1979年10月1日にゴム会社の研究所へ配属された。指導社員は神様のようなレオロジストで、ダッシュポットとバネのモデルから導かれた常微分方程式を関数電卓で解く人だと紹介された。
1年間の新人テーマとして、指導社員が材料設計した樹脂補強ゴムの実用処方を開発し、大衆車の低コスト高性能エンジンマウントを製品化する業務が用意されていた。
テーマ説明を受けて奇妙に思ったのは、すでに配合処方が出来上がっていたことである。それを標準配合として、さらに適した樹脂を探索するのが仕事だと補足説明を受けた。
指導社員が1年かけて行ったダッシュポットとバネを組み合わせたエンジンマウントのモデルについてシミュレーションされた結果と、指導社員が考案した標準配合のゴムの特性が見事に一致していた。
ただ、指導社員からここだけの話として聞かされたのは、その標準配合は彼のKKDで見出したものだという。シミュレーション結果と見事に一致した特性のゴムを見出すことはできたが、どのような樹脂とゴムを組み合わせればそのようになるのかは不明だという。
それを明らかにするために20種以上の樹脂を用意したので標準配合の樹脂成分を変えたときに物性と高次構造がどのように変化するのかを科学的に探るのが当方の仕事だという。
すなわち、業務として簡単にまとめると、標準配合の樹脂成分を他の樹脂に置き代えた処方のゴムを幾つか混練し加硫後のゴムの分析と物性測定を行い、もっと最適な樹脂が無いのか探るだけである。そしてその実験過程で得られたデータから処方設計の法則をまとめ上げるのは研究所としての成果だった。
ただし分析項目や測定すべき物性もわかっているので、科学的に仕事をといわれても、これはほとんど頭を使う必要のない肉体労働だった。修士課程の2年間無機材料の講座で学び、高分子の知識が皆無に近い新入社員の当方には最適なテーマだと思った。
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帰納法こそ科学の原点とか、科学は一種の思想であるとか、科学について諸説あるが、科学が論理学の誕生とともに成立したことや真理の追求が使命であることは共通した見解である。
誤解があるのは技術に対してであり、科学技術という呼び名がそもそも悪いような気がしている。科学が無くても技術の発展の歴史が存在しているからで、それゆえ科学は哲学という見方も出てくる。
それにかかわった日本のアカデミアのお粗末さが明らかになったSTAP細胞の騒動は一人の優秀な科学者が自殺した悲劇的な事件だった。そこに見え隠れしたのは科学を正しく理解していない多数の科学者の存在である。
未熟な科学者の引き起こした事件としてこの騒動をとらえる人もいるが、生化学の世界でSTAP細胞技術を開発しようとした無知な人を科学者として持ち上げた失敗が原因である。
この騒動は、第一線の科学者と呼ばれている人さえも科学やそれにかかわる倫理を正しく理解していない現実をさらけ出した。また、一流と言われている大学のいい加減さと無責任さを社会が知ることになった。
科学により加速された技術開発は20世紀に大きく進歩したが、そもそも科学とは何か、技術とは何かをそれに携わる人々が深く考えず現在に至っているように思う。
そのまま企業では研究部門の見直しやリストラがバブル崩壊後進められたが、果たして成果があがっているのだろうか。
1960年から1970年にかけての研究所ブームはその考え方が明確であり、アカデミアのような研究組織が各企業で作られた。大局的に見ればそれは一定の成果をあげバブル経済に貢献している。
ゴム会社では、日本を代表する合成ゴムメーカーを生み出す活動があり、その成功体験からLi二次電池や電気粘性流体、ファインセラミックスへの挑戦が行われ、高純度SiCの事業が30年経った今でも存続している(今年10月に㈱MARUWAへ譲渡された)。
今企業に必要なのは、やはり社会をイノベートできる技術開発を担当できる組織であるが、その組織構造は、研究所ブームの時のような科学を具現化したような組織ではなく、新しいコンセプトに基づく構造体ではないか。具体的には弊社へご相談ください。
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科学の成果をもとに技術開発を進める方法は20世紀にどこの企業も実践してきたことだ。当方がゴム会社に入社した時の新人研修発表会で、CTOから統計科学により導かれた結論を頭ごなしに否定された。それ以来、技術と科学について悩むことになった。
これは今から思えば大変に良い経験だったと思い出される。当方が素直にCTOの意見を受け入れることができたのは、その前に実施された1.5ケ月間の現場実習の体験があったからである。
この期間に見聞きした技術は、大半が科学の成果ではなかった(注)。当時高分子科学がゴム材料について十分な寄与をしていなかった、というよりもまさに高分子科学が大きく進歩しようとしていた時だったからである。
ダッシュポットとバネの要素モデルで研究されたゴムの世界は大きく変わった。20世紀末にはOCTAというシミュレーターまで登場し、シミュレーションを活用した材料設計の可能性が見えてきた。
このような技術開発経験から科学による技術開発の方法とそれに頼らない技術開発の方法がある、との確信に至った。
後者については一つ間違えると技術者と職人の境界が分からなくなるが、開発成果について科学の検証を加える習慣を身につければ防ぐことが可能である。
わかりやすく言えば、技術開発を行って成果を出してから科学的研究を行う、という手順を踏めば、職人に陥る心配は無くなる。またこうすることで基盤技術を伝承しやすくする。モノづくりにおいて「標準語」である点が科学の重要な役割である。
(注)同期の友はこれゆえ「この会社には科学技術が無い」と言い残して、研修終了直後転職し転職先で社長になっている。確かに「科学技術」は少なかったが、先人の努力による技術は多数息吹いていた。タイヤ設計実習発表のプレゼンは彼との技術論議についてCTOにより結論が出されたようなできごとだった。当時の社会状況では科学のつかない技術を軽蔑する風潮があったが、科学が接頭辞として着かなくても技術は技術である。これまで科学の方法に偏りすぎていただけで、技術には人類の営み同様の自由な活力が必要である。
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以前この欄で書いているが、カオス混合装置の発明は、無端ベルトの押出工程を半日以上眺めていて頭の中で完成している。
経験知と暗黙知が大きな役割を果たしているが、とにかく最悪の場合には目の前にある押出機を混練機の代わりに使えばよいと考えていたから気楽だった。
実際の技術の姿は、二軸混練機にカオス混合装置を取り付けてコンパウンドの生産を行っているが、用いているカオス混合装置は、無端ベルトの成形金型の一部、すなわちイメージされた機能部品を3つ重ねたような構造をしている。
カオス混合装置を考案したときに、目の前や頭の中で起きていた現象は、現代の科学では説明できない。
目の前では教科書にも書かれている著名なフローリーハギンズ理論では否定されるPPSと6ナイロンの相溶現象が起きていた。そしてそれを示す音が頭の中に艶めかしい妄想(注)を描き出していた。
現象を科学的に解析してみても、「フローリー・ハギンズ理論によるとΧ=0で相溶が起きる」と教科書に書かれているような現象ではないことを確認できた。
これは非科学的現象と言ってもよいような現象であるが、カオス混合装置の実用化のためにはどうでもよいことだった。ただ、機能の再現確認のために、科学的には否定されるような現象を利用しただけだ。
ところでカオス混合装置の最適化は試行錯誤で行われた。頭の中に完成の姿がほぼできていたので、科学的に開発を行うよりも経済的だった。無端ベルトの金型図面から寸法を読み取り、吐出速度との関係を参考に実験を進め、その機能を完成している。
そこに科学的な根拠があったわけではないので、この発明を科学の成果とはいえない。ただ機能の再現性については統計手法やタグチメソッドを用いて確認している。
また、いわゆる職人の手による成果でもない。おそらく職人ならば何十年もその完成に時間をかけなければ技術を完成できなかっただろう。まぎれもない技術の成果である。
これが可能となったのは、30年以上前のロール混練の経験知があったからだ。それはたった3ケ月間の経験だったが、当時の指導社員のおかげできれいに頭の中が整理され体系づけられていた。ゆえに暗黙知も忘れることなくすべて思い出すことができた。
技術とは、非科学的な現象を前にしても臆することなくそこから人類に役立つ機能を取り出す技である。技術は科学の下僕でもなければ科学を頼る必要もない独立した技である。
ただ、科学があればそれを便利な道具としてあるいは技の一つとして技術の完成に役立てているだけである。ゆえに1970年代に「技術と科学は車の両輪である」と言っていた人がいたが、これは至言である。但し車軸式である必要もなく独立懸架であってもかまわない。
(注)PPSはボツの発生しやすい材料で、押し出されたベルトを後加工しなければ中間転写ベルトに使用できなかった。しかし、頭に描かれた新技術では、PPSと6ナイロンが相溶してボツの無いまさに艶々したベルトが連続して押し出されていた。カオス混合技術により収率が100%近くになっただけでなく、表面のボツを対策する後工程も不要にした。
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剪断粘度を高めて混練したいときには温度を下げればよい。ロール混練では、ロール間隙を変えても、あるいはロールの回転速度を変えても剪断粘度を高めることができる。
伸長粘度は剪断粘度の3倍あろうがなかろうが、剪断粘度を3倍にも4倍にもする方法は実用的にはいくつもある。これは二軸混練機も同様で、スクリューセグメントの変更や回転数のほかにも剪断混練という特殊な条件もある。
但し、剪断混練では、トルクオーバーに気をつけなければいけないが、L/Dが40前後の混練機で伸長流動を利用するよりも剪断流動に頼ったほうが確実に分散がうまくゆく。
当方の経験では、二軸混練機では剪断流動を重視した混練条件で混練を行い、カオス混合機を取り付けて伸長流動を発生させた方が混練効率は上がる。
カオス混合機についてはようやく国内で検討しようとするお客が増えてきた。複雑なポリマーアロイや高級エンプラの混練では不可欠だと思っている。
このあたりについて技術の詳細を希望される方が多いので、6名以下の参加者によるミニセミナーを弊社事務所で随時行っていますのでお問い合わせください。
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科学は、世界中が認めた一つの哲学であり、これが産業革命以降の技術の発展を加速したが、忘れてはいけないのは、科学が生まれる前にも技術が存在したという事実である。
この技術については、「マッハ力学史」やファーガソン著「技術屋の心眼」に詳しいが、科学が無くても技術開発は可能である。また、現在われわれの身の回りにある便利な道具がすべて科学の成果と思うのは間違いである。
例えば当方が開発したゴム会社の高純度SiCは、その製造プロセス開発に科学を用いていない。ただし、それが妥当な技術であることの証明には科学を用い、論理的に説明し学位を授与されている。
写真会社のレーザープリンターに用いられているPPS中間転写ベルトに至っては、PPSと6ナイロンを相溶させた科学では説明できない材料で技術を完成させている。
退職後科学的に自分の開発した技術を見直し、来年あたり本にまとめる予定だが、技術を生み出すために必ずしも科学は必要ではないと実感している。
ただ共通言語としての科学の恩恵にはこれまで十分に助けられた。その体験からアカデミアにおける科学的研究活動には敬意を払うが、一方人文学の衰退が著しい点を少し危惧している。
人文学の研究者から現在の技術に関する批判なりがもう少し活発に出てきてもよいように思う。人文学の視点で技術の向かうべき方向とかさらには技術開発の方法論まで出てくると面白いように思う。ゲーテの研究だけが人文学ではない。
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カオス混合機の見積もりのため、昔福井大学客員教授を務めた時期に、大学院で学んでいた中国人学生の勤務する金型メーカーにお願いしてみた。
詳細見積もりを見て驚いたのは、日本と変わらない加工費となっている部品と日本よりも安い価格に見積もられている部品とが存在したことだ。
いろいろ調べてみると、旋盤ですべて加工できる製品は、日本と同じ価格のレベルか、あるいは構造が単純な場合に若干日本が安い。
NC工作機械を使用する製品では、日本よりもかなり安い。カオス混合機は設計形状を工夫し旋盤で全て加工できる場合には価格差は出ないが、特殊なカオス混合機はNC工作機械でなければ加工できないので、その価格差から金型加工における中国と日本の事情を知ることができた。
中国のこの金型メーカーは、日本の某電機メーカーも活用している中国でもトップの金型メーカーで、作業者は皆若く、NC工作機械も先端設備が入っている。
知人の説明では、弊社の紹介であれば、成形加工用樹脂金型も特別安価に提供できるという。
もし、射出成形メーカーで金型のコストダウンを考えられている方は一度お問い合わせください。この中国の金型メーカーをご紹介させていただきます。
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新婚生活を始めたころ、生活圏内に日産自動車のディーラーが3軒、スバルが1軒、トヨタ自動車が2軒あった。今はレクサスが1軒増えて、日産自動車のディーラーは1軒になっている。
これは、ゴーンが社長になったときのリストラの影響だが、ディーラーが減っても営業の努力があり、独身時代に乗っていたプレリュードを初代セレナに乗り換えてから今乗っているジューク1.6GTまで日産自動車である。
ジュークを購入する時、当初予定では他社に変更するつもりだったが、営業マンの熱心な勧めでジュークを買うことになった。日産車に面白い車が無いから、とことわったのだが、熱心にこの車の試乗を勧められた。
試乗してみてびっくりしたのは、みかけや車格から想像できなかった車の性能である。300万円前後なので、価格から見れば納得できるが、このクラスの車としてはあまり採用されないマルチリンクの足回りであり、さらに馬力は200馬力に近くトルクベクタリングもついて十分に面白い車に仕上がっていた。
ただジュークの売れ筋は1.5lであり、当初購入時に抵抗があったが、営業マンの至れり尽くせりの売り込みに負けて購入した。他のディーラーの営業マンはあっさりしており、トヨタに至っては、カタログを持ってきただけであり、レクサスのディーラーではカタログすら頂けず店内の口頭説明だけだった。
初めて新車を購入したときは、逆だった。トヨタの営業マンの熱心さに負けてセリカを購入している。今日産自動車が販売台数を伸ばしている背景に納得できる状況だが、ホンダの営業マンとこの30年会話をした経験が無いのも気にかかった。少し足を延ばせばホンダのディーラーがあるが、魅力的な車が無い限りそこまでわざわざ行こうとしない。
シビックは面白い車だが、車格と価格のバランスが悪く興味がない。ジュークも興味は無かったが、営業マンの努力で買うことになった。少なくともご近所のディーラーの営業マンのスタイルにこれだけの違いがある。
自動車は電化製品よりも高い。高価格の商品を選ぶときにやはりサービスは重要である。所詮社交辞令と分かっていていても至れり尽くせりのサービスにお客は弱いのだ。ジュークを購入した後、営業マンが退職するとわざわざあいさつに訪れた。某航空会社に転職するという。どこまでも丁寧な人だった。
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音楽の友社発行の7月号ONTOMO MOOKに付録としてついていたマークオーオディオ製スピーカーは、デスクトップスピーカーとして最良ではないか。
このスピーカー専用に設計されたバーチベニヤの箱キットを購入し組み立ててから1ケ月以上過ぎた。
毎日10時間は音楽をかけっぱなしなので、かなり音が落ち着いてきた。大変良い音がする。
トランペットはトランペットの生音が、ギターはギターの生音が聞こえてくる。老化した耳でも秋葉原で6万円ほどしたオルトフォンスピーカーとの差が歴然とわかる。
周波数ソフトをかけてみると、この小さな振動板の口径から信じられないが40Hz前後から音が聞こえだす。残念ながら老化した耳のせいでこのスピーカーの特徴である10kHz以上は聞こえなくなってしまったが。
しかし、まさにその楽器の生音を聴くようなスピーカーは、B&Wの100万円以上のスピーカーでなければだめだと思っていたが、このスピーカーはそれに匹敵する音が出ているようだ。
ただし、定格入力8Wと小型なので大音量で聴くことはできない。低音も大型スピーカーほどの迫力は無い。しかし、デスクトップスピーカーとして、広がり感やリアル感は、最高である。
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現象の概念化、そしてそこから機能を浮かび上がらせる方法は、その習慣化で容易にできるようになる。連想ゲームのように円滑にできるようになるとアイデアを考える時にも役立つ。なぜならアイデアを出す方法の一つにこの概念化がある。
故矢島先生のポリジメチルシランを用いたSiC繊維は、炭素繊維と同様の方法で繊維化が行われている。
これは、炭素繊維の製造プロセスを概念化し、そこで働いている機能、すなわち不活性雰囲気におけるポリマーの炭化機能、不融化処理の機能などを抽出する。その理解の後ポリマ-前駆体をポリアクリロニトリルからポリジメチルシランに置き換えて生まれたアイデアだ。
矢島先生のご研究を改めて概念化すると、セラミックスの組成を含んだポリマーを熱処理して高純度のセラミックスを製造するプロセスを思いつく。
ポリマーの高純度化技術は、1000℃以上の高温度で行わなければいけないセラミックスの高純度化技術よりも経済的にできる。
問題はポリマーを用いることの経済性であるが、これは低価格のポリマーを選択することで経済性を上げることが可能となる。
すなわち概念化して考えているときに、SiCだのポリジメチルシランなど具体的な組成は必要ではない。
概念化せず、ポリジメチルシランからSiC化する製造プロセスを眺めながら経済性を論じると、前駆体ポリマーの低コスト合成のアイデアを必死で考えることになる。
これに対して概念化した場合には、すべてのポリマーが対象になるので、アイデアをたくさん出すことができる。例えば安価なポリマーとしてフェノール樹脂は代表的ですぐにその高純度化のアイデアまで出てくる。
ケイ素原は、シリカゾルやポリエチルシリケートが高純度低価格な材料として候補アイデアになる。
このようにして故矢島先生の技術を概念化して捉え、セラミックスの前駆体ポリマーをポリマーアロイで実現するアイデアが生まれた。
ただし、非相溶系ポリマーアロイでは、大きなサイズのドメインで相分離する問題が生じる。この問題解決の手段としてリアクティブブレンド技術まで考えた。
概念化しない場合には、ここまで考えを発展できないが、概念化し、その後具体的にアイデアを展開した結果問題点が見つかり、新たなアイデアの展開を強いられることになりリアクティブブレンドに至った。
これを概念化によるアイデア抽出法の欠点とみるのか、新たなチャレンジの機会を生み出す方法と捉えるのかは、技術者の資質に依存する。
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