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2013.04/08 PENフィルムの巻き癖(1)

いまや写真はデジタルカメラで撮影するのでフィルムをほとんど見かけなくなった。またAPSフィルムなど入手がかなり困難になったばかりでなく、APSというフィルム規格など忘れ去られたかもしれない。このAPSフィルムというのはデジタルカメラ普及前のアナログ技術のささやかな抵抗だったような気がする。一般的に使用されていた135フィルム(35mm幅のパトローネ入り写真フィルム)の24x36mmの規格に対し16.7×30.2mmと画像面積がやや狭い規格である。イースタマンコダックが提唱し富士フィルム、キャノン、ミノルタ、ニコンの5社で作り上げた規格である。

 

残念ながらコニカはこの中に入れてもらえなかった。ビジネスとは厳しい世界である。ただ、この規格は写真愛好家から見れば普及する見込みの無い規格に思われた。当時銀塩フィルムの技術が進歩して画像面積を小さくしてもA4レベルの引き延ばし程度ならば差が分からない、ということでイーストマンコダックと富士フィルムがカメラメーカーを巻き込んで普及させようとした規格である。小さくなっても135フィルムと価格差は無いので付加価値をあげることができるメーカーサイドの考え方である。

 

いろいろユーザーメリットが書き立てられていたが、写真愛好家の立場に立てば普及しそうに無い商品である。同じ解像度の技術で面積を小さくしているのだから画像品質は135フィルムよりも悪くなる。規格が登場当時には無視していてもよい商品、と思っていたが、上位2社のフィルム会社が品揃えしているので売れないと分かっていても商品開発をしなければならなかった。画質を愛好するお客様にメリットの無い商品と不満を持ちつつ技術開発を担当した。

 

APSフィルムにはPENという高価なエンジニアリングプラスチックが使用された。135フィルムと同じようにTACでも良さそうに思えたが、巻き癖の問題がありPENが採用された。135フィルムは現像処理後、帯状の状態でお客様の手元に戻るが、APSフィルムではカートリッジの中に巻き込んだままお客様にお返しする。ネガの保存に場所をとらない長所がある、と言われていたが、それほどのアイデアには思われない。巻き込んだまま保管されるので巻き癖がつきやすいTACを使用することができなくてPENが採用され、PENフィルムの物性が規格にもなっていた。

 

20年近く前に標準化を武器に戦う手法が盛んになりつつあったが、このAPSも写真フィルム上位2社が規格を武器に下位2社から特許料を吸い上げる戦法で、お客様のため、と言うよりも企業の論理が強かった。弱肉強食のためならお客様メリットが二の次になる、そんな傲慢な技術に見えた。当然このような規格はすぐに売れなくなったが、それでも商品を揃えなければ写真フィルム会社の面目が立たない、ということで少しでも特許を回避できる技術を開発することが技術者の重要課題となった。

 

PENフィルムの巻き癖解消技術については、富士フィルムの技術が学会賞まで受賞し、技術として完成されていて特許回避が難しい、と言われていた。学会賞では科学的にフィルムの巻き癖という問題を解明しており、それを解消するために10時間以上かかる長時間アニールという技術を完成したとある。ただし長時間アニール技術は元巻き状態で保管時に実施するのでコストに影響しない、といわれていたが、いささか技術としてセンスが悪いように感じた。

 

フィルム技術であれば、ロールtoロールで元巻きに巻かれたときには製品としてできあがっている状態が好ましい。ライバルよりセンスの良い技術を開発しようと意気込んでいたら、フィルムの損失係数を規定した特許が出てきた。物質特許なので知財部から、この特許回避はできないでしょう、と言われたが、科学的には不可能だが技術で回避する、と今から思えば若さから大胆な回答をした、と少し反省している。しかし幸運なことに回避できた。努力は成功を信じて必死でしてみるものである。

<明日に続く>

 

 

カテゴリー : 電気/電子材料 高分子

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