2026.05/18 AIエージェント(2)
当方の学生時代に推論を中心にした第一次AIブームがアメリカで起き、逆向きの推論の重要性が議論されていた。コーリーは、有機合成デザインの方法論としてこの成果を用いて、「逆合成」という考え方を発表している。
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大学二年生の時に受講した伊藤健児先生の授業でこれを学んだのだが、衝撃的な講義だった。もっと学びたく思い、第一次AIブームについて図書室で勉強している。
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日本では大きな話題にならなかったこのブームであるが、情報工学の重要性が叫ばれて、情報工学科設立ブームが当時の日本で始まっている。すなわち、AIブームが刺激となってAI工学科ができたのではなく情報工学科設立ブームとなったのである。
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その結果、第二次AIブームが起きた1980年代は、アメリカで多層パーセプトロンの理論確立や第一次AIブームの成果となるエキスパートシステム「知識ベース型AI」が産業に応用されているときに、日本で頓珍漢なコンピューターに関する国家プロジェクトが生まれている。
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余談だが、第一次AIブームより前にソビエトで生まれたTRIZも知識ベース型AIと見なすことができる。いずれも今実装が急激に進んでいるパラダイムと異なるAIである。生成系AIを生み出した第三次AIブームではアメリカにおいて科学ではありえない大きなパラダイム変換が起きていたのだ。
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その前に起きた第二次AIブームの日本では第五世代コンピュータープロジェクトが国研として推進されているのだが、アメリカで起きつつあるこのようなパラダイム変化に注目していなかったので、アメリカのコンピューターに対する考え方と大きく異なる内容のプロジェクトとなった。
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この大失敗は、当時の日本が科学こそ唯一の問題解決法と硬直した考え方に囚われていたことと関係しているのではないか、と思っている。
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たまたま、ホスファゼン変性ポリウレタンフォームの工場試作成功で始末書を命じられ、図書室に籠っていて、アメリカで生まれたばかりのオブジェクト指向の議論に接した経験からそのように評価している。
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日本では、雑誌「アスキー」やコンピューター雑誌で1980年代中ごろにオブジェクト指向が話題となり、特集が毎年組まれたりしているが、その数年前のアメリカではSmalltalkが生まれた。ソフトウェアの進歩に日本とアメリカにおいて大きな時差があった。
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東京工業試験所(当時)からゴム会社へ転職し役員となっていた研究開発本部長は、科学の研究指導者として優れていたかもしれないが、アメリカとのこのようなソフトウェア時差をご存知なかった。
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もっとも、日本のコンピューター関係の研究者さえ、第一次AIブームで右往左往し、第二次AIブームでは第五世代コンピュータープロジェクトを推進していたのだから、高分子化学の専門家である本部長が科学以外の問題解決法として生まれたオブジェクト指向をご存知なくても仕方がない。
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当方も化学技術者を職業として目指していたので、日本で情報工学科設立ブームがあっても興味は無かった。しかし、何を書いたら良いのか不明の始末書を書けと言われ、科学的に答えを出すのは難しいので、日本ではまだ注目されていなかったアメリカで生まれたばかりのオブジェクト指向に飛びついた。
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そして、上司の主任研究員に始末書をどのように書いたら良いのかという説明から始めるために、オブジェクト指向の論文を持ち出して説明したのである。なぜか、これが主任研究員のツボにはまった。
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初期の昭和歌謡としてスーダラ節は有名で、同時に上を向いて歩こうも大ヒットしている。主任研究員は、上を向いて仕事をしていたヒラメであり、本部長に認められる始末書を書きたいと思っていたようだ。
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毎日、本部長が納得するかね、というのが口癖だった。始末書を当方と打ち合わせているときにも、本部長が納得するかね、という言葉が出た。
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新入社員の当方に言われても答えるのに難しい問いかけである。ソリューションを導き出す先端のオブジェクト指向であれば大丈夫、と今から思い出すと訳の分からないことを回答している。
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<参考>
来週25日(月)に技術情報協会で開催される高分子の難燃化技術に関するセミナーでは、この時開発されたホスファゼン変性ポリウレタンフォームの燃焼時のふるまいを基に考案した新規ノンハロゲン難燃化手法の説明とともに、オブジェクト指向はじめデータサイエンスについて分かり易く簡単に解説する。詳細は弊社へ問い合わせていただきたい。割引サービスがあります。
カテゴリー : 一般
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