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2015.11/23 酸化スズと技術者(3)

転職した当時に、新素材として酸化スズゾルという商品が多木化学から販売されていた。それは、四塩化スズの加水分解で製造された酸化スズをアンモニアに分散したゾルの水溶液で、特公昭35-6616の実施例に書かれた酸化スズゾルと同等の材料だった。
 
この材料については、ライバル特許に抵触しない可能性のある材料という理由で、十分な検討が社内でなされ、科学的な研究レポートが数報書かれていた。そしてそれらの最終レポートでは、この商品の酸化スズは絶縁体に近い、と結論されていた。
 
特公昭35-6616の実施例が正しいと信じて、この実施例の結果をシミュレーションしたところ、酸化スズゾルは帯電防止剤として十分な性能がある、と推定された。ところが、高分子にこの材料を分散した時に、パーコレーション転移が起きない場合には、十分な導電性が発現しないことがわかった。
 
すなわちシミュレーションの結果から、酸化スズに導電性が無いのではなく、適切な実験条件が選択されない場合には、パーコレーション転移が起きないので、あたかも絶縁体のような振る舞いになる。ただし、これは計算機上の結果であり、これを実証できる現物がなければ、この技術を用いた新たな商品化企画を周囲は受け入れない。
 
なぜなら、酸化スズを用いる帯電防止層は、すでに社内で検討済みという結論が出ている仕事なので、実際に現物で再現できることを示さない限り、周囲の同意が得られないだけでなく、提案の仕方を間違えると反発を招く可能性がある。
 
これは、ゴム会社で電気粘性流体の耐久性問題を解決した状況と類似で、進め方を間違えてFDを壊される(注)ようなひどい目にあった経験をマネジメントに活かすことができた。さらに、何もドープされていない酸化スズが本当に導電性を持つのか、という科学的疑問も個人的にあった。
 
個人的な興味という理由は、無機材質研究所から、高純度酸化スズ単結晶は絶縁体である、という論文がすでに公開されていたから非晶質でどうなるのか興味があったからである。ただ非晶質でも絶縁体であるかどうかは、科学的に証明されていない性質であった。
 
(注)ゴムから溶出する物質で電気粘性流体が増粘するという問題を一年かけて検討した結果、界面活性剤では問題解決できない、という科学的な証明が他の研究者から出されていたが、たった3日でその方法を用いて技術により問題を解決した。「できる」という実験結果が、「できない」という多くの実験結果で否定されたSTAP細胞の騒動では、一流の研究者が自殺するというショッキングな事件(注2)や、ES細胞の盗難疑惑を明らかにしようと警察へ刑事事件として告発する動きまで現れている。研究者で構成された社会では、時として信じられない事件が起きるケースがあるので、細心の注意のマネジメントが要求される。理研の環境やあの時の状況が特別なのではなく、一般企業の研究所でも、マネジメントに配慮しなければ、いじめなどの子供社会で起きるような事件が発生する可能性がある。被害者は事件が放置されると孤立感が進み恐怖感に変わってゆくものであり、マネジメントではメンタル面のケアが重要になるが、管理職にその知識が欠如している場合が多い。弊社では、研究所の健全な風土醸成のノウハウ提供も行っています。
(注2)STAP細胞の存在は未だに科学的にその存在が証明されていない。特定の条件で作ることができない、と科学的に証明されただけである。なぜSTAP現象が人間の細胞で起きないのか、という問いに対して科学的な解が出されない限り、できる可能性が残っている。この分野の素人でも理解できる状況で、一流の研究者は、否定証明の嵐の中で板挟みになったのだろう。誰かが他の組織を示してあげる必要があった。管理者は孤独なものだが、知識労働者は管理職でなくても孤独にさらされる。上位職者の役割は、孤立している当事者を改めて組織で機能できるように道筋を示してやることである。研究者は組織を失えば自己実現も貢献もできなくなる大変脆弱な職業である。組織(コミュニティー)が無くなれば、その職業をやめなければならない。
  

カテゴリー : 一般 電気/電子材料 高分子

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