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2015.12/14 9-3÷1/3+1

一流企業の技術者の4割が、9-3÷1/3+1という問題に解答できなかった、とネットで話題になっている。2015年度に1部上場の製造業9社に在籍する、主に20代の技術者1226人を対象に実施されたテストの結果から基礎学力の低下を嘆く意見である。
 

企業の技術者の基礎学力低下は、今明らかになった問題ではない。昔から基礎学力の低い人はいた。それが、ゆとり教育世代では多くなって目立ち始めただけだ。しかし、基礎学力が低いから企業で役立たないのかと言うと、サラリーマン技術者の場合には、それでも運が良ければ、出世ができてしまう。
 

また逆に出世した時に専門の学力も含め高すぎると管理職どまりどころか出世そのものができない会社もある。メーカーと言えども基礎学力だけが重視されているのではないのだ。すなわち、その他の能力で会社に貢献できるし、日本の会社では、マージャンやゴルフにつきあう能力を重視したりするところもある。
 
今回の騒ぎの対象である一流企業の技術者は、恐らく偏差値は50以上の大学出身者と思われるので、その他の能力は平均以上備えているはずだ。だから実務をこなすには不自由しない能力を発揮できるので、一流企業では仕事ができるし、運が良ければ役員にもなれる。
 
ゴム会社に入社して、いわゆる基礎学力の低い上司と3年間仕事をした。例えばグラフの書き方の基本を身に着けていないので、グラフを見ただけではその意味を理解できず、必ず部下に説明を聞く。部下に説明を聞いて理解できたのかと言うと、グラフそのものの理解はできてなくて、グラフが表現した結果を理解しているだけだった。このことに気がついたのは、ある経営会議に同席させられた時だ(そもそも入社1年程度の若僧が出席するような場所ではなかったが)。
 
その会議では、うまくプレゼンテーションが終了したので問題はおきなかったのだが、会議終了後、資料に書かれた一次回帰直線が上司から資料の問題点として指摘された。すなわち、なぜこのような余分な直線をグラフに描いたのだ、と質問されたのだ。
 
実験データの一次回帰式から推定値を求めたので、グラフにその回帰式に相当する直線を書き入れたのだが、主任研究員の上司は、そもそも一次回帰式というものを理解されていなかったのだ。(会議の前に説明していたのでご理解頂けていると思っていた。しかし、コンピューターが無かった時代には、一次回帰式を求めるのは大変なので、知らない人は多かったのかもしれない)
 
しかし、プレゼンテーションでは、ご自分で説明していて、グラフに書かれた一次回帰直線が気になってしょうがなかったそうだ。横でプレゼンテーションを聞いていた当方は、推定値のことを、実験で得られたグラフからこの結果となり、と説明されていたので、当然理解されていると思っていた。
 
会議後、事前のデータの説明が不十分だと、本当は苦情を言いたかったのかもしれないが、当方が簡単にデータ群の一次回帰直線です、と答えてしまったので、一次回帰とはなんだ、という話の展開になり、挙句の果ては、統計の説明に始まり、会議が終わったにもかかわらず会議前の説明までやり直すことになった。
 
この時の体験は、内容を理解していなくてもプレゼンテーションをそつなくこなす、すごい能力の上司というリスペクトした思い出として記憶にあったが、本当は、基礎学力が低くても大企業で主任研究員程度が務まる、という事例なのかもしれない、とニュースの記事を読んで新入社員の能力の心配よりも、メーカーの人材育成や人事評価システムが心配になってきた。
 
この上司については、ある日の酒の席で、新入社員時代から優秀な部下に恵まれた人だった、という噂が聞こえてきた。当方が入社する20年ほど前の時代は、大卒者に工業高卒の人材が部下としてつけられていたそうだ。
 
ただ、ご自分の知識不足の領域をすぐに耳学問で補おうとする姿勢は随所で見られ、この姿勢が上司の基礎学力不足を補強していたのだろうと、改めて敬服した。基礎学力不足を嘆くよりも、「聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥」、という格言を指導することこそ必要だろう。もう、新入社員は社会に出てしまっているのである。
 
基礎学力が低いからと言って嘆く必要はなく、そのような人材でも活用し育成できる組織こそ必要である。そして常にイノベーションを引き起こすことが可能な組織化能力こそマネジメントに要求されている。基礎学力の低い上司だったが、その組織から今でもゴム会社で事業が継続されている半導体用高純度SiCの技術が生まれている。当時様々な新規事業の提案がなされたが、この上司の組織で生まれた技術だけが唯一生き残っている。

 

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