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2022.04/19 防振ゴムの思い出

人生の思い出と問われて夫婦の出会いの感動や我が子の誕生を答える日本人は過去において少なかったが、最近のTVのインタビューでは増えてきた。ワークライフバランスの影響かもしれない。


当方はゴム会社における新事業立ち上げ時に同僚に妨害された思い出がトラウマとなるぐらいに強烈に残っている。また、転職後も業務引継ぎのために転職先の業務終了後1年尽力したにもかかわらず、「もうゴム会社へ来るな」という内容の手紙まで頂いたので散々な思い出である。


手紙は理不尽な扱いを受けた証拠として保管してある。このほかにもこの思い出には幾つか証拠を保管している。転職条件としてセラミックスのキャリアを捨てるように言われ、とにかく技術者生命を賭けた壮絶な思い出となった。


その事業は30年近くゴム会社で継続後、愛知県のセラミックス企業へ売却されたのだが、当方への妨害は企業内部で隠蔽化され写真会社へ転職している。


この新事業立ち上げ業務時における転職の出来事は精神的に辛かったが、エンジンマウント用樹脂補強ゴムの開発は、天才的な指導社員との出会いや、ゴム会社で初めて担当した研究テーマという理由だけでなく、その成果が実用化されたこともあり、これとは対照的な楽しい思い出である。


ところがこの仕事の成果が原因で、転職のきっかけとなった電気粘性流体を担当しているのだから皮肉である。電気粘性流体とは、電気のONとOFFにより、流体から固体までそのレオロジーを制御できる流体である。


電気粘性流体の開発は、故服部社長の時代に電池とメカトロニクス、ファインセラミックスを新事業の3本の柱とする方針が出されたときにスタートしている。すなわち当方が前駆体高分子を用いる高純度SiCの企画を提案した時と同時期である。


高純度SiCの事業は社長承認を経て住友金属工業とのJVとして起業されたが、電気粘性流体はその耐久性について問題解決できず、基礎研究段階にとどまり研究所内で風前の灯状態だった。


ところがファイアーストーン社の買収でシナジーを期待できるとして、耐久性について大型研究プロジェクトが実施された。そこでは、界面活性剤では問題解決できないという否定証明の研究が推進され、添加剤が入っていない電気粘性流体のケースとなるゴムを開発する、という企画が新たに提案された。


ゴムについて少しご存知の方ならば、これがいかに馬鹿げたテーマであり、実現できない企画であることをすぐにご理解いただけると思う。


しかし新しくリーダーとなった研究開発本部長はこのテーマを認めただけでなく、この企画のもとになった否定証明の報告書を科学の研究として秀逸である、とほめあげたのである。そして、研究所内でゴムに詳しい研究者として小生を指名した。


そこで指名された当方は、添加剤の何も入っていないゴムなど実用性は無いから1週間考える時間を欲しい、と申し出て、一晩徹夜して電気粘性流体の耐久性問題を解決している。


そもそも当方に白羽の矢が立った理由は、ゴム会社の研究所でありながら、ゴムについて詳しい研究者が当方以外にいなかっただけでなく、材料の耐久性問題について否定証明を推進するようなレベルまで研究者の技術力が落ちていたからである。


当方にとって不運だったのは本部長がかつて防振ゴムなども担当しており、樹脂補強ゴムの成果をご存じだったことだ。運が悪いと諦めた当方は、電気粘性流体の耐久性問題を解決しただけでなく、実用的な電気粘性流体用3種の粉体を開発している。そして一気に実用的な電気粘性流体を完成させた。


この電気粘性流体はアクティブサスやアクティブエンジンマウントなどに採用されそれらデバイスが試作されたのだが、コストの問題があり、当方が転職して数年間事業として行われたこのテーマは消滅している。


ゴム会社では自ら企画した高純度SiCを用いた半導体治工具事業の業務が職歴として長く、これで学位も取得している(注)が、防振ゴム材料の研究開発で技術者としてスタートし、最後は電子制御の防振ゴムに用いる電気粘性流体が最後の仕事となったのは皮肉である。


高純度SiCの研究については学位としてまとめたが、ゴム技術者としてのまとめは、2年ほど前にゴムタイムズ社から混練の書籍を出版している。弊社にご注文いただければ送料消費税サービスで4800円お振込みいただきますと郵送いたします。学位論文は100冊印刷したものが売り切れましたが、雑誌「材料技術」に2か月間の連載で20年ほど前に発表されました。ご興味のあるかたはお問い合わせください。


(注)音と振動の研究者だった本部長は、経営の視点で研究所を運営していなかったが、このリーダーの前任者は、優れた研究所経営を行っている。その結果、住友金属工業とのJVとして高純度SiCの事業を立ち上げることができ、さらには当方の学位にもつながり、人材育成と事業立ち上げという経営者として理想のマネジメントを行っていたが、厳しく事業を求められたので研究所メンバーには評判が悪かった。しかしリーダー交代後、研究所から30年続くような事業が誕生していないことから、研究所リーダーのマネジメントには事業を意識した厳しさが求められるのだろうと思う。ドラッカーも「それが何になるか、常に考えろ」と述べている。とかく研究所に所属していると、研究のための研究を研究者はしがちである。電気粘性流体の否定証明はその典型例である。面白いのは「科学的にできない」と証明されたにもかかわらず、機能を技術で実現できたことである。科学と技術は異なる行為なのである。

カテゴリー : 一般 高分子

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