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2018.12/09 技術開発経験談(5)

指導社員はダッシュポットとバネのモデルを駆使したシミュレーションから樹脂補強ゴムを用いたエンジンマウントを発明した。当時知られていたフローリー・ハギンズ理論から、配合で用いられる樹脂とゴムのΧは0であるべき、とも考察したが、実験で用いる樹脂については、ΧではなくSP値を求めるように指示されていた。

 

SP値の求め方についても分子構造から計算で求める方法が知られていたにも関わらず、必ず溶媒を用いて調べるように教えられた。計算値の信頼度が低いためだった。フローリー・ハギンズ理論をそのまま実務で活用できない問題について40年前から技術者は知っていた。

 

3カ月間で収集された樹脂のSP値やその他のパラメーターと測定された加硫ゴムの力学物性、そして電子顕微鏡で観察された高次構造から、シミュレーション結果に相当する物性を設計するためには、樹脂が海でゴムが島となる高次構造を形成できる配合でなければいけないことや、この構造をとった材料について、樹脂の結晶化度がダッシュポットとバネのモデルにおけるバネ定数を支配していることがわかった。

 

興味深かったのは、最適に配合された時、樹脂の配合量が少なくても海島構造の海を樹脂が形成していることや、Χは0にならなくてもこのような相分離現象を示したこと、そしてプロセスもこの高次構造形成に影響していたことだ。

 

わずか3ケ月間の実験であったが、大半を今で言うところの過重労働で行ったので、一年分の業務量に相当するデータと成果が得られた。指導社員の優れた実験計画と毎日の考察のおかげで、業務効率が指数関数的に加速していっただけでなく、業務の理解が進むにつれスキルも上がり、仕事の楽しさが倍増していった。

 

過重労働の問題は解決されなければいけないが、労働者が自主的に過重労働をする場合をどのように指導するのかは当方の経験から難しい問題だと思う。知識やスキルを習得する方法としてこのような自ら率先して行う過重労働方式が効果を上げる場合がある。

 

また過重労働を肯定するわけではないが、長い人生の一コマとしてこの時の過重労働を楽しく思い出すことができるだけでなく、セラミックスが専門だった当方の知識とスキルを広げるために重要な3ケ月間だった。

 

理解ある指導社員のおかげで集中して仕事ができて、興味深いテーマについて深く理解が進むとともに0であった高分子物理の知識が教科書や当時の論文をしのぐレベルまで高まってゆく錯覚があった。健康は何にもまして重要である。健康だったからこそ、睡眠が4時間に満たなくても2ケ月以上頑張ることができた。

 

そしていつの間にか睡眠学習になることもあった毎朝の座学とそれに連動した実験で全くの無知の状態から当時の先端の高分子物理の知識を習得できたことを考えると当時の過重労働を批判する気持ちになれない。

 

また、長い人生でこの時の過重労働以外で知識とスキルを一気に高める機会が無かったので、残業代0であっても会社には感謝している。精神や肉体を害する過重労働はあってはならないが、自己啓発の場を労働時間に組み込む時に「労働」に対する考え方をどうするのかは、特に技術者を育成するときに難しい問題となる。

 

 

 

 

カテゴリー : 高分子

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