ゴムを樹脂で補強すると弾性率と損失係数をあげたゴムを設計できる。どのような組み合わせでもできるわけではない。ゴムにゴムよりも弾性率の高い樹脂を混練してゆくと、弾性率が上がるとともに損失係数始めゴムに備わっている他の性質も無くなってゆく。
弾性率だけをあげて他のゴムの物性を生かした材料を設計しようとすると高分子の高次構造の知識が不可欠である。樹脂補強ゴムでは、ただ樹脂が添加されたというだけではなく、30部前後添加された樹脂が海を形成しゴム相が島となる海島構造も影響している。
このことはゴム会社に入って初めて獲得した知識である。大学で高分子物性論も学んだが高次構造が力学物性に影響を及ぼしている、という程度の曖昧な知識しか学ばなかった。レオロジーが大半のその講義では、バネとダッシュポットのモデルから高分子物性を説明し、高分子のクリープについてのモデルが複雑である、という説明であった。
社会人になって、メンターから今のレオロジーでは高分子物性をすべて説明できない、と教えられた。ただ材料技術として捉えたときにクリープ以外の現象を理解するときにバネとダッシュポットのモデルは便利だ、とも。また、粘弾性の測定装置もレオロジーをもとに考え出された機械なので、アカデミアで不要になっても技術として残るのではないか、というのがメンターの見解であった。
大学で学んだ高分子の知識は何だったのだろう、と少し戸惑ったが、業界トップ企業の技術力がアカデミアを越えている現実を知った良い経験である。そしてそれを支えていたのが優秀な技術者集団だった。高分子について一家言持っている“ウルサ型”技術者、“教え魔型”技術者が大切な先生だった。今のようにインターネットで情報を収集できる時代ではなかったので、いち早く先端情報を入手しようと競い合っていった。先端情報をいち早く入手すればドヤ顔ができた時代である。
今情報入手という点では恵まれている。誰でもどこでも情報入手できるユビキタスの時代である。特許でも無料検索できる。その気になれば最低1.5年遅れになるが無料で先端情報を入手できる。お金を払えば半年遅れで入手できる。あとは学ぶ意欲があるかどうかだ。
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昨日の続き。
スクリーニングを行っていた30部という水準と、混練しにくいという理由で結晶化度の低いゴムを検討していた当初の方針で、1年間実験を行っていたら見落としていた可能性があった。フェノール樹脂を用いた樹脂補強ゴムにヒントを得て、3次元に架橋する樹脂でなくとも樹脂補強ゴムができるのでは、とスタートしたプロジェクトではあったが、その科学的理解が十分ではなかった。
すなわち、樹脂補強ゴムの開発は科学的情報など無い中で、単なるアナロジー的発想で始まった研究開発プロジェクトである。アナロジー的発想ではあったが、樹脂がゴム中に分散し結晶化すればフェノール樹脂の架橋と同様の効果を期待できるのでは、という仮説はあった。その仮説を基にしてメンターは樹脂が海で、ゴムが島になったときの高次構造を仮定してレオロジーシミュレーションを行ったのである。
しかし、なぜ30部でなければいけないのか、とか結晶化度がどれだけなくてはいけないか、という情報は存在しなかった。正確に表現すると、前者の科学的情報は数学の世界に存在したが、材料科学の関係者は、1979年の頃パーコレーション転移を知らず、混合則で現象を捉えていたために30部の意味を理解できなかった、となる。
パーコレーション転移が材料科学の分野に普及していったのは1990年前後である。この頃になって写真会社で開発した酸化スズゾルの帯電防止層の技術は化学工業協会から技術特別賞を頂いたが、インピーダンスの評価技術を用いてパーコレーション転移を制御した当時珍しい技術であった。
このように異なる分野で科学的情報が存在しても、その情報の理解が進み普及するまで二昔前まで10年程度の月日がかかった。情報化時代の今日でも、2-3年かかっている。Π型人間とかたこ足的技術者とか時代の変遷とともに異分野の情報を入手し理解できる人材の重要性が表現されてきたが、今は足の数よりもキーボードを叩く”マメさ”が重要な時代だ。千手観音が理想となるのだろう。
ただ、情報の普及がスローな時代には、発見の喜びが多数あった。そして発見した現象についてタコツボの楽しみを味わうことができた。今は、新しい現象を発見したならば、猛スピードでまず走らなければならない時代である。キーボード片手に情報調査と実験を並行に行わなければ安心できない時代である。山中博士がヤマナカファクターを発見した非科学的方法を秘密にして、特許出願を優先した姿勢は日本のアカデミアの研究者もアメリカ並みになってきて競争とスピードを意識するようになったことを示している。
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最初の1ケ月間、樹脂補強ゴムの開発は、ゴミを混練してる様な仕事だった。シミュレーション結果とはほど遠く、単純な引張試験のデータも実用にならない結果ばかりだった。一年後に得られるであろうデータを一ヶ月程度で出してやろうと目論んでいたが、月報も書けない状態である。すなわち、ゴムへ樹脂を30部配合してうまく樹脂が海で、ゴムが島になる構造をとる組み合わせを探していたのだが引張試験のデータ以外に大きな変化は見られなかった。
引張試験の結果には、樹脂を混ぜても強度があまり低下しない系が幾つか存在した。いずれもSP値が近い組み合わせで、周囲の専門家の意見では当たり前の結果であった。実験を始めて1ケ月半過ぎた頃少し弾性率が高いゴムが得られた。弾性率が高く、損失係数も高いゴムが目標だが、そのゴムの損失係数はゴムのそれとあまり変わらなかった。
メンターの方針では30部程度でスクリーニングを行い、シミュレーション通りの結果が得られたら樹脂の添加量を変動させる実験に移る予定だったが、その少し高い弾性率を示した組み合わせについて、添加量を振ってみたところ、40部でシミュレーションどおりの物性のゴムとなった。
30部と40部で細かく3点ほどデータを取ってみたところ、35部もシミュレーション通りのデータとなった。このシステムに用いた樹脂とよく似た構造の樹脂を1ケ月前に検討していたが、それについても40部でデータ見直しを行ったところ、弾性率はやや低いがシミュレーションに近い傾向を示していた。
1ケ月間ゴミを混練しているような実験であったが、スクリーニング段階の添加量の設定が悪かったのではないかと、これまで実験したデータについて40部で再度全ての組み合わせを見直した。するともう2組みシミュレーションに近い傾向を示す組み合わせを見つけた。気がついたら、毎日夜中の12時まで実験を1週間続けていた。
メンターにこの結果を報告したら、40部は樹脂の添加量として多すぎないか、といわれた。30部程度でもうしばらくスクリーニングしてみようということになったが、実験は30部、35部、40部と3水準でこっそりと進めた。実験量が3倍に増えたので、サービス残業を毎日夜中の12時まで行った。東京に出てきたばかりで毎日独身寮と会社の往復である。同期の誘惑さえ断れば時間は無尽蔵にあった。自己啓発の時間を削れば一日に2日分の仕事をこなせる恵まれた状況だった。
面白いことに35部の添加量で、シミュレーションと近い傾向の組み合わせシステムがさらに4組見つかった。スクリーニングを予定していた樹脂の評価をすべて終えたのでデータを整理してみたら、35部の添加量であるパラメータが樹脂の結晶化度と相関するデータが得られた。結晶化度の高い樹脂は混練しにくいと言う理由で除外していたが、結晶化度の高い樹脂についても少し検討したところ、2組みシミュレーションと同じ結果となり、驚くべき事に1組は30部でも弾性率が高く損失係数も高いゴムとなっていた
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ゴム会社で社会人1年生となったが、運が良かった。技術者とは何か、技術の伝承の仕方、科学と技術の役割の違い等1年間に多くのことを学ぶことができた。半年に及ぶ新入社員研修と優れたメンターのおかげである。
10月に配属され樹脂補強ゴムの研究開発を指導してくださったメンターはゴム材料技術者として大変優秀な人だった。また、配属先の居室の斜め前の部屋には、当方が配属されて半年後東大へ転職された西先生がいらっしゃった。給与をもらえて勉強できて、大変に恵まれた環境で技術者としてスタートできた。
メンターはレオロジーの専門家で、HPの関数電卓で常微分方程式を解きゴム材料の動的粘弾性についてシミュレーションを行う器用な人であった。新入社員用のテーマ説明書には、電卓でシミュレーションされた物性データとその基になる考え方が10ページほどにまとめられていた。
1年かけてそのシミュレーションデータの挙動を示す材料を開発する、というのがテーマである。そして、その10ページに及ぶテーマ説明書は誰にも見せてはいけない、という。理由は課内会議のその年の1年分のネタだからだ。また特許出願も1年後に予定しているから、というのも理由の一つであった。
この仕事のやり方は極めてエレガントだと思った。単なるアクションプランだけではなく、アクションの結果まで予測しているのである。ここまで仕事が整理されていると、何か異常事態があったときに軌道修正をすぐにできる。
Oさん(メンター)と仕事をすると大変でしょう、と同情の言葉をかけてくれた人がいた。噂では、Oさんと一緒に仕事をやった人は皆やらされ感で仕事のやる気がなくなったそうである。当方は、1年間の仕事がここまで整理されているなら、これを半年でやり遂げたらどうなるか、ということを考えていた。あるいは1年先のデータを最初に出してしまったらどうなるか、ということも考えていた。
メンターは作業の一通りを指導してくれた。その後、ゴムの配合表と、サンプル5本を渡されて、自由にバンバリーとロール混練の練習をして、サンプルと同じゴムを作れるようになってから実験を行うように言われた。サンプルは、当時タイヤのビードフィラーに採用予定の最先端の樹脂補強ゴムであった。簡単な作業と思っていたら、サンプルと同じ物性を示すゴムを混練できるようになるまで1週間かかった。
1週間毎日同じ配合のゴムを混練し加硫、物性を評価する、という単純作業の繰り返しであった。実験室では諸先輩が実験装置の扱い方のコツをいろいろと教えてくださった。面白かったのは流派が2つほどあり、混練装置の扱い方が異なっていたことである。今から思えば、無駄な捨てる材料は多くなるが、メンターが指導してくれた中型の装置を使用してゴムの混練をする方法が近道であった。
同じ物性のゴムが得られたことをメンターに報告すると、実験室で誰のアドバイスが参考になったか、と質問された。Aさんだ、と正直に答えたら、今後分からないことがあったらAさんに聞くように、と実務のやり方までうまく教えてくれた。ホーレンソーの重要性が言われるが、誰に何を相談したら良いのか、早めに覚えることは、実務を効率良くこなすために大切なことである。上司に相談内容を報告することは常識だが、上司不在の時など仕事の相談を気軽にできる人が身近にいた方が便利である。
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昨日外部から調達していたコンパウンドで満足な製品ができなくて困っていたが、コンパウンドメーカーからは、親切にも成形技術に問題があると言われた体験を書いた。品質問題が起きると、コンパウンドメーカーは、成形技術のどこが悪いか、ということを親切に教えてくれる。そのかわり混練技術の問題を指摘しても素人には分からない、といなされる。
しかし製品化スケジュールに余裕が無かったので、成形技術の見直しを中断して、二軸混練機の中古機を導入し3ケ月間でコンパウンドから製品までの生産ラインを立ち上げた話を紹介したが、これは同じ事を実行しても異なる結果が出る、科学では許されないことであるが、技術ではしばしば生じる事例だ。
同じ二軸混練機を使用しているが、異なる品質あるいは異なる機能の樹脂ができる、科学的にあり得ないことが、技術ではその前後のわずかな方法や手順の違いで劇的な品質の差を創り出すことができる。技術を理解していないとわずかな方法や手順の違いの意味がわからず、すべて同じに見える。
科学を知っていても、細かいノウハウの科学的な意味を理解できていなければ多少の違いを見落とす。技術を知らない、と言う言葉はこのような場合に使われる。科学で解明されていない現象が多いプロセスでは技術のブラックボックス化が有効である。
技術者は、科学的な解明がされていない現象でも体系化された一つの方法として機能実現のために使いこなせなければならない。科学的に解明されていなければそれを実行できない、というのでは技術でイノベーションを起こすことなどできない単なる職人である。
科学的な理解ができていないのに、単なるノウハウとしてその方法を実行しているのなら、それこそ職人ではないか、といわれるかもしれないが、体系化された知識の無い職人にはイノベーションを起こせない。
機能実現の方法について体系化された知識を持っているからイノベーションを引き起こすことができ、そこが技術者と職人の違いである。機能実現の方法を知識として体系化するには、現代であれば体系化するための科学的知識が要求される。科学的知識をどれだけ持っているかどうかは、技術者と職人の分岐点である。
ゴムの混練ではロールを使用する。生産ラインではバンバリーで5分ほど混練し、その後ロール混練を行うが、バンバリーを使用せず、すべてロールでゴムの配合を仕上げることもできる。研究段階の試作はバンバリーを使用せず、すべてロールだけでゴムの配合を作り上げることがある。
職人は、長年の経験とカンで研究用のプロセスを組み立て、ロール温度や回転数、返しの方法など二本のロールで使用可能なあらゆる技から適した方法を選択するが、技術者はゴムの配合と分析データその他を見比べてプロセス条件を決める。
同一配合でも、しばしば職人が混練したゴムを用いた成形体の物性が良かったりする。科学的に説明ができない場合には、技術者が職人から「技」を学ぶ機会ができ、それが知識として整理され技術が伝承されてゆく。科学の知識が論文で伝承されるように、メーカーにおいて職人の「技」を知識として伝承するのは、技術者の責任である。
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科学的成果は普遍的真理の体系となるが、技術を同じような視点で表現するならば機能実現の方法論の体系と言ってもよいだろう。技術の普遍的方法論の一つであるタグチメソッドはロバストネスの高い機能を実現する方法の体系である。弊社の問題解決法は、機能実現で遭遇する問題解決のための方法論である。弊社の問題解決法は、人生の問題解決にも使用できるが、技術に使用すればアイデアが豊富に出てくる「技術のための問題解決法」である。
技術が機能実現の方法論の体系ならば、業界あるいは企業ごとに固有技術というものが存在してもよい。科学のように普遍的な技術も存在するが、固有技術は普遍的である必要は無い。その企業特有の技術でブラックボックス化されていれば、差別化技術となる。
混練技術は、技術というものを理解しやすい事例の一つである。例えばゴムの混練技術者の考え方と樹脂の混練技術者の考え方には共通しているところも存在しているが、基本的なところで異なっている。叱られるかもしれないが、ゴムの混練技術者は、混練物と成形体の機能との関係にかなり神経質であるが、樹脂の混練技術者には成形体の機能は成形技術と混練技術の総和であると考える甘さがある。
ゴムの混練技術者にも樹脂の混練技術者の言い分は理解できる。しかし、成形体の機能に問題が発生したときにゴムの混練技術者は自責の対応をとるが、樹脂の混練技術者は他責の対応をとる。コンパウンドユーザーの立場で面談した樹脂の混練技術者のすべてがそうであった。あまりの他責の考え方にあきれ、製品立ち上げの直前に、自分でコンパウンドのプラントを立ち上げたこともあった。
ゴム会社に勤務した経験では、材料開発者は自責の念が強かった。品質問題が発生すればまず自分たちの問題として対応していた。企業風土の影響もあるがゴム会社の場合には、混練技術と成形技術が一体となっている場合が多いからである。樹脂業界ではコンパウンドメーカーと成形メーカーは連携しない場合が多い。
またゴム材料技術の歴史を見るとバッチプロセスが前提で技術が進化してきたが、樹脂では連続式混練機が早い段階から使用されてきた。ゆえに樹脂の混練ではゴムの混練で見られるような多彩な技が入る余地が無かった。タイヤ業界の参入障壁が高いのはブラックボックス化された技術が多いことも一因である。
樹脂業界では二軸混練機を買ってくればいつでもコンパウンドを製造することができる。3ケ月で立ち上げたコンパウンドラインにはインターネットで見つけた中古機を使用したが、スクリューセグメントだけでなくペレタイザーまで中古機をそのまま使うことができた。さらにその中古機を使用したコンパウンドは外部から購入していたコンパウンドよりも品質が高く、後工程の成形技術を見直す必要なく、問題となっていた成形体の機能を容易に実現することができた。但し材料管理から生産、後工程の為の品質管理の一連の流れを組み立てる技術については、ゴム会社で体得したノウハウを用いたが―――。
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無溶媒で行う混練については、そこで発生している現象について不明点が多い。混練のシミュレーション技術も進歩しつつあるが、いまだ科学的シミュレーションと言えるレベルではない。混練中の二軸混練機の中を可視化した装置を用いて研究している現場を見学しても、何をやっているのか分からない状態である。2色の樹脂が混練されて単色になってゆくのは見ればわかる。しかしそれは想像していた様子と変わらず、それ以上の情報が得られない。
想像していた様子と同じであるから価値がある、と言われてみてもスクリュー形状が変わっても大きな変化が見られない実験ではシミュレーション結果との整合性を取ることができない。ロール混練で観察される現象に比較すると、お金がかかっている実験であるにもかかわらず得られる科学的情報が少ない。
混練を科学的に研究しようとすると実際に起きている現象をモデル化するところが難しい。それでも単純な系では科学的なデータが集まりつつある。しかし、まだ技術開発に大きく貢献した、といえる事例は少ない。これが低分子溶媒を用いた高分子の混合の世界になると科学的に体系化され、技術開発に役立てることが可能である。
例えばラテックスについては、その合成から2種以上のラテックスの混合まで科学的に実験が行われ実際の現象との整合性がとれる質の高いデータが公開されている。ラテックスの合成はミセル内で行われるが、その動力学的成果は四塩化スズの加水分解でゾルが生成し沈殿する系に応用したところ技術的実験データと相関したのには驚いた。
混練の世界で科学的データが参考になり技術開発に結びついた経験は1度しか無いが、ラテックスの分野では科学的成果に助けられた。約20年前にセラミックスの研究開発をあきらめなくてはならない状況になり、転職した会社でフィルムの表面処理技術を担当したときに科学的情報の多い分野だったので助かった。専門外の人間でも一ヶ月ほど科学的情報を中心に勉強すれば、技術者として新しい成果を出せるようになるのである。
高純度SiCの開発を行っていたときには科学と技術が同時進行していたような時代であったが、ラテックスを用いたフィルムの表面処理については、科学的に質の高いデータが多くすぐに新しいアイデアを考え出せる環境だった。おかげで転職した2ケ月後には新たな企画を提案でき、20年間に200件以上の特許を書くことができた。科学の成果は普遍的真理の体系であると実感した。
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液状の高分子の混合では、高速剪断が活用されている。この事が教科書に詳しく書かれていない。教科書に書かれている混練と言えば室温で固形あるいは高粘度の高分子が対象である。ゆえに35年前のゴム協会誌に剪断流動で混練後の構造はミクロンオーダーよりも小さくならない、と実験データとともに記述されていても誰も疑問としなかったのだろう。
ゴム会社に入社2年後、ポリウレタンエラストマー発泡体(PU発泡体)の研究開発を担当した。PU発泡体は、スラブフォームとRIMの2種類扱ったが、生産機のミキシングヘッドは両者ともに高速剪断装置であり、これを用いてミクロンオーダーよりも小さい高次構造を形成できた。
ミキシングヘッド内の高分子の滞留時間は2秒以下で、瞬時に混合分散が進んでいることになる。当時ヘッド内の設計は現場のノウハウであり写真撮影が禁止されていた。ゆえにプレゼンテーションでは毛虫のような図で代用していた。何も知らない人には毛虫に見えたのかもしれない。毛虫はエンペラーと呼ばれており、毛虫の皇帝か、という冗談が受けた。
毛虫が高速回転するそのミキシングヘッド内では分子レベルの混合が、たった2秒間で行われている。エンペラーの構造から剪断流動が発生していると推定され、剪断流動でも分子レベルの混合ができることを示していた。
ホスファゼン変性PU発泡体では、ホスファゼンをTDIとのプレポリマーにして添加した場合と、低分子固形物で添加した場合で試作を行ったが、前者の難燃性能が20%程度高かった。力学物性から、前者は可塑剤として作用していることが推定され、分子レベルで分散している様子が推定された。また、電子顕微鏡写真の比較でも、後者ではホスファゼン超微粒子が観察されたが、前者では単相を示していた。
たった2秒間の混合で分子レベルの混合を達成できる高速剪断装置の混練効率は極めて高い。なおミキシングヘッドは運転中に外装を触れても12月の試作にかかわらずひんやりするほど冷却されていた。
そのほか溶媒を用いない高分子の混合の例ではシリコーンLIMSがあり、スタチックミキサーが使用されるが、これも剪断流動で混練を行っている。すでに述べたように剪断流動では混練後の高次構造のサイズが剪断速度に影響を受ける。スタチックミキサーを使用するときに注意しなければいけないのは充分な剪断速度が発生しているかどうか、という問題である。
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高分子の混練装置には、バッチ式と連続式があり、バッチ式にはバンバリー、ニーダー、ローラーが、連続式には一軸から二軸さらには多軸式の混練機がある、と教科書に書かれている。そしてバッチ式はゴムの混練に用いられ連続式は樹脂の混練に用いられる、とある。
当方も混練に関する執筆を頼まれたときには、昔ながらのこの分類に従い説明をしているが、やや恥ずかしさを感じている。多くの書籍でこのような説明がなされているが、これは一例であってこの方式にとらわれる必要はない。むしろこの説明はタコツボ技術式説明だろうと思う。ゴムを連続式混練機で混練しても良いし、逆に樹脂をバッチ式混練機で練っても良い。
ただし、これは混練物の物性を考えなければ、の話である。すなわち混練物の物性を考慮した場合には、ゴムも樹脂もバッチ式混練機のロールで混練した方が良い。ただ、バッチ式は生産効率に難があり、一方樹脂の場合連続式で混練してもユーザークレームが少なかったので連続式混練機が用いられたという経緯がある。
加硫ゴムについては、連続式混練機では混ぜるのが難しい、と書いてある教科書がある。しかし、これはウソである。装置を工夫すれば、特に原材料の投入口を工夫すれば加硫ゴムでも混練可能である。ただし、連続式混練機で混練された加硫ゴムの物性は、熟練者によりロール混練された加硫ゴムに比較すると劣っているという問題の存在と、ストランドで押出したときのダイスウェル効果に驚く事になるが。換言すれば加硫ゴムは、樹脂に比較して混練プロセスにその物性が大きく左右される難しい材料といえる。逆に樹脂は適当に混練しても一応の物性が出るので経済性を優先して二軸混練機で混練されている、と説明した方が正しいだろう。
このようなことを書くと樹脂の混練技術者に叱られるかもしれないが、バッチ式による加硫ゴムの混練技術に比較して樹脂の連続式混練技術のほうが制御因子が少なく技術的難易度が低い。さらに加硫ゴム技術者はプロセスと物性の関係に苦しむが、樹脂技術者は成形技術者に問題を押しつけることが可能で、実際に樹脂メーカーの技術者の成形技術者に対する横柄な発言にびっくりしたことが多々ある。
混練は剪断流動と伸張流動の組み合わせで進行するが、剪断流動では剪断速度で混練物の状態が大きく変わる。また伸張流動では高分子溶融体の粘度でその効果が左右される。混練物のレオロジーや成形体の力学物性を考慮すると、ゴムと樹脂という種類で単純に混練装置が決まる、と考えない方が良い。
もし高分子の研究を行うときに、高分子を混練するための設備を1台しか導入できないとしたら(株)小平製作所製の二本ロールを購入すると良い。混練物の特性を示せば使いやすい二本ロールを納入してくれて使用方法も教えてくれる。ロール混練では使用方法を工夫するとカオス混合もできる便利な装置であるが、「技」が要求される難しい装置でもある。構造は二本の回転するロールがあるだけなので極めて単純である。
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30年前、混練技術の教科書はハードウェアーの説明書であった。混練したい高分子材料の種類により、どのような混練機を選べば良いか、という説明と、混練機のハードウェアーの説明があれば教科書として充分と思われていたようだ。
高分子材料の設計における混練技術の役割が論じられるようになったのはこの10年ほどのことである。10年ほど前に推進された高分子精密制御プロジェクトは、あまり評価されていないが、アカデミアの成果は大変大きかったのではないかと思う。
例えば、ナノオーダーまでの混練は、伸張流動を利用しなければできないが、剪断流動では、ある構造サイズ以下の材料を製造できないとか言われていたが、実用化は難しいが小さな実験機で高速剪断で混練すればナノオーダーまで到達できることが示されたし、伸張流動でナノレベルの材料を量産できることも実証された。
ところが、剪断流動の成果は、高分子が低分子量化したからナノオーダーの構造になったのであって、とか、伸張流動の成果は、あんなL/Dの大きな二軸混練機は生産機として使えないとか陰口を言われている。しかし、混練技術のレベルにようやく科学が近づき始めたことをなぜ評価しないのだろうか。
高速剪断装置で高分子を混練すると発熱が大きくどうしても分子の断裂が発生するが、この実験結果は、もし発熱の小さい高速剪断流動ならば、どのような混練が進行するのか、という問題を提案している、ととらえることもできる。この問題の答は、分子の断裂が起きず、ナノオーダーまで混練が進む、と考えられる。
また、それを示唆する技術的なコンセプトで行って得られた実験結果もある。すなわち剪断流動では高次構造を小さくできない、と過去に言われていたが、それは剪断速度を考慮していない条件における結論だった。剪断速度が大きく変化したときの剪断流動は、一般の二軸混練機では得られない現象が生じる。高速剪断装置では分子の断裂が起きているので信用できないデータ、という否定的な見方をしている限り、新しい技術は生まれない。未知の世界へチャレンジして得られた結果に問題があったなら、その問題が本当に全ての結果を否定しなければならない問題かどうか慎重に考える必要がある。高速剪断装置の実験結果は新しい技術アイデアを生み出すヒントを示している。
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