タイヤの軽量化因子探索では、多変量解析の手法をドロ縄式で勉強している。統計手法のマスターから独自のタグチメソッドもどき手法の発明に至る知識獲得がこの時できたので思い出深いテーマとなった。
材料技術におけるコンピューターの役割を体験し、これが動機となり登場したばかりのMZ80Kを購入した。そして、テープベースで動く多変量解析プログラムをS-BASICで、その後F-DOSベースのHu-BASICで作成している。
このHu-BASICはゲームのハドソン社が設立されたばかりの頃に開発されたプログラム言語である。このシステムで計算した時に5000件程度のデータならば一日で処理できたので、タイムシェアリングでいつ計算結果が出てくるのかわからない3033より便利だった。
出勤前にコンピューターを走らせて、昼休みに独身寮に様子を見に行くと計算が終わっていることもあった。
MZ80Kは個人で購入し、一年後にはF-DOSを導入している。当時のお金で80万円前後会社の仕事のために投資したことになる。
このMZ80Kを用いて、ポリウレタンの熱分解に関する反応速度論や、難燃化因子に関する多変量解析、フェノール樹脂発泡体を用いた天井材開発などで成果を出した。
「自分で買ったら」と言っていた上司に、最初の成果である多変量解析で処理したLOI予測式を自慢げに説明したら絶句していた。この驚きの後の沈黙という上司の態度に、説明をした後に後悔の念が出てきた。
ただ、サービス残業が常態化していると分かっていても残業代20時間制限をミーティング時に部下へ淡々と説明していた上司だから、沈黙の意味は他にあったのかもしれない。
当時、材料技術におけるコンピューターの重要性をこの上司へ提案しているが、「それほど便利なものなら自費で購入したら」とあっさり言われ、採用されなかった。この一言により自前で購入したのだが、それで成果を出しても、その価値がうまく伝わらない時代だった。
残業代が無かったことよりも深刻だったのは、ポリウレタン発泡体やフェノール樹脂発泡体の業務を遂行するために、シリコーン界面活性剤の知識が重要であるにもかかわらず、この知識獲得に自腹を切らなければならなかったことである。
科学文献調査は図書室の女性が親切にサービスしてくれたので、仕事を進めるうえでの形式知獲得には不自由しなかった。しかし、経験知については外部の技術セミナーの活用が必須だ、とこの上司から教えられていた。
上司の指導に従い、セミナー会社で企画されたシリコーンに関するセミナーに参加したいと願い出たら、それほど行きたいなら年休をとっていってこい、という許可が出たのである。手取り10万円程度の時代に30,000円の支出は厳しかった。
コンピューターの購入も、セミナー参加費も自腹となったが、これはこれである意味「よい上司だった」と今は感謝している。
ガラス生成の難燃化企画を始末書に書くことを許可してくれたことに始まり、無機材質研究所留学に至るまで当方の希望をほとんどこの上司は受け入れてくれた。唯一の不満は、半期ごとに課内の誰もが認める成果を出していても良い査定をつけてくれなかったことだけである。
セミナーやPCその他も含め、この上司の下では年収300万円も満たない駆け出しの時代に、年間100万円ちかく知識獲得のためにお金を使っていた。残業代も無かったので、生活は苦しく結婚などできる状態ではなかった。成果を出しても評価されない不満はあったが、学ぶ意欲がそれに勝っていた。
10月度の特別セミナーでは、高分子の難燃化や混練技術だけでなく、当時から今日まで勉強してきたシリコーンのセミナーも15,000円で開講している。当時のセミナー代の半額である。さらに当時のセミナーよりも経験知の中身は2倍以上濃い。
実は、大学4年時にトリメチルシリルグリニヤ試薬を用いてジケテンを開環し、テルペノイド前駆体を合成した経験がある。そしてこの前駆体を用いてシクラメンの香りを合成し、その成果はアメリカ化学会誌(J.A.C.S.)に掲載された。
有機合成は学生時代、成績も良かったので自信がある分野だ。有機合成の講座の教授に勧められて大学院に無償で進学しているが、この教授が退官し講座が閉鎖されるということになった。大学へのささやかな反旗のつもりで受験時に希望先としていなかった、定員満杯の無機の講座へ進学している(注)。
この選択が社会人になってから材料技術者として自己実現を目指すときに役立った。材料技術者は幅広く物質に関する形式知を獲得していたほうが企業で活動しやすい。
(注)名古屋大学では専門に対する教育的配慮ではなく、形式的にその講座に進学予定であった学生を一人ほかの講座へ異動させている。成績順というルールがあったからだ。当方が進学したことで、はじき出された同級生には悪いことをした、と今は反省している。当時は、このような出来事のため、一心不乱に研究し、2年間に3報論文を執筆し、就職してからも2報ほどこの時の研究成果をまとめている。同僚が、学生気分で仕事をやるな、と言われたが、当方は学生気分で仕事をしていても、言われたことが無い。団塊の世代にとって学生気分とは遊び半分ぐらいの気持ちを指すのかもしれないが、2度のオイルショックを経験し、就職難の世代は、当方の世代の学生は皆一生懸命勉強していた。ゆえに当方の世代で学生気分とは一生懸命研究に打ち込む姿を指す。
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配合設計以外に混練条件も影響するが、これは複雑である。
例えば面白い実験結果として、PPSと4,6ナイロンの相溶が高剪断領域で起きた、という報告がある。
その報告ではPPSと4,6ナイロンが混練されたコンパウンドを二枚の透明なガラス製円盤で挟み、片方を回転させながら、顕微鏡でその場観察している。
試料の温度を310℃まで加熱したところ、剪断速度の高い周辺部で透明になったという。
これは高分子の相溶に混練時の剪断速度の効果があることを示している。
ポリマーブレンドの配合設計に関してはノウハウの部分も多いが、特許等公開されている資料を整理することにより目的とする高分子物性の設計が可能である。
しかし、配合設計された組成物でも混練で期待した組成物にならない場合がある。混練の制御因子についてはタグチメソッドを用いて設計してゆくと効率が良い。
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すでに説明したように、多成分の高分子のブレンドでは、ただ混ぜただけでは、それがたとえ水に分散したラテックス(粒径50nm前後のサイズ)でも短時間で相溶しない。
ラテックスの薄膜ならば、その粒子形状が観察される。高分子のブレンドでは混練機の設計と同様に配合設計が重要になってくる理由である。
ラテックス薄膜の製造プロセスにおいて、短時間の熱処理により高分子が拡散して均一に混ざり合うという現象を期待できないが、混練では高分子の融体を混合するので、配合設計を工夫すれば分散粒子径を小さくすることができる。
また、χ=0あるいはχ<0ならば相溶し、単相の高次構造になることも期待できるが、相溶する高分子の組み合わせは限られる。
ただし、相容化剤を用いることで2種類の高分子の分散粒子径を小さくでき、仮に二相の高次構造となっても単相の高次構造に近い物性となる場合がある。
例えばA,B二成分の高分子に対してAとBのコポリマーは相容化剤として用いることができる。AあるいはBとのSP値の近い成分のコポリマーも相容化剤となりうる可能性がある。
その他、組み合わせる高分子の粘度比を設計してやることで分散相のサイズを制御できる。粘度比が1すなわち組み合わせる高分子の粘度が等しいときに最も分散相の粒径は小さくなる。
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相溶(miscibility)とは、分子レベルの混ざりやすさを意味するときに用いる。
一方、サンズイ偏が無い相容(compatibility)とは、種類の異なる物質がうまく調和し、機能を発揮している時に用いる言葉である。
また、二成分のポリマーアロイを製造するときに相容化剤(compatibilizerまたはcompatibility accelerator)が用いられるが、なぜか相溶化剤という表記を時折見かける。
混和剤のほうが日本語として適しているとの指摘もあるが、あまり用いられていない。
Flory-Huggins理論で説明したが、二成分の異なる高分子をブレンドした時に相溶する条件は、χ=0またはχ<0となる、非常に特殊な組み合わせの時だけである。
一般的なχ>0の組み合わせでは、海島構造の相分離となる。
今、高分子Aと高分子Bとを重量比1:1でブレンドしたコンパウンドの断面写真があったとする。
この時、高分子Aを海として(マトリックス)高分子Bが島となった大きなドメインが観察されるはずだ。
この時、高分子Bの添加量を減らしてゆくとこのドメインサイズは小さくなってゆく。
非相溶系ポリマーブレンドでは、このように相分離してできる構造が大きくなるため、力学的物性が低下した事例が多い。
ここで、SP値を揃えて合成された2種類のアクリル系ラテックスをブレンドしてからPETフィルムに塗布し、その後熱処理した薄膜について、その断面写真を想像してほしい。
ラテックスの成膜では、熱処理を行っているにも関わらず、ラテックス粒子の形状と混合状態がそのまま観察される。
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15年ほど前、単身赴任の話が出た。二つの写真会社の統合で管理職が余り、それまで倉庫として使われていたところが居室となっていた当方に、カメラ会社の部長が声をかけてくれた。
居室の窓際には、そこに移る前に使用していた机が置かれていた。当方は居室の中央に倉庫にあった小さな机を置きそこで特命業務をしていた。
居室を訪問してきた部長は、なぜボロ机を使っているのか聞いてきたので、まだ窓際には座りたくない、と答えたら複雑な顔をしていた。
それから時々当方の居室へ訪れて、中間転写ベルトの成形について相談してきた。6年開発し半年後までに歩留まりを80%以上にしないとコストが合わない、と嘆いていた。
せっかく相談に来られても、コンパウンドに問題があるとしか答えられない、と繰り返していた。PPSと6ナイロンは一流メーカーから供給され、そこと連携して国内トップメーカーのコンパウンダーが混練しているのだから、コンパウンド技術は確かだと言っていた。
コンパウンドに問題がない、というのなら、絶対に問題解決できないので、テーマを中断したほうが良い、と言ってからしばらくして単身赴任の話が出た。
研究所長はグループリーダーとしての赴任だから、テーマ判断を間違えないように、と言われたので、中止と言う判断をすでに出している当方でよいのかと言ったら、中止でも良い、と笑顔で送り出してくれた。
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ゴムの押出成形は難しかった。すなわち押し出されるゴムの形状と金型の口金の形状が異なるのだ。だから大卒の技術者でも、あるいはCADがこれだけ進歩した現在でも現場のスキルが要求される。
単純なシート状のゴムの押出でも大変だった。ダイスウェル効果でその厚みを金型のリップ部のサイズで決めることができない。
押し出されたゴムを「工夫」してうまく目標サイズの厚みのゴムシートにするのだが、未加硫ゴムなので厚みの変動が避けられない。それをスペックに収めるように押し出すのだ。
職長は押し出されたときのゴムの性状をよく観察することが大切だと言った。ひどいコンパウンドでは一発目から分かるという。
加硫剤の配合が適切でない場合には、押し出したときにゴムが焼けるという。また焼けなくても微妙な音がする、という。すなわち、押し出されたゴムの性状を観察するとは5感を使って観察することだった。
ゴムをなめることもあると言われたときには思わずそれは健康に悪いですよ、と叫んでしまった。とにかく押出成形では、ダメなコンパウンドの場合には早く成形努力を諦め、前工程にフィードバックをかけることが重要だと教えられた。
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検査工程の職長はいろいろと当方の面倒を見てくださった。サンチョク明けには、一日の過ごし方まで指導してくださった。しかし、サンチョク明けは毎日ゴルフ三昧と言う生活には少し驚いたが。
押出成形の職長を紹介してくださったときには、話が盛り上がる途中まで一緒にいてくださった。押出成形の職長とは一日仕事の合間に説明を聞きながら、過ごすことができ、有意義だった。
とにかく押出工程は行ってこい、の世界であり、行ってこい精神で形を作る以上の技術開発を考えてはいけない、と言われた。すなわち、うまく形ができないならばすぐにコンパウンドを疑え、と言っていた。
それが仕事ならば職長は何もやらなくてもよい、という意味ですか、と失礼なことをずばり聞いたら、何もしないで判断する、と言うのは、スキルが無くてはできない、と教えてくれた。
実際には、開発部隊が設計した金型について改善をするのが仕事なのだが、金型を改善するのか、前工程のコンパウンドの改善を提案するのかは、早く判断をしなければ、生産立ち上げの時には時間のロスが生まれるという。
換言すれば、よいコンパウンドか悪いコンパウンドか判断するのが重要な仕事ですか、と尋ねたら、その通りだと言った。
一日成形してみれば悪いコンパウンドはすぐにわかる。早い時には一時間でわかる、とも自慢していた。一分ではわからないのですか、とくだらない質問をしたら、金型の改善点を見つけるのにどうしても一時間かかる、それが今の私の課題になっている、と真顔で答えられたので、恐縮した。
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単一組成のフィルムのインピーダンスを計測している限りにおいては面白い計測ではない。しかし、表面処理されたフィルムや成膜に失敗したフィルムなどを計測すると途端に面白いデータが得られ始める。
主に低周波領域で周波数分散に異常が観察されるようになる。ここでは書きたくないような面白い現象も観測されるが、その中でパーコレーションとの関係を示すデータについて経験談を書く。
酸化第二スズゾル(以下スズゾル)をPETフィルムにバインダーとともに塗布すると、パーコレーション転移の閾値以上の添加量で帯電防止層ができる。
面白いのは、厚みが1μmもない帯電防止層の表面比抵抗が10の10乗から11乗程度の高抵抗であってもタバコの灰付着テストに合格する。このとき、スズゾルの体積分率とインピーダンスの変化の関係を整理すると面白い。ここであまり書きたくないが、すでに国際会議等で発表した内容もあるのでそれについて説明する。
インピーダンスの絶対値の周波数依存性データで低周波領域に異常分散が現れ、それがスズゾルの体積分率と相関する動きをするのだ。すなわち、インピーダンスの絶対値を用いるとパーコレーション転移の閾値を容易に検出できる。
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高分子の燃焼試験機として自動酸素指数測定装置が販売されていた話を以前書いている。最近そのような装置が販売されているか知らないが、この装置は素人の願望を実現したような装置だった。
ポリウレタン発泡体のLOIは、この装置で測定できなかったが、発泡体をプレスし密度をあげた形状にすれば、この装置で測定可能となった。
このサンプルの状態で計測して、誤差が0.5程度の精度で自動計測できる機械だということを理解できた。ただし、この装置で同じサンプルを手動で計測すると、誤差は0.25程度であり、計測時間も20%程度短くなった。
すなわち、自動計測は精度を高めるため、と説明書に書いてあるが、そのため各種部品が一般の酸素指数測定装置よりも高精度の部品が使われ手動によりさらに精度を上げられたのだ。
するとこの装置の残るメリットは酸素指数法という評価技術を理解していない素人向けという点だけである。
研究開発部門でこのような装置を導入していることにびっくりしたが、せっかく手動計測できるように改良したのに自動測定で行え、と指示が出たことでさらに驚いた。
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高分子材料が非晶質状態の時にすべてガラス転移点を持つ、と教科書にさらりと何気なく書いてある。有機材料から無機材料まですべての材料について研究経験があり、一時はそのすべての学会で活動経験もある立場から見ると、この一行の説明には不満である。
「驚くべきことだが、高分子材料が非晶質状態のときには必ずガラス転移点を示す」ぐらいに読者に注目させるような書き方をしてほしいものだ。
何故なら、高分子のガラス転移点とは、すべての高分子が紐状につながった高分子ゆえに示す性質であり、すべての高分子材料が非晶質状態のときにガラス転移点を持っている事実は、多くの物質の中で高分子特有の性質だからだ。
そもそもガラスの定義が教科書に書かれていないのも問題である。アカデミアの先生にもガラスの定義を御存じない理系の研究者がいたのでびっくりした経験がある。今そのような先生に面会したら「ボーっと生きてんじゃねえよ」と言ってしまうかも。
このガラス転移点とは、物質が冷却されて溶融状態から固体(結晶)状態に転移する前に、液体状態としての運動性を失う温度である。窓ガラスが液体である、と説明されたりするのは、本来は液体なのにガラス転移点以下の室温で液体としての運動性が失われた状態だからだ。
子供時代に古くなった窓ガラスが失透する現象を不思議に思い、百科事典を調べたら結晶化が起きていると書かれていた。しかし、そこにはガラス転移点の説明は無かったが、ガラスのガラス転移点について研究されていた時代であったことを大学に入ってから知った。
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