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2013.10/11 ボーイング787のLiイオン二次電池その後

昨晩高校の同窓生で東京在住者が毎月集まる東京旭丘会月例会(旧東京愛知一中会)の当番だった。そこでボーイング787の機長を務めた同期の小川良君(今年すでにJALを定年退職)に講演をして頂いた。彼はフジテレビの「矛x盾」で放送された飛行機マニアとJALの対戦にJAL代表として美人の客室乗務員町田さんと一緒に出演したTV映えのする二枚目である。

 

講演内容は同窓生対象なので表題の話題以外に彼の機長として、あるいはJALの元社員としての興味深い飛行機の話が大半であった。ただ、表題の話題については技術という側面を分かりやすくプレゼンテーションしていたことと、以前本欄で紹介したこともあるのでここで話の一部を取り上げた。

 

ボーイング787が最新鋭機として他の767や777はじめその他の7シリーズと比較しどこが優れているのか、という話の中でバッテリー不具合対策が紹介された。あくまでも同窓生対象なので、プレゼンテーションでは難解な技術用語は飛び出さず分かりやすい説明であったが、ここでは技術的に翻訳して要約する。

 

バッテリー事故では新聞でも紹介されたように原因解明には時間がかかり終結までの見通しが不明であった。但し、バッテリーそのものは本欄で紹介したようにGSユアサの技術力で、エラーが起きても火災を引き起こすまでに至らなかった(注1)。

 

そこでバッテリーに予想される不具合108項目(実際に発生するかどうかは別にして科学的に考えられることすべて)を再度見直し、対策が不十分と改めて判定された80項目(すでに対策が取られていてもリスクがあると思われる項目)すべてに新たに3重の対策を施したという。その一例が写真とともに紹介された。

 

この話は品質工学のFMEAという手法を3重に行っている、という内容である。このFMEAという手法は、科学の時代でも科学で解明されていない現象を含む技術の品質保証ではメーカー各社どこでも行っている“はず”の手法で、経験が積み重ねられれば品質の信頼度を急激に高めることができる。108項目についても初めてのフライト前に当然行われていた。しかし原因不明の事故が起きた、ということで重要な80項目についてさらに3重に対策を行った、という。一例では過剰品質といえるところまで行っていた(注2)。JALの安全に対する厳しさが伺われる説明であった。

 

電池というものは、イオンの拡散という現象で科学的に説明ができるが、その耐久性も含め、科学的に完全に説明がつかない現象も多数存在する商品である(高度な技術の商品は皆この問題を抱えている)。本欄で科学と技術を科学技術という曖昧な言葉で集約するのではなく、技術開発でそれぞれの目的が異なる点を重視している一因であるが、科学の成果と思われている商品すべてが実は技術の成果で創られており、その中には現代の科学で解明できない現象が商品に含まれている問題に改めてここで取り上げたい。

 

技術の成果に科学で解明されていない現象が含まれているかもしれないのでFMEAというヒューマンエラーを防止する対策を行うのである。ただ、ここで注意しなければいけないのはFMEAそのものは科学的視点で行われている、ということだ。すなわちFMEAを行っても科学で理解されない現象が起きればせっかくの科学的論理で導かれた対策をくぐり抜けてエラーが発生する。このようなエラーは科学で理解できないので「経験」という行為を積み重ねる以外に防げないのである。

 

ゆえに市場でエラーが発生する度にFMEAを繰り返しているのがメーカーの品質管理のやりかただが(注3)、それを一気に3重まで一度に行う、というやりかたは初めて聞いた。だからボーイング787は今無事に飛べるのである。

 

傾斜のある土地にタンクを並べその最上段に1個だけセンサーをつけて安心して汚染水を垂れ流していた東京電力はJALを見習うべきである。科学の初歩的な学力があれば分かる現象でミスが発生する間抜けな状態(注4)というのはFMEAが行われていないことを意味している。

 

(注1)飛行機には発電装置が8基あり、これがすべて壊れたときにさらに2基あるバッテリーが使われる、という安全に安全を重ねた多重の対策が成されている。ゆえに新聞で報道された事故で飛行機が墜落することは無いそうだ。

(注2)関連メーカー技術者を含めた企業の横断的プロジェクトで推進された、ということでGSユアサの技術者も加わっていたはずである。

(注3)車のリコールは恥ではなく技術を高める活動の一つである。ゆえにそれを隠蔽するのは罪だけでなく技術開発を放棄している行為である。

(注4)今回の汚染水漏洩は、連通管と同じ原理に設計してセンサーを1個にした、というならば間抜けな対策である。傾斜した連通管で一つだけセンサーをつけるならば傾斜した最も低い位置にある管にセンサーを1個取り付けるのが常識である。傾斜した連通管の最も高い位置に取り付けたのは、「間抜け」か「意図的」なのかどちらかである。もし後者ならば犯罪である。永遠に水を貯めることができるタンクと称して汚染水をこっそり垂れ流すことができるので今回の事件は犯罪の可能性もある。犯罪でなければ東電の技術者は中学生レベルと見なすべきである。

 

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2013.10/10 ハイブリッド車

第54回電池討論会では、電気自動車やハイブリッド車の話題もあった。環境問題の解決策として電気自動車は取り上げられるが、電気自動車が使用する電気の発電方式が火力発電であると、その普及が必ずしも環境対策にならない場合がある、との指摘があった。これは日本の脱原発の動向とともに考えなければならない問題だろう。以前問題になっていた給電スタンドについては都市圏で電気自動車を使用する限り解消されたとの説明があったので、そろそろ普及期を考慮しての問題提起と思う。

 

ハイブリッド車は電気自動車普及までのつなぎ、とその登場時から世間で思われているが、産総研の方のこの講演を聴き、少し認識を変える必要を感じた。個人的な話題になるが、おそらくこの2-3年の間に車を買い換えるとしたら人生最後の車になるかもしれないので、車関係の講演を選んで聞きマイカー選択について考えてみた。

 

ハイブリッド車といえばその登場時トヨタの独壇場であったが、ホンダがその市場に参入すると面白い比較広告がトヨタからPRされた。それは二人乗り自転車の比較広告で、老人と子供の乗った自転車と筋肉もりもりの若者が二人乗った自転車との競争である。大変分かりやすい広告であった。しかしこの公告の甲斐無くホンダのハイブリッド車は市場に歓迎された。

 

今年になってスバルからXVというSUVのハイブリッドが登場した。スバルはトヨタとの提携関係にあるので、トヨタ方式のハイブリッド車が登場したのかと思ったら、ホンダ方式でモーターが小さいハイブリッド車であった。ただホンダと異なるのはエンジンと直結していないので、モーターだけの走行も可能になっている。

 

ハイブリッド車に関してはメーカー発表の燃費と実燃費の違いが問題にされており、やや胡散臭い車と思っていたが、スバルはハイブリッド車の魅力としてターボチャージャーのような役割として捉え、燃費向上を考えていない、と新車発表時に説明があった。この潔さに魅力を感じ、試乗してみると、2000ccの排気量であるが、一クラス上の車のような運転感覚である。

 

プリウスはどちらかと言えば電気自動車的な未来感覚であったが、スバルXVはターボチャージャー付きの車をさらに改良したようなガソリンエンジン車という感覚のハイブリット車である。アクセルを踏み込めばポルシェと同じ水平対向エンジンの気持ちよい加速感である。WRXのような過激さはないが、アクセルに対する加速感の応答が自然である。加速感としてはホンダのCR-Zも面白いハイブリッド車であったが少し気恥ずかしさがあり購入を見合わせたが、XVは大人のハイブリッド車という印象を受けた。問題は車高の高さである。

 

トヨタの比較広告でハイブリッド車はトヨタというイメージを持っていたが、ホンダやスバルのようにエンジンをモーターでアシストするハイブリッド車という発想も悪くない。ターボチャージャーのような低回転域の非力さが無いので高排気量の車を運転しているような錯覚になる。

 

プリウスでも実燃費はカタログ値の60%から70%である。ハイブリッド車という技術を燃費改良という視点ではなく、ガソリン車の性能向上という発想で活用したスバルXVは、人生最後に選ぶ車の候補に考えても良いのかもしれない。実燃費もプリウスより1-2割悪いだけである。同じ価格で二クラス上の車という印象を与えるXVの商品価値は高い。少し値段は高いがホンダの話題の車アコードにも試乗してみたい。

カテゴリー : 一般 電気/電子材料

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2013.10/09 第54回電池討論会

今週月曜日から水曜日まで大阪で表題の討論会が開催されている。昨日時間を調整できたので参加した。このような討論会の良いところは技術のトレンドを瞬時に把握できる点である。

 

例えばLiイオン二次電池の負極に数年前から注目が集まっていたが、Sn系はもう時代遅れで、Si系も技術開発のピークになって最終完成系ができているのでは、と思われる雰囲気であった。

 

Si系負極を採用した電池については昨年既に上市されたが、まだ理論容量に到達していない。実験室では到達していても実用系ではまだまだ問題がある。その問題解決につながるかもしれない、興味深い発表がJFEテクノリサーチからあった。

 

金属SiにLiイオンが拡散する時に<101>面から選択的に入り合金を形成するそうだ。貴重な分析データが公開されたが、このデータを見るだけでも新幹線代は高くない、と思わせる内容だった。

 

金属Siをそのまま負極に用いることができないのは充放電で大きな体積変化が生じる為で、Liと合金化すると負極がダメージを受ける。ただ一度膨張した後収縮はせずそのまま充放電ができる点が少し不思議だったが、発表内容からその現象を理解でき、新しいSi系負極のアイデアが浮かんだ。

 

Liイオン二次電池はブリヂストンから発売されたポリアニリン正極の二次電池が最初だが、登場してから30年以上経ち性能は著しく向上した。時期尚早と思われていたが飛行機にも実用化された。そしてGSユアサの技術力もあり、万が一電池が壊れても火災の原因にならないことを証明した。

 

これはNAS電池の事故後の事件でもあり、あの程度で収まったことは驚くべきことである。恐らくLi二次電池の負極開発競争はあと2-3年で終了し、電池の部材のコストダウン競争が始まるものと思われる。

 

昨年電池材料を開発している友人から面白いジョークを聞いた。海外で学会がある時に電極材料メーカーの社員はエコノミークラスに搭乗するが、電解質メーカーはビジネスクラスに乗っている、という話である。

 

電池討論会を聞いているとLi二次電池の液体電解質についてはもう企業の技術開発が完了している印象を受けた。今Li二次電池のホットな話題は、電解質を固体にした全固体Liイオン二次電池に移っている。

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2013.10/08 高分子の難燃化技術のノウハウ(6)

溶融しやすい軟質ポリウレタンフォームの難燃化に燃焼時の熱で無機高分子(ガラス)を生成するシステムを検討した。予想通り溶融物は落下せず自己消火性炭化促進型軟質ポリウレタンフォームが合成された。

 

燃焼面に生成したチャーを分析すると最表面にはボロンホスフェートが生成していた。また添加したリン酸エステルに相当するリンが検出された。熱分析を行った後の残渣でも同様に添加した量に相当するリン及びホウ素が残っており、このことから燃焼時にホウ酸エステルとリン酸エステルとの反応が推定された。

 

ホウ酸エステルとリン酸エステルの組み合わせについて15種類ほど添加量の違いも含め全部で50サンプル前後のホウ酸エステル変性軟質ポリウレタンフォームを合成し、燃焼実験をASTMの規格で行ったところ、すべてでボロンホスフェートが生成していること、さらに多変量解析結果でもホウ素の役割がリンと同程度であることなども示すことができた。

 

ちなみにホウ酸エステルだけではLOIは19.5までしか上げることができず、軟質ポリウレタンフォームに自己消火性の機能を付与することはできない。リン酸エステルを組み合わせたときだけLOIは21を越え、さらにTGA曲線の微分を観察すると熱分解速度が最大になる温度がホウ酸エステル無添加の時に比較して高音側にシフトするとともに熱分解速度も低下している。

 

しかし、ホウ酸エステルとリン酸エステルとの組み合わせにおいて、燃焼試験時における溶融物の状態がわずかに異なることを発見した。すなわちリン酸エステルの構造によっては溶融物がわずかに落下することもあるのだ。これはホスファゼン変性軟質ポリウレタンの時と異なる燃焼時の現象である。

 

この燃焼時の現象の差異がどこから起因するのか不明であったが、30年後PETの難燃化技術開発を行った時におおよその原因を想像することができた。恐らく燃焼時にガラスを生成する場合には燃焼面にガラス成分が集まり炭化促進反応が進むが、昨日のホスファゼン変性軟質ポリウレタンの場合では溶融物内部で炭化促進を行っている、と想像している。

 

この想像は現象を観察した結果であり科学的ではない。しかし、燃焼時に樹脂の分解、溶融という現象は熱可塑性樹脂の場合に必ず発生するので難燃剤の機能発現の場がどこであるかは重要である。科学的ではないが、ノウハウの知識として身につけておく必要がある。

 

(注)ホスファゼン変性軟質ポリウレタンフォームについては科学論文に投稿したが、ホウ酸エステル変性軟質ポリウレタンフォームはその後商品化されたために論文発表できなかった。但し学位論文には掲載許可が下りたのでそちらにまとめてある。また一部クローズドセミナーで発表しておりその予稿集には多変量解析のデータと解析結果が掲載されている。

カテゴリー : 一般 高分子

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2013.10/07 高分子の難燃化技術とノウハウ(5)

溶融しやすい樹脂を炭化促進型で難燃化するには、燃焼時に溶融物の粘度を高くなるような組成にすれば良い、そしてリン系の難燃剤を用いるときにはオルソリン酸として燃焼時に系外へ揮発しないように難燃剤の分子設計を行う必要がある、ということがホスファゼン変性ウレタンフォームの開発経験で得られたノウハウである。

 

しかし,これは難燃試験を行いながら観察して得た仮説に近く科学における定理ではない。但しリン系の難燃剤が燃焼時にオルソリン酸として揮発している現象について当時の科学論文に書かれていた。また、熱重量分析を行い、その重量減少カーブの解析や分析後の残渣を組成分析したところ、ホスファゼン変性ウレタンフォームにおいてほぼ添加した量に相当するリン成分が含まれていたが、市販の5種類のリン酸エステル系難燃剤では600℃における残渣にリン成分がまったく観察されなかった。

 

難燃剤の分子設計に関して科学的検証に耐えうる情報は得られたが、燃焼時の溶融物の粘度については溶融物中でホスファゼン誘導体がどのように振る舞っているのか不明のため検証が困難であった。例えば単純に軟質ポリウレタンフォームのポリエーテルポリオールとホスファゼン誘導体を混合してみても混ざらない。

 

ただ、系外にオルソリン酸としてリンの成分が揮発しない場合にはリンの難燃化成分で高粘度化できてドリップを防げるのではないか、と予想された。そこで一般のリン酸エステル系難燃剤を用いる時に、燃焼時の熱で無機高分子を生成する可能性のあるホウ酸エステルを組み合わせて難燃化する手法を試してみることにした。

カテゴリー : 一般 高分子

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2013.10/06 高分子の難燃化技術とノウハウ(4)

溶融しやすい樹脂を70%以上含む場合は、炭化促進型で難燃化が難しい、と述べてきたが、できないわけではない。開発に時間がかかるのである。もし2年程度の時間があれば、目標とする材料を開発できるかもしれない。かもしれない、と書いたのは、2年も基礎検討を行った開発経験が無いからだ。

 

但し、溶融しやすい軟質ポリウレタンフォームを半年で炭化促進型により難燃化した経験がある。ホスファゼンで変性した軟質ポリウレタンフォームは、ホスファゼンの添加量が7wt%前後でもASTMの試験で溶融物が生じない状態で炭化促進型の難燃化を実現している。

 

イソシアネート化合物とのプレポリマーを合成して反応型難燃剤に設計し軟質ポリウレタンフォームに応用した。入社2年目の成果を出せた、と思ったら始末書を書かされた。市販されていない難燃剤を使用したので量産できないことが問題になった。今から考えればこれは管理者の問題であるが、無知な新入社員が勝手にやった仕事として扱われ責任を取ることになった。当時は責任を取れるぐらいの立場になった、と勘違いして始末書を躊躇せず書いた。

 

後日開発管理部長から褒められたので訳が分からなくなった。始末書も初めての経験ならば、それが原因で褒められたのも最初で最後であった。サラリーマンを終えてみると開発管理部長が褒めてくれた理由がよく分かる。責任感の欠如した管理者に対して責任感のある新入社員という構図である。自分が開発管理部長の立場でも褒めたくなる。ただ、責任感の欠如した管理者をなぜ誰も注意しなかったのか、という疑問は残る。ゴム会社ではこの始末書を初めとして褒められるよりも叱られた記憶の方が多いからだ。12年勤務して多くの方から叱咤激励され大変勉強になった。

 

ところでホスファゼン誘導体はリンの含有率が高く、リン酸エステル系の難燃剤に比較すると同一添加量でリンの添加量を多くできる。また、一般のリン酸エステル系難燃剤は燃焼時にオルソリン酸の形で揮発するが、ホスファゼンは燃焼時に揮発せず、系内に残り難燃化の機能を果たすので、溶融物の增粘に効果がある。

 

しかし、いつでも增粘効果が十分に発揮され溶融物を抑えるわけではない。溶融の激しい樹脂では、ホスファゼンをかなり大量に添加しなければ燃焼時の溶融を抑えることができない。ホスファゼンは大塚化学の努力で最近価格が下がったが、まだ一般の難燃剤に比較すると高価なためコストの問題が発生する。コストのバランスを取りながら、溶融しやすい樹脂を70wt%以上含有し炭化促進型で難燃化する技術は、難易度が高く開発時間がかかる。

 

ホスファゼンは側鎖を変性し様々な誘導体を合成可能である。ゆえに難燃化しようとする樹脂に分散しやすい構造の高分子量体を20%程度添加(この時難燃化をしたい樹脂は80wt%の含有率になる)すれば炭化促進型の難燃化を達成できるかもしれない。しかし、その時の樹脂の他の物性については予測不可能である。溶融型システムで強相関ソフトマテリアルの設計を行い難燃化した方が経済的で樹脂の物性バランスも取りやすい。

 

 

カテゴリー : 一般 高分子

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2013.10/05 高分子の難燃化技術とノウハウ(3)

UL94-V2を目標に溶融型で樹脂の材料設計を行った場合にフッ素系樹脂を添加してはいけない。フッ素系樹脂は1%前後添加すると溶融物を抑制する作用を発現する。フッ素系樹脂を用いる場面は炭化促進型で材料設計を行い、ドリップを抑制したいときである。溶融型で添加するとどうなるか、興味のある方は溶融型で材料設計された樹脂に1%前後のフッ素樹脂を添加してみると良い。実験結果はここでは触れない。

 

溶融型による材料設計の面白いところは、難燃剤を添加しなくてもUL94-V2レベルを通過できる樹脂の設計が可能な点である。難燃剤を添加していないのでLOIは21に到達しないが、これはLOIの試験方法を工夫すると21に到達する。邪道と言われかねないのでこれ以上書かないが、この結果は溶融型による材料設計で実火災の時にも効果があることを示している。

 

30年以上前、新婚家庭には売れないかもしれないが燃えない寝具を開発していた時に軟質ポリウレタンフォームを溶融型で材料設計した。入社して間もない頃だったので胡散臭い方法と思いながら仕事をしていたが、寝たばこの実験を行ったときにその先入観は吹っ飛んだ。着火するがすぐに自己消火するのだ。タバコ2本でも大丈夫であった。それ以来あさはかな先入観は持たないことにした。

 

このモデル実験で溶融型による難燃材料設計の有効性を知った。この時は難燃剤が5%添加されていたが、うまく材料設計すれば難燃剤無添加でもいけるかもしれないと思った。しかしテーマが終わったのでそれ以上の検討はできなかった。退職前にPETの難燃化設計を検討できるチャンスが訪れた。30年以上前の思いで材料設計を行ったところ難燃剤無添加でもUL94-V2を通過できる樹脂を設計できた。強相関ソフトマテリアルという概念を用いて材料設計を行い、PETに20wt%程度5種類のポリマーを添加している。5種類のポリマーにはそれぞれ樹脂の機能分担が決まっており、それをバランスさせて材料を完成した。

 

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2013.10/04 高分子の難燃化技術とノウハウ(2)

30年以上前に存在したJIS難燃2級という規格は欠陥規格であったために簡単に燃えてしまう天井材の普及を促し問題となった。当時硬質ポリウレタンフォームの軽量天井材が現場の施工で好評であったがJIS難燃2級から新しい簡易耐火試験に規格が変更されてからフェノール樹脂発泡体へ置き換わっていった。この規格見直しの引き金となったのは、以前紹介した餅のように膨らむ硬質ポリウレタンフォーム天井材である。

 

この餅のように膨らむ硬質ポリウレタンフォームは科学的な材料設計の成果として開発された。餅のように大きく膨らみ変形すれば火元から材料が逃げることができ、その結果延焼を防ぐことができる、という「仮説」(注)で材料設計されたが、これは説明するまでもなく姑息にもJIS難燃2級の規格の欠陥をついた考え方である。この材料設計の危険性は実火災を考えれば明らかであり、餅のようにふくれあがり一瞬火から逃げることができても、LOIが21以下の材料では引火したら新たな火源となる。

 

技術的に考えるときには機能が重要なので、「火がついても消える材料」、という最低限の機能を持った材料を設計しなければいけない。このような設計を実現するためのノウハウは、「溶融型(ドリッピング型)」か、「炭化促進型」で材料設計をするかのいずれかである。これが筆者のノウハウで、このノウハウでPETを8割ほど含む樹脂でUL94-V2を通過できる材料設計を1ケ月で実現している(実験室評価)。

 

他の技術者の中には、これ以外のノウハウを持っている方がいるかもしれないが、高分子の難燃化設計を行うときに、この2つのノウハウによる実現の可能性を筆者の場合には考える。そのために設計対象の材料でまず燃焼試験を自分で行うか、自分でできない場合には必ず試験の時に立ち会うことにしている。そして燃焼挙動から、難燃化設計の方針と到達レベルを予測する。これは難しいことではない。

 

UL94-V2レベルならば溶融型でも炭化促進型でも達成できるがV0になると炭化促進型でなければ実現できない。もしドリップが激しい樹脂であれば、溶融型の設計でまずV2レベルを狙い、V0は溶融しない樹脂とのブレンドを検討することになる。

 

PETはTgが低く着火すればすぐに溶融が始まる樹脂なので70%以上のPET含有率の樹脂を設計する場合にはUL94-V2レベルの樹脂が目標となり、UL94-V0を目標とするならばPET含有率を50%以下にして炭化促進しやすいPCなどとのブレンドで材料設計を行う。

 

このノウハウは環境樹脂としてよく知られているポリ乳酸樹脂の設計でも使われており、例えば電気機器の外装材ではUL94-5Vbが目標となり、ポリ乳酸樹脂の含有率を30wt%前後まで下げて材料設計されている。30wt%前後しかポリ乳酸が含まれていないにもかかわらずポリ乳酸樹脂と呼ばれたりするのは少し奇異に感じるが、ポリ乳酸を70wt%以上含有する樹脂でUL94-5Vbを通過する材料設計はノウハウから判断して、開発工数も含めかなりのコストアップとなる。しかし、炭化促進型で強相関ソフトマテリアルの考え方を用いれば可能と思われる。

 

 

 

(注)昨日も触れたがこのような命題は、真理を追究する科学の仮説とはよべない。

 

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2013.10/03 高分子の難燃化技術とノウハウ(1)

科学と技術の相違点の一つとして、技術にはノウハウというやや抽象的概念までもあたかも定理のごとく扱い、目標とする機能を実現するところがある。科学では一つの真理を目標とするので経験的な事項や再現性があっても論理的に理解できない現象を利用することはない、というよりもそれを行ったら科学の存在する意味が無くなる。科学技術とはうまい表現でこのような相違点をうまくカプセル化している。しかし、このカプセル化が時として技術の伝承を困難にする場合があるので注意が必要である。

 

例えば以前この欄でも紹介したが特公昭35-6616という酸化第二スズゾルを用いた帯電防止薄膜の技術は、その周辺のノウハウとともに伝承されず、ライバル会社に1000件以上の特許を出願されて使用できない状態になっていた。公知の技術については権利化できないはずであるが審査請求された発明について異義申し立てが無ければ発明は新規技術として登録される。ゴム会社から転職した写真会社では特公昭35-6616という特許の存在までも忘れ去られ、つぶせる特許もつぶせない状態であった。

 

技術の伝承がなされない場合に重要な基盤技術が揺らぐ、という表現がされるが、「揺らぐ」どころではなく自分たちの開発した技術であっても使えなくなるのである。10年以上前から技術経営(MOT)の重要性が叫ばれているが、技術の伝承はその重要検討課題である。帯電防止技術の悲惨な状況を立て直しうまく伝承できる体制まで創ろうとしていた道半ばにデジタル化の波に押し流されて実現できなかったが、帯電防止技術は写真フィルムだけでなく複写機にも活用できる重要な基盤技術のはずである。しかし、それが認知されていない風土では、まずその風土を耕すところから始めないとダメであることを学んだ。

 

高分子の難燃化技術も帯電防止技術同様にノウハウが多く技術の伝承が難しい分野である。そもそも科学的に整理されていない技術分野は、企業の中で基盤技術として共有化されるまでの道のりが険しいようだ。トップが非科学的なノウハウの重要性を認識しない限りノウハウの塊の技術を基盤技術として育成することはできない。写真会社の経験では非科学的な内容を軽蔑する風土があり、ノウハウを職人の世界の技術のように扱われていた。非科学的な内容をあたかも科学の香りがするように努めなければいけない風土では非科学的な技術は育たない。

 

高分子の難燃化技術で難しいのは、対象とする商品の活用される分野が異なると難燃化規格が異なるケースが存在することである。高分子の燃焼について科学的に解明がされていない部分が多く「燃えにくい」高分子材料を科学的に完全に表現できていない。ゆえに商品の活用分野や業界が変わると難燃化規格が異なることになる。この様々な難燃化規格の存在が科学的な材料設計技術を難しくしている。明日はこの点について述べる。

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2013.10/02 高分子の難燃化技術と仮説

高分子の難燃化技術は、科学的に攻略しにくい技術である。20世紀末様々な技術開発が行われ、臭素系難燃剤がある一定の市場規模を占有したと思ったら、環境問題に関わる各種法律及び規制によりその市場が縮小し始めた。

 

一方でハロゲンと三酸化アンチモンとの組み合わせは経済的で高い防火性能を発揮する難燃剤であり、これに置き換わる統一コンセプトの技術は存在しない。今リン酸エステル系難燃剤メーカーは臭素系難燃剤に奪われた市場を取り戻すチャンスである。

 

ところが高分子の難燃化技術におけるリン酸エステルの役割について30年以上前に提案されたメカニズム以上の研究報告は無い。また、その提案されたメカニズムについても理解はできるが、はたしてそれが100%正しいのかどうか怪しい部分も存在する。恐らく高分子の種類ごとにそのメカニズムを詳細に研究しなければいけないのであろう。

 

このような科学的研究を進めにくい分野で仮説を持って実験を進めよ、と言われ困った経験がある。それは、建築材料の開発において餅のようにふくれる硬質ポリウレタンフォームを設計した人物である。この硬質ポリウレタンフォームの開発で建築の難燃化基準の見直しが行われるようになったので大きな成果をあげた、と評価はできるが、一方でLOIが19程度の材料で建築材料を設計できる、と考えた甘い考えの研究者という見方もできる。

 

彼は、硬質ポリウレタンフォームの開発過程で、当時の規格JIS難燃2級の試験を行ったときに極めて性能の良い処方を発見した。調べてみたら難燃性試験の時に大きく変形して炎から試験片が外れていた。そこで餅のように大きく膨らむ材料設計にすれば難燃性試験を通過できると、仮説を立てて開発を行った、と誇らしげに説明していた。

 

はたしてこれは技術開発における正しい仮説と言えるのだろうか。そもそも仮説とは何か、という前に製品の品質設計の考え方に怪しいところがある。実火災を想定したら、少なくとも材料は自己消火性に設計されていなければ危険である。LOIが19程度の材料では、仮に難燃性試験を100%通過できても実火災で引火した瞬間よく燃え、それ自身が火災を加速する存在になる危険きわまりない材料となる。構造材料には使用できない。

 

溶融型で消火する技術では、溶融により火が消える機構が明確で初期消火に効果があることが分かっている。しかし火炎から変形して規格を通過する、というのは邪道である。着火してからの挙動が溶融型では消火となるが変形逃避型では消火する保証が無い。

 

30年程前に仮説による実験の重要性を教えられたが、事例が悪かった。餅のように膨らむ硬質ポリウレタンフォームの普及で難燃性試験が見直され、プラスチックフォーム建築材料は硬質ポリウレタンフォームからフェノール樹脂フォームに変わっていった。科学的に取り扱いにくい分野の技術開発では、仮説よりもあるべき姿を想定することが重要と思う。あるべき姿を実現できる機能とは何か、を追究するのが技術開発である。仮説とは真理を追究するために用いる。

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