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2021.06/17 高分子の劣化と環境問題

2015年にストローが鼻に刺さった亀の紹介があり、脱プラスチックが騒がれるようになった。また、プラスチックが完全に分解されず、マイクロプラスチックとなり、人間の体内から見つかるとますますプラスチックごみの問題に対して厳しい意見が出てくる。

20年ほど前に環境関連の法律が多数施行された。当時環境問題の対策として生分解ポリマーがもてはやされた。しかし、マイクロプラスチックスで進行する海洋汚染が報告されて、この生分解ポリマーに対して環境問題の解決策となるのか疑問符がつくようになった。

また、エジプトのミイラにまかれたセルロースがその原形をとどめているのを目にすると、現実の高分子の劣化速度が実験室のそれよりも長いことが想像される。

かつて、高分子の劣化が学会で議論されていたが、その一つに紫外線照射で高分子が分解し劣化する問題があった。この時は高分子材料を利用する視点で研究されていたので耐久性を向上させる各種添加剤が検討されている。

この添加剤の中には有害なものも存在するということで、今その見直しが行われており、添加剤メーカーにとってプラゴミ問題はビジネスチャンスとなっている。ところがこの問題について海洋汚染の研究が進むにつれ他の現象が見つかって、その解決は一筋縄でいかないことが見えてきた。

脱プラスチックが叫ばれるようになったのは、海洋汚染の実態がひき金だが、このやや過激なフレーズは科学の現状を考えると一つの正解を示している、と言わざるを得ない。

科学の視点では、すなわちプラごみ問題を科学的に解析してゆくと、脱プラスチックが正解となるのだろうけれど、我々の身の周りを見ると今更脱プラスチックなど不可能である。

しかし、ここで絶望的になる必要は無い。本欄で書き続けてきているように、科学は一つの現象の見方であり、科学の視点で難しくても、他の視点でみれば解決策があるかもしれないのだ。

それはこれまで技術開発されてきた製品について科学で100%リベールされていないことからもご理解いただけると思う。すなわち技術開発では、科学で解決策が無くても何とかしてきた歴史がある。

高分子の劣化について、これまで科学的に解析され、その対策のために添加剤が開発されてきたことを先に述べたが、その添加剤が用いられていても海洋ゴミでは高分子が太陽光で分解され、二酸化炭素を発生し、マイクロプラスチックスになって漂っている。

この現象について詳細を省略するが、これまでの高分子の劣化と崩壊に関する科学の研究について見直しをしなければいけないのではないかと考えている。海洋汚染の問題を考えていると、これまでの高分子劣化研究がタコつぼの奥にこびりついた水垢を調べていたような印象を受ける。

ちなみに学生時代から当方は学会活動をしていたが、就職して初めての学会活動は、始末書を書く、書かないでもめていた時に、その上司から頼まれて発表した「高分子の崩壊と安定化研究会」である。

ポリウレタンの熱分解について当方の研究成果を発表したのだが、新入社員の始末書問題では、このことも考え合わせるとなぜ成果を出した当方が書かなければいけなかったのか理解不能(注)。ちなみにポリウレタンの熱分解研究は上司に指示されたテーマではなく、難燃化技術を開発していた過程で疑問が出てきてその解決のためにサービス残業して行っている。

入社し2年経っていないという理由で残業代をつけることができなかった。それゆえ、サービス残業ではない、という説明を上司から受けたり、「趣味で仕事をするな」と言われながら研究を進めた思い出がある。

環境問題は暗いテーマであるにもかかわらず、地球規模の問題でスケールが大きすぎて考えていても落ち込まない。一方、FD問題やこの始末書問題は、それに比較すると小さい問題であるにもかかわらず、トラウマとなっているので暗くなる。部下を指導される立場の方は、その部下の老後も考えてやってほしい。

(注)「世界初の新技術を開発してほしい」という希望も製造部門から出されていた、と伺っている。そこで張り切って、当時の新素材ホスファゼンのプレポリマーを新規開発し、工場試作の成功を実現している。この試作の交渉を新入社員ができるわけではなく、また試作は製造部門も参加していたので両部門合意が取れていたはずである。そもそも失敗したわけではないのに、市販されていない素材を使ってすぐに事業展開ができないという理由で、新入社員に始末書を書け、と言う命令は、未だに理解できない。今でいうところのパワハラに負けて始末書を書いているが、始末書に燃焼時の熱でガラスを生成しポリマーを難燃化する企画を添付できて、それを実用化できた一連の出来事を同期に話しても笑い話になってしまうのがつらい。実話である。今以上に当時はパワハラが横行していたが、日本中の新入社員もパワーにあふれていた時代である。

カテゴリー : 一般 高分子

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2021.06/16 脱プラスチックは可能か?

ストローが鼻に刺さったウミガメや太平洋ゴミベルトの話題で環境問題は新たなステージになった。そのとたんに脱プラスチックスの大合唱である。

このような現象は当方の若い時にも経験があり、「脱」の字が週刊誌の紙面を踊ったが、篠山紀信氏の海に半分浮かんだ山口百恵の水着写真が出て沈静化し、その後人気が上り坂の段階で彼女は突然の引退である。

「脱–」というタイトルは刺激的であるが、少し想像力を働かせれば不可能な対象に対して用いるべきではない。期待だけ膨らませておいて何も実現せず、みかけの解決案で満足し、本質的な問題解決に至らない。

脱プラスチックと言う前に脱石油のほうが本質に近くなる。しかし、この脱石油も身の周りの状況を見れば現実的な解ではない。そもそも「脱」ばかりを頭に描きたくなる性分の人が問題なのだ。

「脱」ではなくプラスチックをはじめとした工業材料を「自然界と調和させる技術」が今求められている。この技術について、ご興味のあるかたは弊社へお問い合わせください。

科学では真理が一つが大原則となり、このような場合に自己矛盾を起こしかねない。環境問題は、科学的に明らかにする必要があるが、その解決策は、科学的である必要はなく、科学的な矛盾をうまく解決し自然界とうまく調和していることこそ重要だ。

それは、「脱」の大合唱に応え写された一枚の写真、水着が必然となった篠山紀信氏の写真のようでもあり、自然界がプラスチックスを邪魔者扱いしていない姿である。そのような姿を技術で創り出すのが環境技術であり、2か月後のセミナーで講演いたします。

カテゴリー : 一般 高分子

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2021.06/15 若い人へ(3)

理研で起きたSTAP細胞の騒動では、優秀な研究者が職場で自死している。また割烹着を着た姿が有名になった研究者は、学位を剥奪されている。

もっとも、彼女の学位論文はコピペやらデータの改ざんやら科学の研究論文として専門家が一読すれば問題のあったような論文に一度博士の学位が与えられた事実があまり問題になっていない。

彼女は、その著書やインタビューで科学者として一人の先生に指導されたことのない悔しさを語っていたが、これは奇妙で理解のできない説明である。

理研の所長が未熟な科学者による事件と言われたことに応えたのかもしれないが、職業として科学の研究者を目指すならば、自ら学ぶ姿勢が求められる。飽くなき真理の追究をできる資質を持っている人が科学の研究者になれるのだ。

技術は人間の営みの中から創り出してゆくものだが、科学は一つの真理を求め続ける哲学の世界であり、科学の世界で生きてゆくならば、一生学び続ける覚悟が必要だ。科学の世界では学びながら常に真理を求める姿勢が基本であり、とにかく必要なモノを作り上げる技術の世界とは一線を画す。

技術の世界では、それが真理がどうかは重要ではなく、日々の営みに求められる機能を繰り返し再現性よく実現できればよい。その再現性が高いものを品質が安定しているとかロバストが高い商品、と表現している。

しかし、科学ではたった一つの真理が重要であり、実験のやり方も含め技術とは異なる姿勢で現象と接する。そしてその方法は、義務教育の指導要領にも書かれており、日本では小学校から科学教育が行われているのだ。

ゆえに、真理を得るための論理の体系としての形式知だけでなく実験のやり方も含め現象と接する姿勢までも中学を卒業するまでに学んでいることになっている。

受験勉強では形式知の詰め込みでよいが、日々の学びを真摯に子供のころから実践しておれば、コピペやデータの改ざんが実験のやり方やそのまとめとして不適切であることが身についていなければいけない。

そのように社会では判断される。STAP細胞の騒動がどのような事件であったのか、彼女は著書の中で日本の教育の在り方と学ぶ側の問題とをもう少し議論すべきだった。もし、自死された研究者が彼女の著書を読んだならどのような感想を持たれただろうか。

当方なら死んだことを後悔する。後の後悔先にたたず、で、自死を選んだ場合にはどうしようもないのだ。生きておれば、出来事の歪んだ情報を正すことができる。だから、どのような時でも絶対に死を選んではだめだ。

(注)当方はゴム会社で20代に高純度SiCの半導体治工具事業を0から企画し、この事業は当方の定年退職した65歳までゴム会社で続き、当方の退職の年に愛知県にあるMARUWAへ事業譲渡された。残念ながら当方はFD事件を収拾するために1991年に転職している。

企業で新事業を起業するときに市場の戦い以外に組織内部の戦いがあることを知っておく必要がある。いくら経営陣が支持している新事業でもイノベーションを伴うので組織内部にもその大小はあるが抵抗が発生する。当方は、あからさまな業務妨害を受けていた。それが住友金属工業とのJV立ち上げで大きくなり、一人で業務を担当していたにもかかわらず、電気粘性流体の商品化を手伝えという。それも電気粘性流体に関わる情報は外部との共同研究の機密書類であり見せることができないので、とにかく問題を解決せよ、と言われた。当時先端材料の電気粘性流体がどのようなものかわからないので自分でも作ってみた。

営みの延長線上で、思考実験により見出された電気粘性流体に必要な機能を構造で具体化した傾斜機能粒子、微粒子分散型粒子、コンデンサー分散型粒子を作ってみた。これらは6年研究開発されてきた電気粘性流体よりも高い性能を示した。また電気粘性流体の耐久性を改善する技術をラテン方格を用いた試行錯誤により一晩で見出した。その結果、会議前になるとFDをいたずらされる妨害が始まった。そのつらさから死んでしまいたいと一瞬思ったこともあるが、ヘッドハンティングの会社からセラミックスのキャリアを必要としない写真会社を紹介されたので転職した。

面白かったのは、高純度SiCの事業が学会の技術賞に推薦された時にその審査員として写真会社から任命されていたことだ。この推薦書には当方が転職後に研究開発が始まったと書かれていた。受賞者には電気粘性流体の担当者もいた。生きていなかったら、このような冗談を見ることも無かった。その他、生きていて本当に良かった、と思えるようなことがこの高純度SiCの仕事では多数遭遇している。

生きることはつらいこと、というセリフを読んだことがあるが、本当につらいことは、生きていることの否定ではないだろうか。当方だけでなく住友金属工業との共同研究や無機材質研究所との共同研究までも否定した推薦書は差し戻しとなり2年後改めて受賞することになる。なぜ、生きていることをたたえなければいけないのか、生きている結果としての働きをたたえあう社会や組織が実現されれば、その答えが見えてくる。コロナ禍における年寄りどおしのメール交換にささやかなたたえあう情景をみつけ元気が湧く体験にも答えがある。生きていることをたたえあうのは生きていることはつらいことではなくたたえあう価値のあることだからだ。神楽坂でまたマスクしないで飲み食いしたい、という願望がつづられておれば、それを思いっきり応援する。ささやかな日々の営みに生きている楽しさは、その存在が脅かされていても応援者がおれば楽しくなるのだ。若い人に申し上げたい。人との交流を大切に生きてほしい。STAP細胞の騒動で一番残念な出来事は、それが見つからなかったことではなくて、研究者に死を選ばせるような交流が行われていたことだ。

カテゴリー : 一般

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2021.06/14 実験のやり方(2)

前回は、あまりにも簡単な例であるが、ゴム会社の研究所ではこの例のような仕事のやり方をしていると、主任研究員に叱られたものである。

目視や手触り感からアルミフォイルだと分かっていても物質を確認するためのさらなる実験を求められた。例えば初めて使用する試薬について、IRやUVなど一連のデータをとることを習慣づけられた。

品質検査書がついていても分析データを測定するのである。大学でもそこまでやっていなかったので、初めて命じられた時にはびっくりした。しかし、実験が好きだったので丁寧に分析をしていた。

日ごろ仮説に基づく実験を行え、と指導されていたので、「もし品質検査書が正しいならば、IRやUVはこうなるはずだ」と念じながら測定をしていた。

そして頭に描いたIRチャートが得られた時に、仮説が真であることを確認できた、と実感していた。これはこれで新入社員の訓練としてよいだろうが、働き方改革が叫ばれているときには真っ先に合理化対象とされる仕事だろう。

さて、物質Aが電池ボックスの修理に使える導体であるかどうかは、電流と電圧の関係を調べればその関係から明らかになる。例えば「もし物質Aが導体であるならば、オームの法則からV=RIに従う」という仮説を立てて実験を行う。

科学的に実験を行う、ということはこのような丁寧な実験の積み重ねで、一つ一つ真であることを確認しながら進めなければいけない。

カテゴリー : 一般 連載

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2021.06/13 若い人へ(2)

大学4年の時に所属した講座は、今ならばモーレツなアカハラ、パワハラ講座と言われかねないような講座だった。しかし、それを承知で集まっていた学生ばかりだったので、だれも文句を言わなかっただけでなく、マゾ集団と錯覚するような明るさがあった。

当方は大学院に行く予定をしていなかったので第二外国語を教養部で選択していなかった。また、同級生の希望が少なく、じゃんけんをする必要が無いという理由でその講座で卒業研究をスタートしている。しばらくして企業の奨学金を用意するので大学院を受験せよと教授から言われた。

大学院の試験日と教員採用試験が近いこと、第二外国語を受講していなかったことを伝えると、毎朝8時から1時間ドイツ語を指導するから大丈夫だと至れり尽くせりだった。ただ、これを進学の押しつけ、と捉える人もいるかもしれないが、当方は素直に受け入れた。

さらに、卒業研究をまとめてアメリカの学会誌に載せることなど、当時の能力から想像のできないゴールを提示されて、学生生活最後の楽しいはずの1年間が、睡眠時間4時間を切る地獄の1年となった。但し当方には徹マンで鍛えた体力と判断力があった。

毎日先生に叱られない日が無かった1年だったが、明らかに研究者としての力量はうなぎのぼりに上がっている実感があった。例えば、研究データをまとめた卒業論文を提出したら、締め切り前日にも関わらず50報の英語論文を渡され、これで研究の背景をまとめよと言われた。この時、一瞬目の前が真っ暗になったが、徹夜で作業して翌朝に30ページほどにまとめることができていた自分の能力に驚いた。

さらに、これを卒業論文に加えて、翌日朝提出したところ、卒論の要約を1週間で英文にまとめよという課題として予定されていなかった宿題を卒論受理の交換条件として出されたのである。

不思議にもこれを3日でまとめることができたのだが、1年前に比較して自分では想像できないレベルまで学力が上がっていたことを自覚できた。大学院も無事合格し、さらに授業料無料の特典と育英会および企業との2か所の奨学金というご褒美もついた。

(注)学生と言う立場では先生の指導に従う以外に仕方がなかった時代である。厳しい講座であることを噂で聞いていた。なぜかその講座の学生は大学院入試の成績が良く、さらに前年度びりの学生が大学院の受験を一度諦めたが、思い直してこの講座の指導を受けて東大大学院に合格した話が噂になっていた。本当にびりだったかどうかは知らないが、とにかく勉強のできない学生が皆優秀になって卒業してゆくといううわさは、麻雀とパチンコに明け暮れた学生にとって異次元世界であり魅力的だった。そして、その講座で学んでみて噂ではなく能力が確実にアップする講座であることを体感できた。そのようなカリスマ講座が当方の学年を最後に教授の定年を理由に突然閉鎖された。

 当方は大学院の進学先が無くなったわけだが、教務課からどこでも大丈夫と言われたので、SiCウィスカーで著名だった定員いっぱいの講座を希望した。その結果、学部1年間は有機合成を研究したにもかかわらず大学院では無機材料合成を研究することになった。研究者を目指していたわけではなかったので、専門へのこだわりは無かった。

 さて、大学院の2年間は、4年生の時に出来上がった習慣で研究論文4報分の研究をまとめることができた。PVAの難燃化を1報としてまとめて投稿した以外に、簡単なノート程度の論文を3つ大学院時代に発表している。就職後卒業してから行った2週間の実験結果も加えて3報の論文を書いている。博士課程まで進学しておれば必要な論文数を満たしていたので学位をとれたが、ゴム会社へ就職している。

 大学へ進学した時にオイルショックで就職氷河期だったので教師になる予定でいたが、教育熱心な先生方の指導で技術者としての人生を歩むことになった。今から思い出すと、あの1年間は第三者が見るとアカハラパワハラとみなせるような状態だったのだろう。しかし、当事者である当方は能力開発をしていただいて感謝をしており、ハラスメントという実感はない。

 半世紀近い人生で、あれほど厳しい1年間の生活は記憶にないが、受験勉強とは異なる能力が向上する楽しさを味わった1年でもあった。30年ほど前からコーチングが流行しており、このようなスパルタ教育はもう流行らないし、社会的に許されない時代になった。ただ、指導する側の熱意をあの一年間ほど感じた体験は無い。

 おそらく今の企業であの一年間のような人材育成を行ったら、確実にアウトだろう。優しくコーチングによる人材育成が求められているのだが、このコーチングでも熱くなったらハラスメントまがいの問題が生じる。企業においてどのように人材育成したらよいのか難しい時代であるが、何かございましたら弊社にご相談ください。

 人を育てることは難しい。育てられる側の心の準備も必要である。この準備ができておれば、第三者が見てハラスメントでもハラスメントと感じることはない。ただし、今は第三者が見てハラスメントならばアウトの時代なので、育成される側が、育成者の熱意をどのように受け止めることができるかがハラスメントの分かれ道になっている。人材育成が難しい時代である。しかし、企業では戦力となる人材を育成しなければならない。

 トヨタ自動車で問題となったパワハラがどのようなものだったか知らない。指導する側と指導される側との間に良好な人間関係ができていなかった可能性がある。また、指導する側が今の時代に合わない熱意を発揮したのかもしれない。「巨人の星」に出てくる星一徹とその子星飛雄馬は最後に抱擁のシーンで終わるが、ちゃぶ台返しとげんこつは今の時代にはDVとして警察の手を煩わせることになる。当方の大学4年時の1年間は、さすがに実験台をひっくり返すような事態は起きていなかったが、実験を行う研究者として身につけなければいけない厳しい躾や質問に答えられない時に自分で答えを導き出さなければいけない厳しい指導があった。さらに学部の異なる鬼軍曹と呼ばれた教授の指導まで受講できた。科学の研究者を目指す若者ならば極楽のような一年だった。

カテゴリー : 一般

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2021.06/12 若い人へ(1)

トヨタ自動車のような会社でパワハラにより入社3年目の社員が自殺した問題は、社会に少なからず衝撃を与えた。21世紀になり、各種ハラスメント対策が各企業でなされてきての事件であり、また、その現場も優良企業である。

トヨタ自動車では360°の人間性を重視した人事評価を導入して再発を防ぐとニュースでは報じられているが、多面評価であっても防止が難しい各種ハラスメントである。

それは各種ハラスメントが交流とそこで発生する人間関係に起因しており、システムの対策だけではその陰に隠れてしまう可能性が残る。

ハラスメントの発生をシステムで完全に防止できないならば、システムではなく最悪の事態だけでも避けられる風土を作り上げることは重要である。

ハラスメントとは受け手に左右される問題なので、受け手がハラスメントを感じたときに柔軟な選択ができる風土にしなければならない(注)。

すなわち、ハラスメントを受けたと感じる人がそのハラスメントからいつでも逃げることが可能な風土は最悪の事態を防ぐことができる。また、そのような風土では仮にハラスメントがあったとしてもハラスメントと感じないかもしれないのだ。

そのような風土ではない環境に置かれた若い人は、転職を選ぶように心がけていただきたい。少しでも死にたいと感じたならば、転職すればよいのである。とにかく生きていなければ明るい未来を見ることができない。

(注)55歳を迎えたときに早期退職制度を利用して退職する覚悟を決め単身赴任した。処方などを変更することなく半導体ベルトの歩留まりをあげるという科学的に不可能な仕事を成し遂げるためだった。少なくともフローリー・ハギンズ理論が完璧な理論であれば、PPSと6ナイロンが相溶する現象など不可能なので、仕事を引き受けた責任が問われることは明白だった。

バブルの時にセラミックスの専門家の当方に高分子技術の管理者として乞われて転職しても会社の統合とリストラで窓際である。その会社には当方がいなければ実現しなかった技術を幾つか成果として残している自負と転職時の約束と異なる処遇であり、このままでは死んでも死にきれない悔しさがあった。最後に世間があっと驚くような仕事をして退職したいと思っていた。それゆえ、当方しかできない仕事だ、当方なら必ず成功する、と調子のよい言葉を並べた部長の科学的に不可能な依頼を快く引き受けた。当方としてはゴム会社の新入社員時代に教えていただいた秘策、幻のカオス混合技術を試してみたかった欲もあった。運よく20世紀末にその時の指導社員の出身研究室だったかもしれないところからカオス混合のシミュレーション研究が発表された。シミュレーションで使われたシステムをそのまま実用化することは技術的に困難だが、カオス混合により混練が劇的に効率よく進むという科学的証明は、退職を決意してまでそれに掛ける価値があると思った。科学的に究極の混練技術と証明されたのである。あとは技術としてそれを実現するだけだった。

無事カオス混合技術のプラントを子会社の敷地に3か月で立ち上げ、科学的に不可能と思われた技術を処方も変更せず、外部からコンパウンドを購入する、というサプライチェーンも守ったまま成功させたところ、環境対応樹脂を開発してほしい、と役員から頼まれた。2011年3月11日を最終日とする条件で引き受けた。定年まで4年近く残しての退職なので引き留められるのかと思ったら、最後は盛大な退職パーティーとすると言われて、少し寂しく感じたのは、やはりサラリーマンである。そして、再生PET樹脂を環境対応樹脂として完成させて最終日を迎えたが、15時からの最終講演も退職記念パーティーも無くなった。しかし、ストレスの溜まるような、また成果として報われない仕事を自ら引き受けた20年だったが、今元気に生きている。辞めたい時にはすぐに辞めさせてくれる、死を考える必要のない良い会社であるが業界トップではない、時には経営危機になったりする刺激もあり、死ぬことを考える前に転職を考える機会もある。

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2021.06/11 JOC経理部長の死

日本オリンピック委員会(JOC)の経理部長が7日に電車との接触によりお亡くなりになったそうだ。警察側の発表では、自殺であり、これが週刊文春に掲載されるとともに、JOC側の事件に対する対応が隠蔽として紹介された。

詳細は、ニュースをご一読いただきたいが、JOCの経理部長が電車との接触でお亡くなりになった事実の原因が不明なだけでなく、接触と言う程度ではなく激しい衝突だったかどうか、警察の発表とJOCの発表とが異なるので不明である。

WEBニュースでは、この曖昧な事実を具体的に書いているので、ニュース記事と本欄とを対比させて読んでいただきたい。本欄では、「このような場合に組織の体質とリーダーの誠実さが現れる」ということについて述べる。

まず、現在明らかなことは、JOCの経理部長がお亡くなりになった、それも電車との接触か衝突かわからないが、電車が関わっていることである。

組織としては、まずこの明確な事実に基づき行動すべきである。これが基本である。そしてトップリーダーは明確な事実に対して組織が正常に機能しているのか誠実に判断し、正常でなければそれを正したうえで、組織外の対応を同時並行で行わなければいけない。

被害者が経理部門のリーダーなので、山下会長の最初の取るべきアクションは、リーダーの代役の任命である。これは組織管理規程から自動的に決まる。その次のアクションに誠実さが関わってくる。

現在どのような組織でもリスク管理規定があるはずで、このリスク管理規定に基づき、トップリーダーは行動すべきである。仮にリスク管理規定に不備があったならば、誠実さの観点で判断しなければいけない。今回は人の命がかかわっている問題で、人の命より重いものは何もない、というのが誠実な考え方である。

まだ未解決の事件なので本欄ではこれ以上書かないが、組織に影響を与えるなんらかの事件が起きたときに、トップリーダーは誠実な行動に努めるべきである。誠実さの無い行動をとった場合には、様々なひずみが現れる。

今回警察の判断が自殺としてだされてすぐに週刊誌報道が出たのだが、この迅速さに対する山下会長のご判断も誠実さの無い言動として現れたので、ますます問題を大きくし、組織の大問題と世間に印象づけた。

森友学園の問題は、現在裁判で争われているが、今回の事件がどのような展開になるのか東京オリンピック開催前であり心配である。腐った組織ではこのような場合に隠蔽工作に走り墓穴を掘ることになる。

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2021.06/10 ペンタックスK3 MarkⅢ

表題のカメラが、大手カメラ店の売り上げNo1になっているという。デジカメでは新製品が登場した月にトップとなることがあるが連続してトップとなるのはヒット商品の兆候というコメントがついていた。

ニコンも国内生産を終了した一眼レフがレンズ交換式ミラーレスに置き換わる流れの中で、リコーはあえて一眼レフの新製品を、それもフルサイズではなくAPS-Cで市場投入してきた。

スペックは現在発売されているAPS-C一眼レフとして最高であり、特にファインダーの見え方は他製品とは比較にならない高品質である。

かつて一眼レフの半分はペンタックスと言われた時代もあったようだが、デジタル化の流れの中でキャノンやニコン、ミノルタ、ソニーに抜かれてブランドだけ残った。

今レンズ交換式ミラーレスのトップはソニーだが、これはミノルタと統合後の一位である。デジタル化の流れとカメラと言う商品が携帯電話の1機能として変化してゆく流れの中で、かつて一眼レフの時代にマニアのあこがれであったニコンは苦戦している。

写真フィルムはすでに富士フィルム1社だけになったが、カメラメーカーはデジタル化の中でパナソニックの参入もあり、複数の生き残りが予想される。これは生産規模が一定量を越えなければ価格が下がらないフィルム事業と異なるとともに、価格の中に占めるブランド価値が大きいためと思われる(注1)。

1970年代に多数存在していたギターメーカーはいくつか倒産し、ヤマハ、モーリス、K-ヤイリ、フジゲン、寺田楽器、東海楽器、ESP、SAGO、SUGI、ディバイザーとなった。ギターの生産を行っていないファブレス企業として、星野楽器(アイバニーズ)、アリアなどがいまだに日本には多数存在する。

半導体事業は簡単に世界で負けてしまったが、日本は隠れたギター生産国である。この事実から第二次産業はどうあるべきかが見えてくる。

フジゲンや寺田楽器、東海楽器のブランド力は弱いが高い生産技術のおかげで、海外ブランドのOEM生産で生き残ってきた。面白いのはES335タイプについては、ギブソン子会社エピフォンが製品名に335とつけているにもかかわらず東海楽器製のほうが評判が高く、価格も高い。

ギブソンは最近倒産しかかって現在ブランドの再構築を行っているが、その様子を市場観察していると面白い。同じギブソンES335でも100万円以上の製品から20万円台まで存在し、20万円台は東海楽器製の同じ価格のコピーギター(注2)よりも品質が悪い。アイバニーズの7万円のギターと比較しても負けている。

ギターも工業製品である限り、ブランドと同様に製品品質を高めない限り市場でのポジションを維持することが難しい事例だろうと思う。

レンズ交換デジカメはキャノンやソニー以外は海外生産となった。ペンタックスは早くから海外生産となっていたがその品質は国内生産品と変わらない。またアイバニーズの20万円以下のギターはすべて東南アジア製だが、粗を必死で探さない限り(例えばハンダ付のハンダ量のばらつき)見つからない。

ブランド戦略が注目されているが、工業製品を見る限りは、まず製品品質が高くなければトップブランドになるのは難しい。

ペンタックスK3がどこまで売り上げを伸ばすのか興味深いが、レンズ交換式APS-Cサイズカメラというカテゴリーで見てもその品質はトップクラスであり、さらに写真撮影という文化的要素を製品に盛り込んでいるので、仮に売れなくなっても歴史に名を遺す名機の1台になると思われる。

(注1)フィルムはブランド価値よりも生産規模により生み出される利益の差が格段に大きい。かつてトップシェアを占めていた小西六工業だが、モノクロからカラーフィルムの流れの中で品質トラブルを起こし、富士フィルムに逆転された。またタイヤ業界では、バイアスタイヤからラジアルタイヤへの流れの中でかつてのトップだったヨコハマタイヤは、品質問題を起こしブリヂストンタイヤに抜かれている。ギターの世界でギブソンがブランド戦略を展開している、と言われているが、その品質をテイラーや日本メーカー以上に高めない限り、かつての輝きを取り戻すことは難しいと思われる。ギターのマーケットを調べてみると高い品質を維持することの重要性を理解できる。ニコンの苦戦について内部の技術者は理解していない可能性がある。すなわち、カメラとして細部を見たときにギブソンと同じく細かい品質に問題があるのだ。とにかくいつかはニコンと思い、ペンタックスからニコンへ乗り換えようとF100を購入したのだが、ニコンへ一本化できなかった。これは品質も含めたペンタックスの商品としての魅力がシェアーを落としても低下していなかったからである。一部の品質についてニコンのカメラは他社と比較にならないぐらい大変優れているが、価格と商品品質のバランスが悪い。詳細は弊社へ問い合わせていただきたい。

(注2)東海楽器は、アコースティックギターについてかつてマーチン社のOEM生産を行うとともにキャッツアイというブランドを展開していた。今キャッツアイはすべて中国製であるが、エレキギターは国内生産であり、ギブソン社のコピー製品と思われる製品を出しており、本家よりも高品質で評判が高い。アウトレットがインターネットで販売されているが、その品質も高くすぐに売り切れる。20年近く前にES335を購入したが、指板やナット、fフォールの加工品質が悪く16万円で売却し7万円でアイバニーズの同等製品を購入したがES335と比較にならないほどの高級品質である。

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2021.06/09 実験のやり方(1)

研究開発において実験は不可欠である。この実験のやり方について、従来の科学的研究と同様の実験に異議を唱えたのは故田口玄一氏である。

そもそも20世紀に実験とは仮説に基づいて行え、と言われ続けた。ここで仮説とは何らかの現象や法則性を説明するための命題であり、真偽は不明である。この不明な点を明確にするために実験を行え、というのである。

例えば、手元に硬い物質Aがあるとする。この物質が電気を通すならば、電流と電圧の関係が存在し、それは正比例の関係にあることを小学校の理科で学習している。高校生になるとその比例係数が抵抗だと習っている。

このような形式知が身についているので、とりあえず豆電球と物質Aとを直列につなぎ電池を用意して電気が通じるかどうか試してみる。豆電球が点灯すれば物質Aは導電体であることがわかる。

この程度の実験では仮説を立てていない。もし、導電体であることが分かればよいだけならばこの程度の実験で終わりである。

この実験結果を利用して、日常において電池をエネルギー源とした道具の電池ボックスの電極のバネが壊れた時、とりあえずこの物質Aを適当な大きさにして利用することができるかもしれない。

仮に利用できたとしても適当な実験結果で電池ボックスの修理をしてはダメだ、と言っていたのが20世紀である。物質Aが手触り感とか目視でアルミフォイルと分かっていても仮説に基づく実験を要求された科学の時代である。

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2021.06/08 とにかく生きる事

昨日トヨタ自動車で入社3年目の若者の自殺に対してパワハラが認定され、社長が謝罪したとの記事があった。入社3年目と言えば、サラリーマンとして会社から一人前に扱われる頃である。

各会社のルールがどのようになっているのかしらないが、当方が入社した時代に2年間は残業申請も認められず、業務の評価査定もつかないルールだった。

すなわち、2年間は見習いとして、とにかく上司の言われるままに仕事をこなし学習する期間であるとの指導が新入社員研修であった。

ゆえにこの2年間は奴隷のように働かせられて退職する同期もいたりする、今ならば信じられないブラック職場も存在したが、大抵はそれが普通だと思っていたから、退職する社員は少なかった(人事部からこの期間の退職は採用年度に差があるとの説明があった)。

研究所に配属された当方は、まだ若かったので1年の予定のテーマを3か月で仕上げるだけの体力があった。実際に「樹脂補強ゴムを用いた防振ゴム」というテーマを3か月で仕上げたところ、職場異動となり混練の神様から美人の指導社員に代わり、難燃性ポリウレタンフォームについて企画のお手伝いを指示された。

そこでホスファゼン変性ポリウレタンフォームを提案し、6か月後には工場試作まで成功させたところ、褒められるかと思っていたら始末書を書くことになった。

2年間査定がつかないのだから、新入社員が仕事をやりすぎたことを理由に始末書を書かせられるのはおかしいと思っていたら、どうも原因は違うところにあり、主任研究員は「テーマを提案したのは君だから君の責任だ、だから始末書を書け」という。

すなわち仕事をやり過ぎたことではなく、ホスファゼンという新素材を工場試作に用いた点が問題となっていたようだ。このあたりはすでに過去にこの欄で書いているので省略するが、この時の上司との会話は明らかにパワハラだった。

当方は新入社員だったので、なぜ新入社員が始末書を書かなくてはいけないのか納得できないことを正直に述べたところ、声が大きい、と小さな声で叱られた。どうも上司は周囲に知られたくないようだ。

小さな声でパワーをかけてくるのだが、上司が小声になればなるほど当方の声はますます大きくなり、始末書を書く書かないの議論はヒートアップしてゆく。タイミングよく指導社員が来て、その場は収まった(管理職だけの大部屋でこのような議論をしていたので他部署の管理職が指導社員を呼び出したようだ)。


その後、燃焼時にガラスを生成して高分子を難燃化する、高純度SiCの技術につながる画期的な発明の企画を提案した始末書を提出している(この難燃化技術については、当時画期的技術であり当方が難燃化セミナーや各種講演会に招聘されるきっかけになっている。ゆえにこの時の始末書は運が良かった、と思い出すことができるが、当時は—。)。

本来はリーダーが責任を取るべきところを残業代も査定もつかない新入社員に責任を取らせるところがすごい会社だと感じたが、当方が偉くなって組織を変革しようというぐらいのうぬぼれもあったので転職など考えなかった。

若い時にはこのような会社内の不条理に悩まされる。不条理だけではない。当方はFDまで壊されるほどの業務妨害も受けたが、まだ生きている。

若い人に是非守っていただきたいことは、「業務上の問題で八方ふさがりとなった時に選択肢として「死」を絶対に考えてはいけない、サラリーマンの最後の選択肢は死ではなく転職である」ということだ。

定年を迎えてみると理解できるのだが、組織で働く立場ではどのような上司同僚と巡り合うのかは運であり、また自分の意志でその組織を選んだ場合には自己責任である。それゆえ、人間の命と引き換えにする理由とはならない。

自己責任と感じたならば、その組織で責任を全うするのか、その組織がそれだけの価値が無いと判断し退職するのかなどが選択肢となる。運が悪いならば諦めるか、思い切って退職し運の流れを変えるのが賢明である。

当方はこの人物の下ならば死ぬほど働いても後悔しない、と思いたくなるようなリーダーに無機材質研究所留学時に出会ったが、それは宝くじに当たるぐらいの確率だったのだろうと思っている。自分の命を懸けるほどの恋は小説になったりするが、それはそれほどの人物に出会うことが夢物語であるからだ。

また、優れたリーダーが日本に溢れているならば、気の利いたコロナ対策が行われていただろうし、もう少しGDPが上がっても良い。不満があるならば夢を持ち、自分がリーダーになる時を待てばよい。それができないならば転職なり退職し、新しい組織を起業する、そうした活動を多くのサラリーマンがすれば、日本はもう少し良くなる。自分で死を選んではだめだ。

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