学会の研究発表会に一人の技術者が有効と感じる技術シーズがどのくらい発表されているのか、というと例えば高分子学会や日本化学会では研究発表の1%-2%程度あるのではないかと個人の経験から感じている。
100分率で示すと拍子抜けする人がいるかもしれないが、発表件数の母数が大きいのでこれは大変なことなのだ。例えば今年の高分子学会年会では、64件ほど新しい技術ネタを仕入れることができた。
テーマだけ見ていると何に役立つか分からない研究もあるが、実験テクニックやその他に着目すると専門分野の学会であっても必ず数十件は技術に使えそうなネタが存在する、と思う。
「今でしょ」は昨今のはやり言葉だが、「今役立たなくても」将来役立ちそうな技術ネタが含まれている。今年の年会では当方の仕事に「今役立つ」内容は、0だったが、幾つか企画している未来技術のシーズには使えそうなアイデアが数十件あった。
昨年と重複している内容もかなりの数あるが、技術として活用していないので今年の数に含めている。このようなデータベースを用意しておくと、予想外のクライアントの相談が飛び込んできても困らない。
これをメーカーにあてはめれば、基盤技術など無い分野でもアジャイル開発ができることになる。当然のことだが、世の中に全く存在しない技術を必要とする製品についてアジャイル開発は不可能である。
写真会社で樹脂の混練プラントをたった半年で立ち上げたが、基盤技術が存在したわけではない。ゴム会社で半導体用高純度SiCの事業を立ち上げたときも基盤技術などなかった。当時の無機材質研究所には大変お世話になった。
35年前たった4日で2億4千万円の先行投資を引き出す高純度SiC粉体(事業のエンジン部分)ができあがっている。ただしこの技術では、当時存在しなかった有機高分子と無機高分子の相溶技術について廃棄物処理作業を担当したときに、その作業をやりながら技術手法で創り出している。
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CARTIVATORとは、2020年の東京五輪に向けて「空飛ぶクルマ」を開発中の有志団体である。団体は12年の設立で、自動車や航空業界の若手技術者ら約100人が、トヨタ自動車などの支援も受けながら、愛知や静岡、東京の3都県で、メンバーの自宅などを使い、平日夜や週末に開発を続けているという。
どれだけの給与が支払われている団体か知らないが、本来は支援をしている会社の仕事としてもよいような業務を続けているのだ。ただ、業務の裁量や責任を担当者に与えただけ、と悪意の表現もできる。しかし、これは間違った見方だ。
ゴム会社で仕事をしていた時に、残業申請はほとんどしなかったが、サービス残業は今でいうところの過重労働そのもののようにやっていた。また、写真会社で単身赴任中は、土日も仕事をした時もあるが、平日において寝ているとき以外は仕事の毎日だった。
写真会社では管理職だったので残業代の申請は難しいが、ゴム会社では労働組合員であり残業申請は可能だった。体力に自信があり無理をしても病気にならなかった。
また、住友金属工業とのJVを準備していた時には、だだっぴろい研究所で、パイロットプラントを一人で動かしたり、管理職である上司がいない状態だったり、サラリーマンとして精神に異常をきたしてもよいような劣悪な労働環境で耐えていた。
何故そのような職場環境でも高純度SiCの仕事を続けたのか。理由は単純である。夢があったからである。そして、役員の方々からも激励や支援を受けていたり会社から支持された業務であるという自負もあった。
世の中には、このような業務の与え方を資本家の謀略のような表現をする寂しい考え方の人がいる。しかし、人類が誕生したときには、生きてゆくために働いていたはずだ。
労働は生きてゆくための手段であり、そしてそこに夢があれば人間は労働を自分の生活の糧としてとらえることができる。その時、過重労働という言葉は無くなる。
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企業の研究開発では、企業の持続的活動を約束できるテーマ選択が重要であるがなかなかうまく行かないのが現実ではないだろうか。
さらに現代のような進歩のスピードが50年前に比べて信じられないくらい早い状態では、未来予測をしている間に予測した技術が他社から出てくる可能性だってある。
このような時代では思い切ってアジャイル開発という戦術が有効である。それも自社の基盤技術に固執しないで成長マーケットあるいは未来に形成されるであろうマーケットの製品をアジャイル開発で市場投入するのだ。
そのための技術のシーズをどうするか。アカデミアを頼るというのが最良である。いまや日本の学会は世界の水準から著しく遅れているところはない。学会の年会などの研究発表会に行くと技術シーズになりそうな研究テーマは一つや二つは必ずある。
大学の研究はモノにならない、と言う人が多いが、そのような人は、モノになる研究を探すことができない人である。たしかに学会で発表された研究をそのままモノにできない内容がほとんどである。
しかし、モノにならないと思われる研究でも技術シーズのヒントになる研究は多い。将来今の仕事を辞めるときにそのノウハウを公開したいが、アカデミアが頼りにならないのではなく、アカデミアの研究を見る技術者の目が悪いだけである。日本のアカデミアは結構頑張っている。
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科学という形式知を持たない人材だけのグループに技術開発を担当させてうまく行くのか、という問いに対して、うまくゆく、と自信を持って答えたい。
この6年間技術開発のコーチングを行ってきて自信を持ったのは、形式知を持たないメンバーの組織でも先端技術の開発ができると言うことだ。
今、某企業でナノテクの指導を行っているが、スタート時の担当者は高卒の営業但担当だった。100分率の計算はできたのでそれで十分技術開発ができるといってスタートしている。
半年も経っていないが、そこそこの技術ができあがってきた。おそらく大企業ならば1年ぐらいかける業務を3ケ月ほどで行った。科学的研究を放棄しているので早いのである。
このような開発を行ってみると科学というものの本質が見えてくる。やはり哲学に過ぎないのである。
それでは科学が不要かというと、昨日書いたように評価解析では真理を追究する科学の方法が重要な役割を果たす。それ以外に技術の伝承を行うときには、科学でデータを整理した方が確実に伝えることが可能である。
また、科学で整理された技術は、再利用可能で時代を超えて伝承することが可能となる。技術開発を行った後も技術について科学で研究する必要性があるのはこの理由からである。
だからといって、いつも科学第一主義で技術開発をしなければいけないわけではない。むしろ昔から行われてきた人間の営みとしての技術の手法で開発したほうが良い場合がある。アジャイル開発などは、科学的に行うよりも技術で作りあげたものを市場で科学的に評価する手順で行った方が効率的である。
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科学でモノ造りを進めたときに問題となるのは、否定証明の存在である。この欄でも紹介してきたが、科学的に否定されたからと言って、技術で実現出来ないというわけではない。
当方は、ゴム会社で電気粘性流体の増粘問題や写真会社では酸化スズゾルの帯電防止技術に関する科学的な否定証明の成果を技術でひっくり返してきた。
モノ造りそのものは、科学誕生以前の技術的方法で進めた方が効率的だ。仮に自然界で解明されていない現象があったとしても、昔の人はブラックボックスとして扱い、うまく技術開発を進めてきた。
科学誕生後、科学の力でブラックボックスを解明することにより、新しい技術が次々と生まれたので科学の方法で技術開発スピードが加速された。これは科学の成功体験に思えるが、だからといって昔の技術開発の手法を捨て去るべきでなかった。
ブラックボックスがあったとしても技術開発できる、という事実を活かすべきだった。
ところで、企業において科学の力を無駄なく発揮出来るのは、評価解析分野である。もし今基礎研究所をもてあましている企業があったとしたら、研究所をすべて分析や評価解析センターとして運営することである。
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1970年代の日本は研究所ブームで、各企業で基礎研究所が作られた。その中には、アカデミアよりも素晴らしい成果を出した研究所も出現した。
だから20世紀は科学の方法論で技術開発が行われた時代、と言ってもよいかもしれない。
もし科学という哲学を100%活用することで、モノづくりの成功が保証されるのであれば、バブル崩壊後各企業の基礎研究所が企業の潜在能力(活力)として機能し、利益を生み出したはずで、20年という長いトンネルをもっと早く抜け出すことができたはずだ。
ところがこのバブル崩壊で分かったのは、基礎研究所はプロフィットセンターではなくコストセンターさらにひどい金食い虫の部門だったという事実である。
それにもかかわらず、科学の成果という言葉の魔力で基礎研究所のリストラを積極的に進めるのに躊躇した企業は多い。ゴム会社はバブルがはじける前に研究所の構造改革を進めたU取締役のおかげでアカデミア一色だった研究所の文化が少し変わった。ただしU取締役の後をついだI取締役のマネジメントにより、それが少し後退してしまった。
転職後外から見ていて興味深かったのは、研究所のマネージャーにタイヤ部門のマネージャーが少しずつ投入され、とうとうタイヤ部門のマネージャー出身者が研究所のトップになったことである。ゴム会社は日本中がバブル崩壊であえいでいる中で着実に成長していた。
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「コンパウンディング & フィラー分散のいろは」と題して、来月27日に「東京・大田区平和島 東京流通センター 2F」で講演会を1日(10:30-16:30)行います。
サイエンス&テクノロジー社主催の講演会ですが、弊社へお申込みいただければ、30,000円(消費税別)で受講できますのでお問い合わせください。
内容は、高分子材料に関する基礎から押出成形や射出成型までコンパウンディングが影響する分野について解説いたします。
総花的な解説ではなく、実戦的な内容で、最近中国で開発した実例も紹介いたします。
もし混練技術について、教科書を読んでみてよくわからない、と感じられた方は、ぜひご来場ください。
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技術の方法なり哲学は、科学誕生前から存在した。例えばエジプトのピラミッドが高度の技術の賜物であることはすでに解明されている。また歴史の遺物を見ると、技術開発の方法が、「作りたいもの」あるいは「欲しいもの」を追求した結果であることがわかる。すなわち、先日書いたように「結論からお迎え」方式である。
これに対して科学では「仮説設定」から入り、その仮説が真であるかどうかを確認するための実験からスタートし、真となったものを積み上げ完成する、前向きの推論形式である。
ゴム会社に入社したときに多くの人から「科学ではモノを造れない」と言われた。また新入社員実習では多変量解析を駆使し世界中のタイヤの構造解析を行い、そこからタイヤの性能を維持しながら軽量化因子を見出して設計したタイヤを誇らしげに見せながらプレゼンテーションを行ったら、CTOだった故S専務に「そこにあるのはタイヤではない」と一喝された。
これは大学を卒業したばかりで、将来は企業の研究成果で学位を取ろうと燃えていた当方にとって大きなカルチャーショックだった。同期で同様のカルチャーショックを受けて、配属の日である10月1日に転職し、転職した会社の社長を務めている人物がいるが、当方は故S専務の言葉を考え続けてきた。
ゴム会社は、故S専務の哲学による文化とアカデミアにそっくりの文化が共存していた会社で、当方の配属先は後者の研究所だった。居心地の悪さを感じつつ、12年間勤務し、技術の方法と科学の方法を駆使して高純度SiCの事業を立ち上げた。その間に故S専務の哲学がモノ造りでは重要で、科学の方法でモノ造りをするにはやはり問題があるという結論に至った。
だからと言って科学を否定しているのではない。科学には役割があり、それをうまく使いこなすことでモノ造りのスピードアップと開発された技術の再利用を容易にする。
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産業革命以前の技術開発では、科学の方法が使われていなかったが、産業革命以降、科学の進歩とともに技術が劇的なスピードで発展する。ただし最初は技術の方法と科学の方法によるそれぞれの技術開発が行われていたはずだ。
歴史家ではないので想像しているだけだが、おそらく科学は主にアカデミアで技術とその開発の方法を積極的に成長させたのだろうと思われる。科学は技術分野だけでなく人文科学という分野も成立させて現在に至っている。ただ、人文科学を見ていると、科学で嘘を言う方法が開発されているような気がする。
科学の問題は、美しい論理展開でその誤りを見えなくする場合があるのだ。科学分野の捏造はそのような科学の弱点をうまく使っている。科学にこのような問題が潜んでいても、20世紀には科学こそ技術開発を成功させる唯一の方法として教育に取り入れられ、ものの考え方は科学一色となった。少なくとも偏差値が高い大学の受験で科学に無知のまま合格するには不可能である。
以前この欄でフェノール樹脂とポリエチルシリケートから高純度SiCを合成した話を書いた。今もゴム会社で事業として継続されているが、この技術開発で科学は重要な役割を担っている。合成プロセスは技術の方法で開発しており、世間が驚くほどのスピードで開発し、先行投資を受けた半年後にパイロットプラントの建設に至っている。
ただし前駆体ポリマーの品質管理技術は、当時不明だったSiCの反応機構を明らかにした手法を用いて開発している。この手法については当方の学位論文を見ていただきたいが、科学が無かったとしたら、この技術の品質管理はかなり難しかったと思う。科学のおかげで容易にできたのだ。
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山尾衆議院議員の不倫問題について、文春第二弾が報じられた。しかし、第一弾と内容は変わらないのである。部屋の中で何をしていたかは当人以外不明であり、周囲は妄想を描くしかない。
これは、ほぼ皆が同じ妄想を描くに十分な状況証拠ゆえに話題になっているわけだが、不思議なのは、北朝鮮の核開発やミサイルが日本の上空を悠々と飛んでいる状況でも国防の議論(注)が活発化しない世相である。
青春時代にダスティン・ホフマン主演の映画「卒業」を観た。刺激の強い内容であり多感な年頃だったので、同じ映画を何度も観た記憶がある。当時は二本立てで、もう1本は「ジェレミー」という純愛ファンタジーだった。
「卒業」では、大学を卒業したばかりのベンジャミン(主人公)が、ガールフレンド、エレインの母親ロビンソン夫人と不倫をする物語である。(この映画音楽を担当したS&Gの楽曲、ロビンソン夫人というロックがヒットしている)
エレインは最後(結末の結婚式場のシーンはカップ麺のCMにも使われた)ベンジャミンを許し、二人でバスの最後尾の席に座っているシーンで終わるのだが、その二人の表情も含め、恋愛というよりも人間のあり方を考えさせられた映画だった。過ちがあったとしても、未来に進むためには勇気と寛容な選択が重要である。
山尾議員の問題は、もう許してあげても良いのではないか。次の選挙で選ばないようにすれば良いだけである。女優の不倫問題も重なり、毎日のように報道があるが、今もっとも心配しなければいけないのは、北朝鮮問題である。
北朝鮮問題では、「戦争」という概念について世界の常識に接することになる。一方で中東でまたしても不穏な動きが出てきた。米国は、中東と北朝鮮で戦争をするつもりなのか。グローバル化の中で戦争が拡大すれば、日本は必ず巻き込まれる。
不倫問題よりも遙かに怖い現実。その怖さを吹き飛ばそうとするがごとき不倫報道をするマスコミの動きは不気味である。日本という国のおかれた現実を考える報道をマスコミはすべきであるが。戦争に巻き込まれる恐れのある状況で日本人はどのような行動をしなければいけないのか、難しい問題である。
(注)今朝のWEBニュースで衆院の解散が行われる、という予想が流れている。政治空白のリスクがあるが、戦争になる可能性がある中で、早めに国民に現状の問題について問うのは賢明である。衆院の任期が一年弱という状況なので、タイミングとしては今しか無いと思われる。世界情勢はあまりよい流れではない。
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