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2020.06/01 ポストコロナ禍(2)

中国武漢の騒動は、昨年末突然現れた。しかし、ウィルスの問題については、ダスティンホフマンの映画を持ち出すまでもなく、起こりうることなのだ。

 

セラミックスフィーバーが社会現象として起きて、社長方針まで出されても従業員は他人事のようにしていたが、世界5位の会社が3位の会社を買収し、1位を目指すとなった時に、社内は大変な騒ぎになった。

 

内部留保は0となり、本当に会社は大丈夫だろうか、という心配をしなければいけない状態になった。追い出し部屋ができ、すさまじいリストラが進められてゆく。そして社長方針の事業を推進していた当方のFDを壊されるような事件が起きる。

 

サラリーマン時代に尋常ではない体験をしていると、今回のコロナ禍がどのように社会を変えてゆくのか不明でも、それなりの覚悟はすでにできている。

 

実は、環境の変化に対して、恐怖感を持つよりもそこに希望を見出すような生き方をした方が、精神衛生上よいことは多くの人は分かっていても、環境変化を受け入れる段階で挫けてしまうものだ。

 

当方も左遷された時にそれを変化として受け入れることがなかなかできなくて、挫折しそうになった経験がある。ギブソンES335を衝動買いしたのは、何とかそれで自分を支えようとした行動だった。

 

よく成功体験の重要性を言われるが、成功体験をしていてもそれを思い出せないほど挫折した時にどう対処したらよいのか。当方は、ギターの練習をしながらただひたすら学生時代を思い出した。

 

おそらくポストコロナ禍の社会変化は大きいだろうが、人間は生きてゆかなければいけない。もしそうならば、そこに希望を見出せるように、過去の人生経験から今を見つめなおしてみるのは良い方法と思っている。

 

その時成功体験があろうがなかろうが、楽しかった思い出の一つや二つぐらいは誰でもあると思う。その思い出を今一度実現するにはどうしたらよいのか考えるのは、ポストコロナ禍を考えるときのヒントになる。

 

小さなことでもよい。何か一つ変化した環境の中で再現するための方法を考え出すことができれば、それをほかのことにも応用してゆけばよい。過去の楽しい経験の再現であれば、それは立派な希望である。

カテゴリー : 一般

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