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2012.09/30 実験の目的

実験は、仮説を検証するために行う、とは、大学で研究の指導を受けているときに言われた言葉である。確かに仮説を検証するために実験を行えば、企業の研究開発業務でも効率があがる。

 

哲学者イムレ・ラカトシュ著「方法の擁護」には、科学的論理で完璧にできるのは否定証明だけである、と書かれている。興味を持ちましたのは、否定証明された科学的真実について、それを否定する事実が出現したらどうなるか、という点で、それは科学的にありえないことになるが、新発見として認められれば、否定証明に使われた論理のどこかが間違っていたか、前提条件が不足していたことになるので、そこから新たな科学の研究が始まる、すなわちイノベーションを起こすことができる。しかし、このような今までの科学が否定された現象が見つかった、というニュースをほとんど聞かない。科学が進歩し、自然現象の解明が進んだからだ、と説明されるかもしれないが、高分子物理の世界には、怪しい式が存在する。

 

イムレ・ラカトシュが言うように、否定証明だけが完璧な論理展開とするならば、仮説を検証するための実験についても2通りの実験計画が考えられる。一つは、仮説の正しさを確認するための実験と、仮説を否定するための実験である。通常の研究開発では、科学的成果を活用し開発速度を上げるために前者が採用され、仮説で見いだした因子の最適化を行い、製品化作業を進める。また、科学的成果から立案した仮説をわざわざ否定するような実験は、経験上から多くの場合失敗する、と考える。しかしイノベーションを期待できるのは後者の実験である。仮説を否定した実験が成功すれば、その仮説の基になった科学的成果は疑わしくなり、新たな可能性が展開する世界が開けてくる。

 

32年間の企業の研究開発において、仮説を否定する実験を3度成功させた。その最初の実験の成果が、高純度SiCの前駆体高分子の合成である。1980年の技術調査結果では、高純度SiCを合成するための原料として幾つか提案されていたが、珪素源と炭素源のいずれも高純度で経済的な原料の組み合わせ、あるいは高純度化を達成できる経済的なプロセスは存在しなかった。例えば珪素源としてポリエチルシリケートは、半導体原料にも用いられている経済的な高純度の珪素源であり、フェノール樹脂は、高純度炭素を製造するのに経済的な原料である。それゆえ、それぞれを珪素源もしくは炭素源として用いて、その他の珪素源あるいは炭素源とを組み合わせた発明が公開されていた。しかし、その他の珪素源や炭素源の純度が悪いために、合成されたSiCの純度を99.0%以上の高純度化に成功した発明は無かった。もし、この両者を組み合わせてSiCの前駆体に用いることができるならば、理論上100%純度のSiCが合成できるはずである。

 

ポリエチルシリケートとフェノール樹脂の組み合わせが存在しなかったのは、両者を混合すると相分離するからである。すなわちうまく混ぜることができないからである。これは、フローリー・ハギンズのχパラメーターの説明を読めば容易に説明がつく。簡単に申せば、異なる構造の高分子を安定に混ぜることができない、混ぜれば必ず相分離する、という理論が高分子物理の世界に存在する。この理論を知らなくとも、ポリエチルシリケートとフェノール樹脂を混ぜてみれば、白濁しすぐに2相に分離するので、この2種の組み合わせをあきらめることになる。ポリウレタンの合成経験を生かして、ポリエチルシリケートを低分子量のテトラエチルシリケート(TEOS)にしても改善されない。純度を犠牲にして界面活性剤あるいはコンパチビライザーを用いれば少し改善され、白濁した状態の混合物が得られ、それを加熱してゆくと、運が良ければうまく硬化するが、運が悪ければ発泡する。運が良かろうが悪かろうが得られた硬化物の構造を見ると数ミクロンのシリカ粒子が析出している。シリカゾルとフェノール樹脂の混合物はナノオーダーの構造なので、ポリエチルシリケートあるいはTEOSとフェノール樹脂の混合など実験を行う動機は生まれない。

 

しかしポリエチルシリケートとフェノール樹脂の均一混合を成功させたいと思った。それは、樹脂補強ゴムの開発を行っていたときに、高分子の相溶に疑問を持つような結果を体験し、フローリー・ハギンズの理論のあまりにも単純な仮説に疑問を持っていたからである。構造の異なる2種の高分子を分子レベルで混合し(相溶し)安定化する一つの手段は、構造の異なる2種の高分子を反応させる方法である。これをリアクティブ・ブレンドというが、反応でできた結合が安定であれば、混合後放置しても相分離しない。分子レベルで反応しているので、炭化すれば分子レベルのシリカと炭素が混合された前駆体ができる。この前駆体を用いれば、未反応の酸化珪素が残る可能性は無くなる。しかし、そのためにはフローリー・ハギンズの理論を否定する実験を行わなければならない。

 

このフローリー・ハギンズの理論を否定する実験は、無機材質研究所留学時代に行い、成功しましたが、この成功は、フローリー・ハギンズの理論を否定する新たな実験のアイデアを生み出し、定年退職前にカオス混合を簡便に行う混練装置の発明につながりました。カオス混合につきましては、「高分子材料のツボ」セミナー(クリックしてください)をご覧ください。

 

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カテゴリー : 高分子

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