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2018.11/22 道具の使い方が分からなくなる

早朝のNHKの放送で紹介していたが、老化すると道具の使い方が分からなくなる「失行症」という症状を発症する人がいるそうだ。当方は逆に道具のいろいろな使い方のアイデアが出てきて特許を調べる時間が増え困っているが、おかげで特許の検索スピードだけは若い時よりも退職後向上した。

 

公開されている検索システムは慣れないと使いにくく、サラリーマン時代はあまり使わず、会社の検索システムを主に使っていた。あの無料の検索システムは誰が設計したのか知らないが、検索システムとして機能が貧弱だ。

 

ところでNHKの放送による失行症の説明では、人間が道具をどのように認識しているかの説明をしていた。それによると、目の前の道具を人間が見つけたときにまず目の前の「道具の使われ方シミュレーション」を行うという。

 

その後、手に取って道具を使おうとして、そのシミュレーション結果と照合し、使えるようになるという。失行症では「道具の使われ方シミュレーション」ができなくて、必要な道具を選べなくなるそうだ。

 

ただし、この失行症は脳の一部が老化してきたためにおきているので、リハビリによりそれが回復する。この失行症がリハビリで治る様子を実際の患者だったAさんの記録映像で説明していたのだが、それを見ていて、人が現象から新しい機能を見出す能力を高めるためにどのような訓練をすればよいのか思いついた。

 

そもそも中間転写ベルトの開発において、どのようにしてカオス混合装置を発明できたのか、その過程をすべて論理的に説明できていなかったが、目の前にある押出機を混練機の代わりに使う、という発想が最初であった。

 

なぜそのようなことを考えたのか不思議だったのだが、この失行症の説明で理解できた。すなわち技術者は目の前の現象、これは人工の現象であっても自然現象であっても何でもよいが、そこに新しい機能を見出した時に、その新しい機能を繰り返し再現できるシステムを無意識に工夫するのだ。

 

その後必要に応じて、目の前の現象を解析あるいは分析するのだが、この時今様であれば科学を道具として使うことが推奨されるが、ガリレオでさえ我流で解析していた。経験知があればわざわざ科学を用いなくても自由に目の前で見ている機能を動かせばよい。科学という束縛が無い分、良く動く。

 

また、解析さえしなくても妄想のごとく自然現象を見て心躍る想像をしてその機能が動作する様子を思い浮かべることもできる。これは、ファーガソンの言うところの「心眼」である。

 

昔授業中に冗談で、優秀な学者にはスケベが多い、と自己弁護されていた何事にも好奇心が強い大学教授がおられたが、失行症のメカニズムを知りこの迷言にいまさら納得した。学者にその傾向の人が多いのかどうかは知らないが、分野を問わず想像力が強くなれば、現象から新たな機能を取り出せる能力も高まってゆくだろう。

 

この能力を鍛える一つの方法に芸術による訓練がある。特に訓練を意識したことが無いが、当方は子供のころから絵画や彫刻が好きで、展覧会があると父親に愛知県美術館へよく連れて行ってもらった。

 

ゴム会社には創業者のコレクションが解放された美術館があり、これは就職先を決める動機の一つになった。あいにく当方には才能が無いのでせいぜいカメラがその表現のための道具だが芸術家の作品を見て感動が湧き上がるのも失行症の説明からうなづける。

 

70歳を過ぎたゲーテは18歳の少女に心奪われ「野ばら」に匹敵する詩を書いたと言われている。実績を上げた経営者が金に目を奪われ罪を犯すのに比べれば建設的だが、世間が許さない点は同じである。

 

しかし芸術家の作品から彼が見ていた世界を想像して感動するのは周囲にはばかる必要はない。もう芸術の秋は終わり冬になるが、まだゆっくりと作品を見て歩いていても今年は気持ちのよい季節である。

 

 

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