配合を作り上げることがある。
職人は、長年の経験とカンで研究用のプロセスを組み立て、ロール温度や回転数、返しの方法など二本のロールで使用可能なあらゆる技から適した方法を選択するが、技術者はゴムの配合と分析データその他を見比べてプロセス条件を決める。
同一配合でも、しばしば職人が混練したゴムを用いた成形体の物性が良かったりする。科学的に説明ができない場合には、技術者が職人から「技」を学ぶ機会ができ、それが知識として整理され技術が伝承されてゆく。科学の知識が論文で伝承されるように、メーカーにおいて職人の「技」を知識として伝承するのは、技術者の責任である。
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科学的成果は普遍的真理の体系となるが、技術を同じような視点で表現するならば機能実現の方法論の体系と言ってもよいだろう。技術の普遍的方法論の一つであるタグチメソッドはロバストネスの高い機能を実現する方法の体系である。弊社の問題解決法は、機能実現で遭遇する問題解決のための方法論である。弊社の問題解決法は、人生の問題解決にも使用できるが、技術に使用すればアイデアが豊富に出てくる「技術のための問題解決法」である。
技術が機能実現の方法論の体系ならば、業界あるいは企業ごとに固有技術というものが存在してもよい。科学のように普遍的な技術も存在するが、固有技術は普遍的である必要は無い。その企業特有の技術でブラックボックス化されていれば、差別化技術となる。
混練技術は、技術というものを理解しやすい事例の一つである。例えばゴムの混練技術者の考え方と樹脂の混練技術者の考え方には共通しているところも存在しているが、基本的なところで異なっている。叱られるかもしれないが、ゴムの混練技術者は、混練物と成形体の機能との関係にかなり神経質であるが、樹脂の混練技術者には成形体の機能は成形技術と混練技術の総和であると考える甘さがある。
ゴムの混練技術者にも樹脂の混練技術者の言い分は理解できる。しかし、成形体の機能に問題が発生したときにゴムの混練技術者は自責の対応をとるが、樹脂の混練技術者は他責の対応をとる。コンパウンドユーザーの立場で面談した樹脂の混練技術者のすべてがそうであった。あまりの他責の考え方にあきれ、製品立ち上げの直前に、自分でコンパウンドのプラントを立ち上げたこともあった。
ゴム会社に勤務した経験では、材料開発者は自責の念が強かった。品質問題が発生すればまず自分たちの問題として対応していた。企業風土の影響もあるがゴム会社の場合には、混練技術と成形技術が一体となっている場合が多いからである。樹脂業界ではコンパウンドメーカーと成形メーカーは連携しない場合が多い。
またゴム材料技術の歴史を見るとバッチプロセスが前提で技術が進化してきたが、樹脂では連続式混練機が早い段階から使用されてきた。ゆえに樹脂の混練ではゴムの混練で見られるような多彩な技が入る余地が無かった。タイヤ業界の参入障壁が高いのはブラックボックス化された技術が多いことも一因である。
樹脂業界では二軸混練機を買ってくればいつでもコンパウンドを製造することができる。3ケ月で立ち上げたコンパウンドラインにはインターネットで見つけた中古機を使用したが、スクリューセグメントだけでなくペレタイザーまで中古機をそのまま使うことができた。さらにその中古機を使用したコンパウンドは外部から購入していたコンパウンドよりも品質が高く、後工程の成形技術を見直す必要なく、問題となっていた成形体の機能を容易に実現することができた。但し材料管理から生産、後工程の為の品質管理の一連の流れを組み立てる技術については、ゴム会社で体得したノウハウを用いたが―――。
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無溶媒で行う混練については、そこで発生している現象について不明点が多い。混練のシミュレーション技術も進歩しつつあるが、いまだ科学的シミュレーションと言えるレベルではない。混練中の二軸混練機の中を可視化した装置を用いて研究している現場を見学しても、何をやっているのか分からない状態である。2色の樹脂が混練されて単色になってゆくのは見ればわかる。しかしそれは想像していた様子と変わらず、それ以上の情報が得られない。
想像していた様子と同じであるから価値がある、と言われてみてもスクリュー形状が変わっても大きな変化が見られない実験ではシミュレーション結果との整合性を取ることができない。ロール混練で観察される現象に比較すると、お金がかかっている実験であるにもかかわらず得られる科学的情報が少ない。
混練を科学的に研究しようとすると実際に起きている現象をモデル化するところが難しい。それでも単純な系では科学的なデータが集まりつつある。しかし、まだ技術開発に大きく貢献した、といえる事例は少ない。これが低分子溶媒を用いた高分子の混合の世界になると科学的に体系化され、技術開発に役立てることが可能である。
例えばラテックスについては、その合成から2種以上のラテックスの混合まで科学的に実験が行われ実際の現象との整合性がとれる質の高いデータが公開されている。ラテックスの合成はミセル内で行われるが、その動力学的成果は四塩化スズの加水分解でゾルが生成し沈殿する系に応用したところ技術的実験データと相関したのには驚いた。
混練の世界で科学的データが参考になり技術開発に結びついた経験は1度しか無いが、ラテックスの分野では科学的成果に助けられた。約20年前にセラミックスの研究開発をあきらめなくてはならない状況になり、転職した会社でフィルムの表面処理技術を担当したときに科学的情報の多い分野だったので助かった。専門外の人間でも一ヶ月ほど科学的情報を中心に勉強すれば、技術者として新しい成果を出せるようになるのである。
高純度SiCの開発を行っていたときには科学と技術が同時進行していたような時代であったが、ラテックスを用いたフィルムの表面処理については、科学的に質の高いデータが多くすぐに新しいアイデアを考え出せる環境だった。おかげで転職した2ケ月後には新たな企画を提案でき、20年間に200件以上の特許を書くことができた。科学の成果は普遍的真理の体系であると実感した。
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